第8話 連絡先交換

 「猪瀬君。昨日の本どうだった?」


 またいつものように久賀さんが話しかけてきた。俺としては彼女と話したい気持ちはあるのだけれど、どうしても麗美さんが言っていたことが気になる。


 久賀さんは一部の女子にやっかまれている。このまま、彼女と交流を続けるのもいつかはクラスで軋轢あつれきを生むかもしれない。


「久賀さん。そのごめん。ちょっと今は話せないかな」


「あ。そうなんだ……ごめん」


 久賀さんはあくまでも話していて楽しい友達である。俺としても恋愛対象にするつもりは全然ない。


 しかし、他の女子がどう思っているのかはわからない。久賀さんを傷つけるかもしれないけれど、ここは一旦離れよう。


 でも、ここでちゃんとケアをしとかないとな、。


「久賀さん。とりあえず本は返しておくよ」


 俺は本にある紙を挟んでいた。その紙は気づかれやすいように少し本からはみ出している。


「猪瀬君? この紙は……?」


「帰ってから見て」


 俺はそれだけ言って自分の席に着いた。紙には俺の電話番号等の連絡先が書いてある。これで久賀さんと話せるはずだ。


「ねえねえ、猪瀬君。おはよー!」


「ああ、おはよう」


 俺の席の周りに女子が寄ってたかってくる。貞操逆転世界だからある程度のことは仕方ないけれど、なんだか俺が使える自由な時間がないというか。


 たまには学校でも1人の時間が欲しいなと思ってしまう。



 学校が終わり、俺が家に帰るとスマホに電話がかかってきた。


「あ、もしもし。猪瀬君? わたしです。久賀です」


「もしもし。連絡してくれたんだね。ありがとう」


 久賀さんの声が若干震えていた。結構緊張しているようである。


「ねえ、猪瀬君。どうして学校では話してくれなかったの? わたし、次のオススメの本を持って待っていたのに」


「ごめん。でも、どうしても学校で話せない事情があったんだ」


「事情?」


 これは久賀さんに言うべきか。さすがに言わないでごまかし続けるのは難しいだろうし。


「久賀さん。実はね……どうやら、俺と久賀さんが話しているのを気にくわないって女子がいるみたいんだ」


「え? そ、そうなんだ。だからか……」


「ん?」


 久賀さんの声色が明らかにおかしい。どうにもなにか被害を受けているかのような感じだ。


「あ、えっと……こっちの話っていうか……」


「久賀さん。正直に話して欲しい。なにかされたの?」


「うん。なんか最近クラスの女子のわたしに対するあたりが強くなったような気がして……でも今日はそこまででもなかったから、気のせいかなって思ってたんだ」


「そうなんだ……それは俺のせいでごめん」


 正直、俺は貞操逆転世界を甘く見ていたところがあった。1人の女子に構いすぎて、他の女子の嫉妬をコントロールできなかったのは俺の落ち度かもしれない。


「そんな猪瀬君は悪くないよ。わたしがその……舐められているから」


「久賀さんに非はないよ。ただ、それでも学校で話しすぎるとまた今回みたいなことになるから、その……こうして学校外でいっぱい話そうよ」


「あ、猪瀬君。ありがとう……わたし、今朝は猪瀬君と話せなくて寂しかった」


 そんな寂しい想いをさせてしまっていたのか。これは反省しないとな。


「うん。俺も久賀さんと話せなくてつまらなかったよ。久賀さんと話すのは楽しいからね」


「あ、うん。わたしも猪瀬君と話すの好きだから……」


 消え入りそうな久賀さんの声。電話口だから余計に聞こえにくかった。でも、言っていることはきちんと聞き取れはした。


「それじゃあ話したくなったらいつでも連絡してよ」


「うん! あ、そうだ。猪瀬君今日、これから時間ある? 今日はまだオススメの本を貸してなかったでしょ。学校で貸せなかった分、今から直接会えないかなって」


 久賀さんが俺を誘ってくれた。もちろん、今は時間がある状態である。


「うん。大丈夫。行けるよ」


「そっか。それじゃあ、学校近くのコンビニの前に来てほしいな。待ってるから」


 ここで電話が切れた。俺は久賀さんと待ち合わせた場所まで向かった。


「あ、猪瀬君……!」


 久賀さんが小走りでこちらに近づいてくる。手には紙袋が握られていた。


「この中から好きな本を選んでほしいな」


 俺は久賀さんが用意したラノベを見てその中から1冊を選んだ。


「これがいいかな」


「お、さすが猪瀬君。センスあるね。そのシリーズも結構おもしろくてね」


 久賀さんがベラベラと早口で語り始める。うまいことネタバレを回避しているんだろうなという感じのプレゼンが耳に入る。


「うん。おもしろそうだね。それじゃあ、またこの本を読み終わったら感想聞かせるね」


「うん。その本、本当にオススメだから気に入ってくれるとうれしいな。えへへ」


 久賀さんは無邪気な笑みを浮かべていた。本当に本が好きなんだなと感じる。



 俺は久賀さんから借りた本を読み始める。


 この本の設定は……女子高生が貞操逆転世界に転生して男子モテまくるハーレム生活という内容だった。


 貞操逆転世界から見ての貞操逆転世界。それがどう描かれているのか気になってしまう。


 逆転の逆転。つまり、一周回って転生前の俺の世界観とほぼ同一ということだな。


 あらすじは……男女比が女性1人に対して男性が100人という世界。女性が貴重になった世界で女性が男性にモテまくる……


 なんだろう。男女比をそんな風にしなくても基本的に女性がモテる世界を生きてきた身としては、この設定はやりすぎに感じてしまう。


 でも、この世界からしたら、それくらいの理由がないと女性が男性に無条件でモテモテなんて妄想にすぎないんだろうなと思うとなんだか世知辛く感じる。


 そして、この作品を読み進めると……なんだか転生前の世界の少女漫画じみた内容だなと感じる。


 なるほど。貞操逆転世界でのラブコメは大体こんな感じになっているのか。


 男子たちもなんか女子の都合の良いように接している。でも、この主人公の女子も決して性格が悪いわけではない。むしろ逆に良い方である。


 理不尽にキレ散らかさないし、過度なワガママも言わない。不機嫌な理由当てクイズなんてことも絶対しない。


 そんな性格なら俺の転生前だったら優良物件すぎて競争率が激しいことになっているのだろう。


 そりゃ、イケメン男子たちにも都合よくモテることに対しての違和感はない。


 でも、ここは貞操逆転世界。そこそこのルックスと性格の良さだけで無双できるほど甘くはないのである。


「ふう……面白かった」


 貞操逆転世界から見た貞操逆転世界。それも結構面白いもんだな。俺が実際にいた転生前の世界と似通っている部分もあるけれど、大きく違う部分もあったりする。


 答えを知っているからこそ、楽しめるものもあるということか。


 俺は久賀さんに読了報告をしておいた。


『借りてた本読み終わったよ。貞操逆転世界って発想が斬新で面白かった』


 しばらく待っていると久賀さんから返信が来た。


『ありがとう。男子にこの設定が受けるのかわからなかったけど、楽しんでもらえてよかったよ』


 まあ、俺は男子は男子でも特殊な方ではあるからな。


 うーん。ちょっとここで意地悪なことしてみるか?


『ねえ、久賀さん。実は俺が貞操逆転世界から来たって言ったら信じる?』


『え? そんなことあるわけないじゃない。いくら処女のわたしでも妄想と現実の区別くらいつくよ』


 まるで信じてないな。本当のことなのに。


『本当だって。だから、元女子高って男子が少ない環境を選んでいるんだよ。俺は女好きだからね』


 ちょっと冗談めかしてメッセージを送ってみる。さあ、どんな反応が返ってくるのかな?


『え? 本気で言っているの? もしかして、猪瀬君がわたしに優しいのってそういうことだったりするの?』


 お、ちょっと信じ始めたぞ。

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