第2話 イケメン女子『黒沢麗美』

 帰宅途中の道、そこでも女子の視線を感じる。同じ学校の生徒が多くいる中でやはり男子の存在は浮いているのであろう。


 帰りにちょっとコンビニに寄っていこうとすると、そこでクラスメイトの黒沢 麗美と出会った。


「やあ、猪瀬君。こんなところで会うなんてね」


 麗美さんは俺に顔を近づけてきた。なんていう積極性なんだ。俺はつい顔を反らしてしまう。


「ふふ。君ってきれいな瞳をしているね。まるで高貴な貴族が付ける宝石飾りのよう」


「あ、そ、そうかな」


 そんな褒め方されたことなかったな。でも、褒められてなんか悪い気はしない。


 前世ではあまり容姿が褒められることがなかった俺だけど、女子に容姿を褒められるってかなり気持ちが良いもんだな。


 良かった。貞操逆転世界に転生できて。そう思っていたら、麗美さんが俺の顎をくいっと手で持ち上げる。


「あ、あの……」


 俺が何か言おうとしたら、麗美さんはじっと俺の目を見ている。


「この瞳を私だけのものにしたい。なんてそう思うのは独占欲が強すぎかな?」


 俺は心臓を鷲掴みにされたような気になった。なんだこれ。俺は口説かれているのか?


 会ったばかりの女子だろ。


「あ、あの……こ、困るよそんなの」


 俺は口からそんな言葉が出ていた。そして、ばっと麗美さんから離れた。


「あはは。ごめんごめん。それにしても君って面白いね。そんな反応をするんだ」


「ちょ、ちょっといきなり距離感が近いんじゃないんですか?」


「そうかな。私はいつもこんな感じだよ。まあ、猪瀬君が嫌ならこれ以上するつもりはないけれど」


 く、くそう。悔しいけれどそんなに嫌って感じはしない。これがイケメン女子の特権ってやつなのか?


 恐らく、貞操逆転で貞操観念が上がっている男子でもコロって落ちてしまいそうな魅力を感じる。


 この麗美さんからはそういう余裕、自信が満ち溢れている。まさに生まれながらにしての王子様(女)


 他の女子でこんな態度を取れる人間はそうそういない。恵まれた容姿だからこそできる荒業というわけだ。


 危なかった。俺も落とされるところだった。特に俺は転生前の記憶があるから、他の男子よりもガードは低いはずだ。


 入学して早々、ハーレム生活を楽しむ前に誰かのものにされてしまうところだった。


「あ、そうだ。ここで会ったのも何かの縁だしさ。連絡先交換しない?」


 麗美さんがスマホを取り出してきた。連絡先の交換か。それくらいなら別にしても良いかな。


「わかった。交換しよう」


 こうして俺は麗美さんの連絡先を手に入れた。


「それじゃあ、私は用事があるから失礼するね。また明日学校で」


「じゃあね」


 麗美さんと別れた俺はなんとなく喪失感を覚えていた。さっきまで胸をときめかされた影響だろうか。


 正直、彼女の迫られているのは悪くない気がしてきた。彼女が本当に俺のことを好きなのかはわからない。ただ単にからかわれているだけかもしれない。


 それでも、彼女のモノになる未来を想像すると優越感のようなものを感じられる。だって、あれだけ女子にもモテる女子と付き合えるんだ。


 スペック的に悪いわけではない。それどころか、恐らくは学校内でも上位に入るくらいの逸材であろう。


 あんな素敵な女性に迫られる経験。前世ではなかったな。前世は本当に生まれる世界を間違えたかもしれない。



 翌日、俺は学校の階段を上っていた。その時につい足を滑らせてしまいそうになった。


「うわっ……」


 階段から転げ落ちそうになった時、俺は誰かに支えられた。


「大丈夫か?」


「あ、麗美さん……」


 俺は麗美さんに支えられてなんとか事なきことを得た。俺の体重を楽々と支える麗美さん。背中を支えられて抱き寄せられるとなんだか安心するし、心がときめく気持ちになった。


 ドクドクと俺の心臓の音が聞こえる。頭もボーっとしてくるし、なんだか顔も心なしか熱い。


 この感覚は……久しく忘れていた。これが恋という感覚なのか?


「怪我はしてないよだね。よかった」


 麗美さんはにっこりと微笑んでから、俺を解放してくれた。まだ背中に麗美さんの腕の感触が残っている。


「全く、後ろに私がいたからよかったけど、気を付けてくれよ」


「ごめん。それは本当に気を付ける」


 やばい。不覚にも胸がきゅんとしてしまう。まるで自分が少女漫画の主人公にでもなった気分だ。俺、男だけど。


 そりゃ、麗美さんは女子にもモテるであろう。


「さあ、教室へ行こうか。また転ばないように、私が手を繋いであげようか?」


 麗美さんが爽やかな笑みを浮かべて俺に手を差し出してきた。細く長く美しい白い指。それを見ていると思わず手を取りそうになってしまう。


 しかし、俺にもプライドというものはある。


「だ、大丈夫。もう絶対に転ばないから」


 俺はそう言って進行方向に向き直り、階段を上っていった。


「やれやれ。強情なお姫様だ」


 お姫様!? 俺、お姫様扱いされてたの? でも、麗美さんにならそういう扱いされても悪くないのかもしれないと思ってしまう自分もいた。


 ダメだ。彼女は危険すぎる。一緒にいるだけで、俺の中のなにかが破壊されていくような気がする。


 こんなイケメンな美人。それに愛されでもしたら、自分という存在がダメになってしまう予感がする。


 好きになっちゃいけない。そう心の中で思おうとするも反対に逆に意識をしてしまう。


 俺の中で麗美さんというものの存在が大きくなっていく。俺はこのまま流されるまま麗美さんに溺れてしまうのであろうか。



 学校が終わり、家に帰った俺。自室にてゆったりとした時間を過ごしていると麗美さんからメッセージが届いた。


『今度の土日。時間空いてる?』


 うぅ……これは先に予定を抑えておくやつだ。俺も前世ではよくやった。先に要件を伝えると、その日は予定があるからって断られるから、その理由を潰すために使われるやつだ。


 ってことは、もしかしたらこれってデートの誘いなのか? どうしよう。時間は空いているけれど、それを素直に答えてもいいのか?


 俺は1分間ほど悩んでしまった。


『空いているよ』


『そっか。それならさ、水族館に一緒に行かない?』


 即レス! 早い。水族館。デートの定番スポットだ。ってことは、俺はデートに誘われているのか?


 早い。早すぎる。まだ、入学して会ってから1週間も経っていない。これが貞操逆転世界のモテ方ってやつなのか。


『2人で?』


 ここは大事なところだ。しっかりと確認しないと。もしかしたら、ただの友達同士の遊びかもしれない。


『私と君以外に他に誰か必要?』


 うわ、質問を質問で返してきやがった。なんてことだ。こんなイケメンな回答をしてくるなんて予想外だ。


 しかも、これ言っているのが麗美さんだから、心がときめくんだ。前世の俺が同じことしたら間違いなくキモがられるぞ。


『わかった。水族館に行こうか』


 メッセージを送信してしまった。もう後戻りはできない。次の休みの日は麗美さんとデートだ。


『ありがとう。それじゃあ、駅前で待ち合わせね』


『了解』


 これは、もう……アレなのでは。この水族館デートで2人の中が更に進展してしまうというやつではないか。


 どうしよう。2人きりのデート中に俺は理性を保っていられるだろうか。学校でちょっと接しているだけで、胸キュンさせられてしまうのにデートということは、1日中ドキドキなイベントが発生する危険性があるということ。


 う、うーん。どうするべきか。まあ、デート用に新しい服は買うとして、歯を磨いてシャワー浴びてから行くか。特に深い意味はないけど、念入りに歯を磨いて新しいパンツも履いていこう。

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貞操逆転世界の女子が必死すぎて蛙化現象不可避 下垣 @vasita

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