第30話「フルアーマー西原」
‐西原視点‐
最近、栄太郎のヤツがラブアイドルというものにハマっているらしい。
嫉妬しないのかって?
相手はアイドルよ? 嫉妬する以前に、対抗しようと思う時点でアホらしいわ。
それに、アイドルにハマってるのは、むしろチャンスまであるわ。
栄太郎の好きなアイドルについては、大倉さんから事前に調査済み。
ふふっ、見てなさい栄太郎。私に振り向かせてあげるわ!
‐3人称視点‐
いつものように、家を出る栄太郎。
「おっす、おは……」
玄関の前で、幼馴染である西原に声をかけようとして、一瞬固まる。
西原は綺麗なストレートの黒髪を、今日はツインテールにしていたからである。ドヤ顔で。
「髪型変えたんだ」
「えぇ、たまにはね!」
西原が髪型を変えた話題に触れるべきかどうか悩む栄太郎。
だが、いつもと違い仁王立ちでドヤ顔まで決めているのだ。きっと触れて欲しいに違いない。
なので、恐る恐ると言った感じで髪型を変えた事に触れる栄太郎。
(思った通り、すぐに食いついたわ!)
彼女の考えた栄太郎を振り向かせる作戦。
それは、好きなアイドルと同じ髪型にする事である。
アイドル。それは遠くの存在。
いくら恋焦がれようと、決して手に入る事はない。
だが、それでも、それでもただ見ているだけで良い。その笑顔が、たとえ万人に向けた笑顔であっても。
そんな事、アイドルを推す誰もが心得ている。
心得ているが「それでも!」と思ってしまうのは、仕方のない事だろう。
だから、その心に入り込む。
アイドルに手は届かなくとも、身近な存在がアイドルの代わりになれば良い。
その為のイメチェン。
西原のその考えは、悲しい考えだろう。
それほどまでに、栄太郎の事を想ってしまっている。
「最近ラブアイドルっての見て、白星 幸(しらぼし さち)って子が良いなと思って、ちょっと真似てみたんだけどどうかな?」
「俺は良いと思うよ。ってか京ちゃんもラブアイドル知ってるんだ!」
「ま、まぁね!」
(良いも何も、栄太郎の好きな白星幸の髪型にしたんだから当然よね!)
栄太郎の反応に、満更でもない反応の西原。
それから登校中はラブアイドル、というか白星幸の話題で盛り上がる栄太郎と西原。
栄太郎の会話について行けるように、西原はここ数日必死にラブアイドルについて調べいた。
おかげで会話が途切れることなく、弾んでいく。
「あっ、西原さんもラブアイドル知ってるんですか?」
なので、気づいていなかった。こっそりと近づいて来る大倉さんの気配に。
たまたま登校途中で栄太郎と西原を見かけた大倉さん。普段は一緒に歩いていても栄太郎と西原は会話が少ない。
だというのに、今日は楽しそうにおしゃべりをしている栄太郎と西原。なので、どんな会話をしているのか気になり、こっそり2人に近づき、聞き耳を立てていたのだ。
もしかしたら、自分の悪口を言っているのかもしれないと陰キャ特有のネガティブ思考を拗らせていた大倉さん。
だが、会話内容はまさかのラブアイドルである。しかも栄太郎だけでなく、西原もラブアイドルについて語っている。
ネガティブ思考が反転し、食いつくように大倉さんが話題に入って行く。
「え、えぇ。最近だけど」
「あっ、そうなんですか。そういえば今日ラブアイドルのライブ鑑賞会を文化系の部でやるんですよ。良かったら一緒に見ませんか?」
「えっ、いやぁ、私部外者だし、それに部活があるから」
「ん? 今日は陸上部休みだってさっき言ってなかったか?」
「そ、そうだったかなー」
早口言葉で「それなら行きましょう」と強引に西原を誘う大倉さん。
大人しい大倉さんが、早口モードになると押され気味になってしまう西原。
結局、栄太郎の「京も一緒に見ようぜ」の一言で渋々了承する事に。
迎えた放課後の視聴覚室。
「いやぁ、私コンサートライト持って来てないから、盛り下げちゃうと思うし」
断る理由を探す西原。
残念だが、その程度で逃げられるほど、ライブ鑑賞会は甘くない。
コンサートライトが無いと口にしたら、その瞬間には近くの人からコンサートライトが手渡され。
知らないアイドルが居ると口にすれば、推している人達が周りに押し寄せプレゼンを始めだし。
最近出た曲は分からないと口にしようものなら、布教用のCDが山のようにお供え物のように置かれる。
もはや逃げ道はどこにもない。
「どうしてこうなった」
両手にコンサートライトを握らされ、体には使い捨てケミカライトを大量に刺した弾薬ベルトが巻きつけられ、ハチマキに法被まで着させられた西原。
フルアーマー西原の完成である。
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