第29話「オタサーの殿四天王」

‐3人称視点‐



 視聴覚室に来たクソゲー研究部の面々。

 ドアを開けると、既に20人以上の生徒たちが集まっていた。

 そのほとんどが女生徒である。が、中には数人ではあるが、男子生徒もいる。


(男は俺だけじゃなかったか、良かった)


 他の文化部と一緒に鑑賞会をすると言っていたが、他の部の部員は女生徒ばかり。

 道中、他の文化部の部室に寄っては、四谷と浜田が鑑賞会をしないか声をかけて視聴覚室まで来たが、ついて来た男子生徒は栄太郎のみ。


 女子たちの中に、男一人。少し前までは、女子とほとんど話したことがない陰キャの栄太郎には耐えきれない空間である。 

 なので、自分以外に男子生徒が居る事に栄太郎は安堵の息を吐くが、手放しに安心出来る状況でない事に、栄太郎は気づいていない。


(へぇ、クソ研にも殿が居たんだ)


 男子生徒たちが、目を鋭くし、栄太郎の殿力を測る。

 殿力とは、オタサーの殿としてのカリスマ性のようなものである。


(クソ研の殿か、見た目もパッとしなければ、おどおどして中身も陰キャって感じだね)

 

 オタサーの殿としての力量を測る男子生徒たちが、鋭くした目を一瞬で戻す。

 栄太郎に、それほどの殿力を感じなかったので。


(見る限り、クソ研女子たちは囲っているのだから殿っぽいが……競合相手が居ない部を狙っただけのザコか)


 そう結論付けると、栄太郎への興味を失った男子生徒たちが、自分を取り囲む女子たちに甘い顔を見せる。一人を除いて。


「わぁ、男子が来るとは珍しいね!」


 そう言って栄太郎に声をかけたのは、目を鋭くした時は、キツネのような笑みを浮かべていたが、今はまるで人懐っこい笑みを浮かべる少年。花形。


 文化部に置いて『オタサーの殿四天王』が存在する。

 花形はその四天王が一人、通称「オタクちゃんに優しいギャル男」である。


 この世界において、金髪にピアス姿と言われればポピュラーなギャル男が思い浮かばれるが、彼の姿はまさしくそれである。

 オタク女子が会話をしていると「何々? 何の話してるの?」と興味津々に話しかけ、距離感0の馴れ馴れしさで次々とオタク女子を魅了する。


 魅了し、取り巻きに加え、気が付けば四天王の一人と呼ばれるほどになっていた花形だが、そんな花形には、一つ悪癖があった。

 それは、自らを誇示したがる事である。


「キミもラブアイドル好きなの? ちなみに僕はラブアイドルボーイズの空条君が好きなんだ」


 栄太郎に対し、まるで友人に接するような態度で話しかける、花形だが。

 その花形の言葉に「あー、私も。やっぱり空条君だよね」と取り巻きの女子たちが花形に同意を示し、空条のどこどこが好きだとそれぞれ語り始める。

 そんな女子たちの語りに対し「へー、そうなんだ」と相槌を打つ花形。


(ちょっと格の違いを見せすぎちゃったかな)


 笑顔で固まる栄太郎に対し、満足気に目を細め、狐のような笑みを浮かべる花形。

 残念だが、栄太郎は花形の誇示に対し、全く動じていない。


(俺一人だったらあんな風に囲まれてたかもしれないのか、あぶねー!!)


 むしろ、女子たちが自分に来なくて良かったと思っているくらいである。

 一人二人に話しかけられるならともかく、こんな人数の女子に囲まれて話しかけられたらと思うと冷や汗が止まらない栄太郎。

 それを、目の前の花形が受け持ってくれていると思うと、栄太郎にとって感謝こそすれど、畏怖する事は何もない。


 ただ、栄太郎はラブアイドルというものを先ほど知ったばかり。

 そんな知識がない状態で好きなアイドルの事を語られても、栄太郎にはただ愛想笑いを浮かべるしか出来ない。

 委縮しているのではなく、反応に困っているだけ。完全に花形の一人相撲である。

 残念ながら、その事に花形は気づいていない。自らが優位に立ったと思い込み、優越感に浸るように栄太郎にラブアイドルを語る。


「花形くん、私飲み物買ってこようか?」


 花形が語り、それを取り巻きの女子たちが同意してを繰り返すこと数分。

 一人の女子が、花形に声をかけた。花形の好感度を上げようと。


「あぁ、お願いしようかな」


 飲み物を買ってこようかと尋ねた女子に花形がそう答えると、他の女子も「じゃあ私のも」と次々と催促し始める。

 抜け駆けは許さないと言わんばかりに。

 もちろん、そんな女子たちの意図を花形も気づいている。

 だが、あえて気づかない振りだ。自分のために女子たちが争う。彼にとっては、それもまた、自らを誇示するためのステータスなのだから。


「キミも良かったら、飲み物を頼むかい?」


「いえ……そうだ、一人だと大変そうなので、俺も買いに行くの手伝いますよ」


「……えっ?」


 栄太郎の言葉に、花形とその女子たちが同時に驚きの声を発する。

 腐ってもオタサーの殿。ならば「わー、良いの? それじゃあお願いしようかな」と相手を労いつつも、お願いすると思っていたからだ。

 それが断るどころか、手伝うと言い出したのだ。


 そして、驚かせるのはそれだけではなかった。


「ちょっと暑いなぁ……」


 そう言って、カッターシャツのボタンを1個、2個と緩め始める栄太郎。

 先ほどまで冴えなかった男子が、急に色気を出し始めた事に、内心ざわつく面々。


 なぜ栄太郎が急に胸元を見せつけるような事をし始めたのか?

 

(なんかめっちゃ見られてるから、一旦外に出たい……)


 花形に絡まれたことで、自分が注目を集めていた事に栄太郎は気づいていた。

 見ているのは花形や花形の取り巻きの女子だけでなく、他の女子の面々からも。なぜ見られているのか栄太郎は気づいていないが。

 居心地の悪さを感じた栄太郎。飲み物を買いに行くのを頼まれた女子を見て、これ幸いと自分も買い出しを手伝うと言い出した。


 しかし、言い出した手前、一つ問題点に気づく。


(知らない女子と2人きりとか、無理!!)


 女子とあまり話した事のない栄太郎に、知らない女子と2人きりで買い出しは敷居が高い。

 なので、胸元を開けることで、大倉さんを釣る作戦に出たのだ。


「あっ、2人だけだと大変だと思うし、私も一緒に行こうかな」


 結果、見事に食いつく大倉さん。

 まぁ、彼女が食いついたのは、栄太郎が胸元を開けたからだけではない。


(島田君は渡さない!)


 栄太郎への独占欲である。

 もちろん、栄太郎の胸元をジロジロ見るのも忘れていない。


 飲み物を買いに行くために、視聴覚室を後にする栄太郎、大倉さん、花形の取り巻きの女子。

 3人が部屋を出ると、微妙な沈黙が流れる。


(冴えない男子かと思ってたけど、意外にギャル男じゃん。しかもオタクちゃんにめっちゃ優しいタイプの!)


(あれっ、そういえば花形君って、オタクちゃんに優しいギャル男の割には、私たちの扱いって結構雑だよね?)


(ってか、花形君はギャル男ではあるけど、オタクちゃんが話しかけてもスルーしたりして、優しくはなくない?)


 それから数日後。

 文化系の部活で、ある話題が持ち切りになっていた。


『花形がオタサーの殿四天王から陥落した』


 自らの誇示のために、取り巻き女子たちへの対応を疎かにし続けた結果、花形の元から取り巻きの女子たちは離れて行った。

 花形から離れた女子たちは口をそろえて言う。本当のオタクちゃんに優しいギャル男を見つけたと。

 四天王の一人が陥落した事により、新たな四天王になろうとオタサーの殿同士で争いが起こる事になるが、それはまた別の話である。それは栄太郎と関係がない話なので。





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