第7話 めっちゃ早口で言ってそう

「久賀さん。この本面白かったよ」


 朝のホームルーム前の時間帯、俺は久賀さんに勧められたラノベを彼女に返した。


 久賀さんと出会ってから数日が経過したけれど、彼女が本を貸してくれるから退屈しのぎにはなっていてありがたい。


 俺の転生前は独身の社会人だったということもあって、金に結構余裕があった。好きなものもある程度は自由に買えたし。


 でも、今は高校生。この財力では欲しいものを買うのにも限界がある。


 よく、大人が昔に戻りたいって言うけれど、大人と子供の経済格差を考えるとそうも言ってられないなと思う。


「え、あ、ど、どうだった! ねえ、わたしとしては主人公が敵のボスに向かって言ったセリフがかっこよくてすごく痺れたんだけど!」


「ん。ああ、あの対決前に言ったセリフ。あれは良かったねえ」


「そう! そうだよ! それなの! 普段はやる気がなくて何事も中途半端で投げ出す主人公が、ヒロインを助けるために奮起するシーンが熱くてね。主人公は最初にヒロインに命を救われているからその恩返しというか、それがより一層熱さを際立たせるし、助けてくれた相手だからこそ逆に助けたいっていう行動理由が共感できて最高のエモいシーンなんだよ!」


 久賀さんがなにやら熱く早口で語っている。俺はただ漠然と面白いなとしか思ってなかったけど、確かに言語化されるとそんな感じである。


「この作品の面白さがわかるって猪瀬君もセンスが良いね! やっぱり、わたしたち相性がいいのかも……」


 会話の途中でいきなり久賀さんが言葉に詰まり、そしてなんか急に顔を赤らめた。


「あ、ち、ちがう! 相性がいいっていうのはその……あれだから! 友達というか、読書仲間というか、そういう感じで相性がいいだけであって、決してその恋人とかそういうのじゃなくて……ってか、わたしやましい気持ちとかないし! 男子は二次元に限るとかそういう派閥で。あ、別に猪瀬君のことを嫌いとかそういうのじゃないからね」


 滅茶苦茶、饒舌にしゃべってきている。最初会った時は全然しゃべらない感じだったのに。


 俺に慣れてきたってことだろうか。


「久賀さんって意外としゃべるんだね。最初は無口でおとなしい感じだと思ってた」


「え? あ、そ、そうかな? わたしそんなにしゃべってたのかな?」


 久賀さんは口数が多くなっている自覚はなかった。なんかしゃべっているときも手足の挙動がしどろもどろで目も泳いでいる感じで必死な感じが伝わってくる。


「えっと……なにかその失礼なこと言ってたらごめんなさい」


「あ、別に久賀さんを責めてないよ。ただ、いっぱいお話できてうれしいかなって」


 俺は素直な気持ちを久賀さんにぶつけた。久賀さんと話していると不思議と楽しい気持ちになってくる。


 これが女友達とでも言うべきものだろうか。


「え、そ、そうなんですか? わたしなんかとしゃべっていて猪瀬君迷惑じゃないんですか?」


「迷惑だったら話しかけないよ。俺はもっと久賀さんと仲良くなりたいって思っているよ」


「あ、そ、そんな……猪瀬君にそんなこと言われたら困っちゃう……あぁ……」


 久賀さんがなにやら体をくねくねと動かしている。また挙動不審になったと言うべきか。まあ、別にそれが悪いことって言うつもりはないけれど。それよりも俺は発言の方が気になった。


「えっと。困らせちゃったかな。ごめん。そういうつもりはなかったんだ」


「あ、いえ。困らせるって言うか、わたしが勝手に困っているだけなので猪瀬君は気にしないでください。わたしの処女メンタルが悪いんだから」


 処女メンタル……? そんな言葉、おとなしい感じの女子の口から出るのか。


「あ、いえ。その男子の前でわたしはなんてことを……最低。わたし最低すぎる。いっそ死んでしまえばいいのに」


「いや、なにも死ぬことはないんじゃないかな」


 まあ、なんだろう。この世界の処女の言葉のハードルの低さって、転生前の世界の童貞くらいなものだろうか。


 貞操逆転しているんだから、童貞が揶揄やゆされる存在だとしたら、処女がマイナスイメージ持たれても仕方ないか。


「別にその俺らの年齢じゃ童貞処女とか当たり前だからそんなの気にする必要ないよ」


「あ、あぁ……猪瀬君。男の子がそんなはしたない言葉を!」


 猪瀬さんの顔が真っ赤になっている。


「あ、ごめん。気に障ったかな」


「い、いえ。そのごめんなさい。わたしの方こそ、男子は貞淑であるべきだなんて価値観を猪瀬君に押し付けてしまって。でも、ちゃんとガードは固めておかないと悪い女子に引っ掛かっちゃうよ?」


 まあ、この世界では性犯罪を受けるのは男性の方が主だからな。ニュースで見る事件も大体そうだし、俺も先日ナンパをされたばかりだ。


 久賀さんの言う通り、少しは警戒をした方がいいのかもしれない。


「あ、そ、そうだ。猪瀬君。また面白い本があったので、貸しましょうか。今日はいくつかピックアップしてきたんですけど……」


 そう言って久賀さんはまた俺に本を貸そうとしてくれた。ラノベは費用対効果が良くて時間を潰せるから学生の俺にとっては非常にありがたい娯楽であった。


 俺はまた素直に久賀さんの好意に甘えようと思った。


「うん。ぜひ久賀さんのオススメを見せてよ。久賀さんの勧めるものにハズレはないからね」


「あ、そう言ってもらえもらえるとうれしい」


 久賀さんはカバンの中から数冊の本を取り出した。どれも美形の少年が目立つ表紙でラノベらしい感じだった。


「それじゃあこの本を借りてもいい?」


「うん。その本は面白いよ。また読んだら一緒にその本について語ろうね」


 久賀さんは笑顔でラノベを渡してくれた。久賀さんもラノベのことについて話せる友達ができて嬉しいと思ってくれているといいな。



 休み時間になった。次は移動教室で理科室に移動する。その移動の途中で麗美さんと会った。


「やあ、猪瀬君。一緒に理科室行かない?」


「うん。そうだね。一緒に行こうか」


 麗美さんも色々な女子に揉みくちゃにされて大変だから、あまり俺と接する機会もなくなっていた。


 フった後に疎遠になるのもなんだか気まずいような気がしたから、ここでちゃんと話せる機会があるのは正直良かったと思う。


「猪瀬君は最近、久賀さんと仲が良いよね?」


「うん。まあ、体育の授業でペアを組んだのをきっかけに仲良くなったって感じかな」


「そうなんだ。最近、久賀さんが明るくなったように感じてね。猪瀬君の影響ならそれは良かったね」


 麗美さんは爽やかな笑みを浮かべている。クラスメイトのことも心配してくれるのは本当に良い人だなと思う。


「でもね……猪瀬君。余計なお世話かもしれないけど、久賀さんと必要以上に絡まないのは良いのかもしれない」


「え?」


 俺は麗美さんから意外な言葉を聞いた。麗美さんの性格的にはそんなことは言わないと思っていた。


「別に猪瀬君や久賀さんが悪いとは言わない。でも、猪瀬君はクラスの人気者だからね。あまり、彼女でもなんでもない特定の女子と絡みすぎるのは良くないと思う。他の女子が嫉妬してしまうかもしれない」


「あー……」


 確かにその発想はなかった。引っ込み思案な麗美さんが他の女子のやっかみを受けるのはちょっとかわいそうな気がしてくる。


「実際、あまりいい話題じゃないかもしれないけど……久賀さんの陰口を言っている女子もいるから」


「え、そうなの?」


「うん。当人たちの名誉のために名前は伏せるけど、そういう彼女のことをよく思ってない女子もいるってことは頭に入れておいて欲しい」


 貞操逆転世界でもそういうやっかみがあるのは変わらないのか。なんかちょっと生々しいな。

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