第3話 水族館に蛙
今日は晴天。絶好のデート日和である。俺は麗美さんと待ち合わせをした場所にいた。
麗美さんはまだ来ていない。どうやら少し早く来すぎたようである。しばらく待っているかと思っていたら、目の前に2人組の黒ギャルが現れた。
黒ギャルたちはメイクも濃くて、派手な金髪。明らかにガラが悪そうな感じであった。
「ねえ、お兄さん。今、1人? なに? 待ち合わせでもしてんの?」
「あのさ。ウチらと遊ばない? 楽しいよ? カラオケでもボウリングでもおごるからさ」
うわあ、これは明らかなナンパだ。貞操逆転世界に転生したけど、初めてナンパを経験した。
そりゃ、俺も高校生くらいになったしそろそろそういうことをされるような年齢になったってことか?
「え、えっと……すみません。待ち合わせしているんでごめんなさい」
俺はやんわりと黒ギャルたちに断りを入れた。しかし、黒ギャルは俺に向かって迫って壁をドンと叩いた。
「いいでしょ? 別に。ツレには断りの連絡入れなよ」
黒ギャルの1人が明らかにドスの効いた声で俺を脅している。うわあ、ナンパを断られて逆上するやつって本当にいるんだ。
「ってか、ツレってもしかして男とか? だったら、2人まとめて遊ぶってのもありだけど? きゃは」
もう1人の黒ギャルの言葉で、壁ドンした黒ギャルの笑顔が明るくなる。
「あは、いいねえ。それ。で、ツレは男なん?」
「いえ、普通に女です」
俺は普通に答えた。ここで嘘をついてもしょうがない。女子とデートするので諦めてもらおうか。
「んだよ。女かよ。色気づいてんじゃねえよ!」
黒ギャルが怒号を俺に浴びせてきた。わかりやすくキレるなあ。こんなキレる人間についていきたいと思う人がいるのかどうか。
でも、こういうナンパする手合いというのはそういうものなのかもしれないな。元の世界でもナンパを断られた時に相手に「ブス」とか吐き捨てるような人間もいるし。
「もうツレがいるとか関係ねえ。こっちこい」
黒ギャルが俺の手首をつかんできた。
「え、ちょ、ちょっとやめてください」
俺は必死になって抵抗しようとした。やべえ、ここまで強引なことしてくるなんて。怖っ。貞操逆転世界怖っ!
「ちょっと待て」
聞き覚えのある声が聞こえた。この透き通るような凛とした力強い声の持ち主は1人しかしらない。
「あ、麗美さん!」
「その子は私の大切な人でね。汚い手で触らないでもらえるかな?」
麗美さんが黒ギャルに向かってビシっと言ってやった。やばい。かっこいい。普通に惚れそうだ。
「チッ……」
黒ギャルは俺の手を離すとそのままブツクサと言いながら2人仲良く立ち去っていった。
「大丈夫? ひどいことされてないよね?」
麗美さんが俺の心配をしてくれている。やさしい。
「大丈夫。ちょっと手首掴まれただけだから」
「ごめん。私がもう少し早く来ていれば、こんな怖い思いをさせずにすんだのに」
麗美さんは俺に顔を近づけてそう言う。やばい。相変わらず顔が近い。なんかドキドキする。
まるで俺が乙女になったような気分だ。これが貞操逆転世界の恋愛というやつなのか?
「さあ、行こうか。電車は待ってはくれないからね」
「うん」
こうして、俺は麗美さんと一緒に電車に乗ることとなった。
電車はそこまで混んでいなくて、座ることができた。俺と麗美さんが隣り合って座っているち麗美さんが話しかけてきた。
「ねえ。猪瀬君はどうして、ウチの学校に来たの?」
「え、えーと……」
まさか、女子が多くいそうだからだなんて性欲丸出しの答えをするわけにはいかない。
ここは貞操逆転世界。男子は貞淑であることを求められる。
「そうだね。今までとは異なった環境にチャレンジしてみたかったって言うのはあるかな。元女子高に入る経験なんて人生でそうそうあるわけじゃないし」
「なるほど。チャレンジ精神旺盛なんだね」
やった。いけた! 結構な好印象ポイントを稼げたんじゃないのか?
「麗美さんはどうしてウチの高校に?」
「ああ。演劇部が盛んだったからね。私は昔から王子様役と言うものをやってみたくて、女子高の演劇部なら、そういうことができるんじゃないかなって思ったんだ」
「なるほど……」
麗美さんがやたらと雰囲気が王子様っぽくて積極的で胸キュンさせてくるのは、そういう事情があったのか。確かに王子様に憧れているならありえなくもない。
電車は水族館の最寄り駅へと着いた。俺たちは電車を降りて水族館へと向かった。高校生のチケットを2枚購入していざ出陣。
水族館には色々な人がいた。俺たちみたいに男女2人で来ている人もいれば、ファミリーで来ている人もいる。中には1人で来ている人もいるけれど、まあ大半が誰かと一緒に来ている。
「ねえ、見て。猪瀬君。あのエイの裏側。結構面白い形をしているね」
麗美さんがエイを指さしている。確かにエイの裏側というものは非常に興味深いものである。
「あの口みたいなのかわいいね」
俺が同調すると麗美さんはすぐに俺に顔を近づけた。
「まあ、君の方がかわいいけどね」
う……ことあるごとに口説いてくるなこの人は。このままだと心臓がもたない。
なにか話題を変えないと。
「あ、あの魚キレイだね」
「君の瞳の方がキレイだよ?」
むむ。話題転換失敗。なんでこうやってことあるごとに俺を褒めてくるんだ。こんな風にされたら、惚れてしまうやろがい。
それが狙いなのか? 麗美さん恐ろしすぎる。
海の生物のかわいさやキレイさを褒めると麗美さんが俺もついでに褒めてくるので気が休まる時がなかった。
終始ドキドキされっぱなしで、俺は逆に少し疲れてしまった。
「少し休憩しよっか」
麗美さんは疲れている俺の様子を察したのか休憩を提案してくれた。
やばい。ここでも好感度上昇ポイントだ。相手の都合に合わせて休憩してくれるのは普通に嬉しい。
俺の転生前はそういうことをきちんとできていたのだろうかと自省をしてしまう。
水族館にあるベンチに座ると横に麗美さんも座る。
目の前には自販機があり、麗美さんが自販機を指さした。
「なにか飲みたいものはある?」
「えっと……お茶が飲みたいかな」
「わかった」
麗美さんは立ち上がり、自販機で飲み物を2つ買った。1つはお茶。もう1つは麗美さんが飲む用のジュースだ。
麗美さんは俺にお茶を手渡してくれた。
「ありがとう」
「気にしなくていいよ」
麗美さんの優しさが身に染みる。俺はお茶を飲んで心を落ち着かせた。
「あのさ……猪瀬君」
「ん? どうしたの。麗美さん」
「前から猪瀬君に言わないといけないことがあったんだ」
え? なんだろう。言わなきゃいけないことって。俺なんかやらかしたかな?
「なに? 言わないといけないことって?」
「私、猪瀬君のことが好きだ。この世の誰よりも愛している」
「へ……?」
俺は麗美さんに告白されてしまった。
先ほどまでドキドキと俺の心をかき乱してくれていた存在。俺の中で麗美さんはかっこいい王子様のように映っていた。
しかし。
「この世の誰よりもってちょっと大げさじゃない?」
俺は表情を動かさずにそう言った。
「え?」
麗美さんは虚を突かれた顔をしている。口をポカーンと開けてさっきまでの凛々しい顔ではなくて、なんかちょっと間抜けな面をしている。
「いや、それって普通プロポーズレベルで関係を築いた相手に言うものじゃないのかな? 最初の告白でそれはちょっと重いというか、ねえ? 俺たち、まだ会って数日しか経ってないんだよ?」
俺の言葉に露骨に麗美さんが慌てている。さっきまでの余裕のある態度はどこへ行ったのだろうか。
「あ、い、いや。やっぱり今のはなし! また後でやり直させて」
「あ、うん。まあ、良いよ」
なんだろう。この必死な感じ。それを見ていると麗美さんへの気持ちが段々と冷めてしまう。
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