第9話 全然前世じゃない

『そうそう。俺が久賀さんに優しいのは元が女好きだからだよ』


 送ってみた。まあ、俺としては特別に優しいつもりはない。


 ただ単に普通に接しているだけだと思うけれど、久賀さんにはそう映るらしい。


 まあ、久賀さんは男子に色々とひどいことをされた過去があるとか言ってたからな。


『ふーん。まあ、話半分に聞いておくよ。猪瀬君って面白いね』


 信じてたと思ったけれど、実はあんまり信じてないなこれ。


 まあ、信じろって方が難しいだろうし、俺も転生した証拠を見せろって言われてもそれは無理だ。


 なにせ、転生前の世界とこの世界とで色々と事象が異なっているからなあ。


 今の総理大臣の名前も違うし、歴史上の登場人物の名前も違う。


 異なる歴史を歩んできた世界という感じだ。


 なにせ、この世界の歴史の教科書に織田信長とか名前が出てこなかったからな。


『実はわたしがファンタジー世界から来たって言ったら信じる?』


『信じないな』


『でしょ?』


 でしょ? じゃないが。こっちは真剣な話をしているのになあ。


 まあ、本気で信じられたらそれはそれで不安な気持ちになるけれど。


『あ、でも、久賀さんが本気で何度も言ったら信じるかも』


『え? そうなの?』


 異なる世界に記憶を持ったまま転生するのは俺も経験している。だから、久賀さんがファンタジー世界から転生したと言われてもそれは絶対に嘘とは言い切れない。


『俺は久賀さんを信じるよ』


『あ、そ、そうなんだ……ありがとう。猪瀬君』


 なんか久賀さんちょっと引いてないか? まあ良いか。



 それから数日が経過した。俺はまた久賀さんに借りていた本を返そうと思って、久賀さんに電話をした。


「もしもし、久賀さん? 今大丈夫?」


「うん。大丈夫」


「本を読み終わったからさ。明日学校に行った時に返すよ」


「え、ちょ、ちょっと待って。その……今日、猪瀬君ヒマ?」


「え? ああ、ヒマだけど?」


 明日返すって言っているのにどうして今日の予定を訊いてきたのだろうか。


「その猪瀬君がよければ、今日家に来ない? そこで色々と話したいことがあるんだ」


「ん。そうだね。それじゃあ今日、家に行って本を返すよ」


 これは本を早く返せという催促なのだろうか。本を借りている身としては、持ち主に早く返せと言われたら従わざるを得ない。


「うん。お願い猪瀬君」


 こうして、俺は久賀さんの家に向かうことになった。


 久賀さんの家はまさに普通の2階建ての一軒家という感じだった。特に裕福層でもなければ、貧乏というわけでもなさそう。


 俺はインターホンを押して久賀さんが出るのを待った。


 ガチャリとドアが開く。


「あ、猪瀬君。あがって」


「お邪魔しまーす」


 俺は久賀さんの家に入った。玄関先はキレイに片付けられており、靴も整頓されている。


「わたしの部屋はこっちだから」


 2階へとあがり、俺は久賀さんの部屋に入る。久賀さんの部屋は花柄の壁紙でいかにも女子って感じの部屋であった。


 その部屋には二次元のイケメンキャラクターのポスターが貼ってある。このキャラは見たことあるぞ。


「あ、この前貸してくれたラノベの……」


「そう。推しキャラなの。このキャラのグッズは結構集めていてね……あ、ごめん。男子にこんな話をしたら引いちゃうよね」


 まあ、転生前の世界で言うところの美少女フィギュアを集めているような人みたいなものだろう。


 それを女子に見せたら、気持ち悪がられるみたいな感じなのだろうか。


「大丈夫。別に俺は引かないよ。久賀さんの好きを知れてむしろ嬉しいかも」


「そ、そうなの!? ありがとう」


 久賀さんとはまだ知り合って間もない。もっとお互いのことを知って仲良くなりたい。友達として。


「その……猪瀬君は好きな人とかっているの?」


 久賀さんが頬を赤らめて、体をもじもじと動かしながら俺に質問してくる。


「好きな人か……今は特にいないかな」


 正直、女子を選びたい放題の環境にいると女子に対する要求値ってものが高くなってしまうのはあると思う。


 麗美さんと一緒にいた時もドキドキとしたけれど、なんか違うって思ったし。


 もし、女子が麗美さんしかいない環境だったら、あそこで引くようなことはなかったと思う。


「い、いないんだ……そうなんだ……」


 久賀さんはどこかガッカリしたような表情をした後に、ほっとため息をついた。彼女の心境はこの仕草からでは読み取ることはできないな。


 がっかりしたのか安心したのかどっちなんだよ。


「じゃあ、猪瀬君はどんな女の子がタイプなの?」


 今日の久賀さんはなんか積極的だな。


「うーん……一緒にいて安心できる相手がいいかな。話していて楽しいとか、ほっとするとか、お互いのフィーリングが大事だと思う」


 久賀さんの体がピタっと止まった。そして、久賀さんはまっすぐに俺の目を見つめてきた。


「ねえ、猪瀬君。わたしじゃダメなのかな?」


「へ?」


 俺は思考を奪われた。一体久賀さんはなにを言っているのだろうか。


「わたしは猪瀬君のことが好き。本当に大好きなの!」


 久賀さんは気持ち大きめな声で俺にストレートな気持ちをぶつけてくる。


 「え、あ、……ど、どの辺が好きなの?」


 俺は気の利いた返しも思いつかずにそんなへんてこな質問を返してしまった。


「猪瀬君は他の男子と違って、わたしに優しい、趣味もあうし……わたしたちフィーリングがぴったりだと思うの!」


「あ、あー……そうなのかな……」


 俺の頭の中がぐるぐると回る。どうしよう。久賀さんに告白されるなんて全く予想していなかった。


 麗美さんの場合は事前にデートとかそういうのがあったからわかる。


 でも、久賀さんは普通に友達として接していただけなのに、どうしてこうなった!?


「ねえ、猪瀬君。女子の部屋に1人で来るってそういうことだよね?」


 久賀さんの目が笑っていない。とことこと俺に近づいてくる。


「久賀さん! そ、その……俺は久賀さんのことは友達だと思っていて、そんな恋愛感情とかなかったのに」


 俺はもう素直に自分の気持ちを口にすることにした。ここで変に気を持たせるのも残酷なのかもしれない。


「友達……?」


「そう。友達!」


「そっか。まずはお友達から始めましょうってやつなのかな?」


 久賀さんが謎の解釈をしてきた。いや、始めるもなにももうとっくに俺たちは友達だと思っていたのに。


「その……変に気を持たせることをしたのは悪かったけれど、俺は久賀さんのことは何とも思ってないんだ」


「それは今のところはって話じゃないの?」


 こいつ……! 引き下がらない。手強いぞ!


「猪瀬君。そうだよね。まだ友達の段階だよね。あせってごめん。でも、わたしが猪瀬君のことが好きだっていうことは覚えておいて」


 諦めが悪すぎる。どういうことだ。これちょっとやばいんじゃないのか?


「いや、本当に……久賀さんは友達としては嫌いじゃないんで、これからもそういう付き合いでお願いしたいかなって……」


「猪瀬君。わたし、女を磨いてみせる。そして、必ず猪瀬君を振り向かせる立派なナイトになってみせるんだから」


「ナイト……?」


「そう。前世のわたしは女騎士。前世の猪瀬君はわたしが仕えている王子様だった。身分違いの恋で2人は結ばれなかったけれど、こうして現世で結ばれるの!」


 いや、俺の前世は王子じゃなくて一般庶民なんだけど。凡庸な農民の子孫だぞ。


「そういう設定が良いなあって、猪瀬君から前世の話を聞いた時に思ったの」


「いや、願望かい……!」


 本気で言っているのかと思ってちょっとあせった。いや、俺も前世の記憶があるから一概に前世という概念が全部嘘だとは言い切れないけれど。


 もしかしたら前々々世くらいでは本当にそんな関係だったのかもしれないけど、まあないだろう。


「でも、猪瀬君はわたしの前世の話は信じてくれるって言ったよね?」


「いや、久賀さんの前世は信じられても、俺が王子様だってことは信じないよ!?」


「えー、なにその基準。まあいいや。猪瀬君。わたし、いつか猪瀬君を振り向かせてみせるから!」


 なんか話が今後に期待みたいな方向にまとまってしまった。とりあえず、助かったには助かったか?

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貞操逆転世界の女子が必死すぎて蛙化現象不可避 下垣 @vasita

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