第23話「どうだい。これなら胸元を開けなくて良いだろ?」

‐栄太郎視点‐



 この世に悪があるとすれば、それは授業で「仲の良い者同士でペアを作れ」という体育教師だ。

 ただでさえクソ暑い中、やりたくない体育を外でやらされてるというのに、ペアを作れとまでいう二重苦。

 ペアを作れと言って、相手が居ないぼっちに対して「おいおい、仲の良い相手いないのかよ(笑)」とか言ってくる教師はなんらかの法に接触してると思う。


 さて、そんな呪詛を吐きだしたところで相手が出来るわけではない。

 クラスの男子たちは既にペアが出来ている。そんな中、俺はというと相手が居なくて周りをキョロキョロしている。


 普段の格好のおかげで、クラスから浮いてるというのもあるが、そもそも俺は陰キャだ。

 なので、貞操が逆転しようが俺がぼっちな事は変わらない。


 いつもなら、同じようなぼっちから声をかけられペアになるのだが、そんな声をかけてくれるぼっちもいつの間にかぼっち同士のグループが出来上がっていたようだ。

 ぼっち相手に声かけするコミュ力さえない俺だけが孤立する形になっていた。 


「島田君、相手が居ないのかい?」


 そんな俺に声をかけてきたのは、つい先日色々あった京と大倉さんのクラスの風紀委員である小鳥遊君だ。

 おっ、「イヤミか?」と言いたいところだが、気まずそうな顔をしている小鳥遊君を見る限り、彼も俺と同じぼっちなのだろう。


「もし相手が居ないなら、僕とペアになってくれないだろうか?」


「俺で良いなら良いけど」


 準備運動の後、ストレッチとしてお互いに手を引っ張り合って体をにょーんとしたり、背中合わせに腕を組んだ状態でお互い持ち上げあってびよーんとしたりするアレを小鳥遊君とペアでやる。

 七三分けのメガネキャラというと、ガリ勉タイプで体力がなく、ストレッチの時点でぜぇぜぇと息が上がると思ったが、小鳥遊君は思ったよりも余裕でこなしていく。

 マラソンが始まると、なんなら俺の方が息が上がってるくらいだった。これでも週1で公園に行ってトレーニングをする程度には鍛えてるというのに。

 

「思ったより……体力あるんだな……」


 クソみたいに走らされ、もう走らないぞという意思を込め、その場に座り込む。

 わざわざ俺のペースに合わせて走ってくれるのは嬉しいけど、隣で「あともう少しだ!」「ペースが落ちてるぞ!」と励ましてくるのは恥ずかしいからマジでやめて欲しい。

 周りからクスクス笑われるのが、陰キャにとって一番メンタルに来るんだから。 

 ちょっとでも早く終わらせたいがために、全力疾走をしたせいで気持ち悪い。


「あぁ、これでも警察官を目指してるからね」


 息一つ切らせず、小鳥遊君がそう答える。

 警察官ね。だから風紀委員なんてやってるのか。


「へぇ、そうなんだ」


「あぁ、うちは母が弁護士で、父は警察官をしているんだが、両親は僕に弁護士になってもらいたいみたいでね。でも僕としては警察官を目指したいんだ」


「両親は弁護士って言ってるのに、警察官になりたいのか」


 正直、あまり興味がそそられない話だが、何も話す事はないので話に乗って行く。

 もし話を打ち切ったら「さぁ、校庭をもう一周走ろうか!」とか言い出しそうだし。


「うん。だって、悪い事は正さないとダメだろ」


 一つの曇りも見えないような純粋な瞳。

 そんな瞳を輝かせ、小鳥遊君は警察官の父親の仕事を、まるで子供の用に自慢し始める。

 本当に父親を尊敬し、憧れているのだろうな。

 

「だけど、父の事を悪く言う人は多い。少しでも父に近づきたいから、こうして風紀委員に入ったけど、頑張れば頑張るほど周りから煙たがられてね」


 なるほどね。

 十分すぎる程コミュ力があるのに、小鳥遊君がぼっちな理由が分かった気がする。 

 彼は生真面目すぎる。


 とはいえ、そういう生き方を本人が選んでいるんだ。

 俺があれこれ言ったところで変わらないだろう。

 だから、俺は適当に口にした。


「別に正しい事するのは良いけど、ただ捕まえて『あなたは悪い事しました。反省してください』だけじゃ反感を買うだけじゃないかな」


「むっ、ならば見逃せと言うのかい?」


「いや、悪い事をしないように誘導すれば良いんじゃないか?」


 特に意味はない。

 ただ、適当に雑談のつもりで口にしただけだった。


「ふむ、防止と予防か……」


 だというのに、小鳥遊君は顎に手を当て深く考え始めた。

 そのおかげで、校庭をもう一周回ろうと言い出さなかったので助かったけど。


 そして翌日。

 

「やぁ、島田君。今日も胸元を開けて、そうだね。今日は暑いから開けたくなるよね」


 いつも通り胸元を開けて登校し、京と共に京のクラスに来た俺を謎のハイテンションで小鳥遊君が出迎える。

 鼻歌を歌いながら、俺の胸元のボタンを締め「さぁさぁこちらへ」と教室の隅へと案内される。


「せめて胸元を締めるだけの涼を取るために、キンキンに冷えた麦茶を準備しておいたよ!」


 教室の隅に置かれたクーラーボックス。

 小鳥遊君がそれを開けると氷が敷き詰められたクーラーボックスの中に、茶色い透明な液体、多分麦茶が入ったボトルがいくつも置かれている。


「さぁさぁ、一杯どうぞどうぞ」


 ボトルの液体を紙コップになみなみと注ぐと、俺と京に手渡す小鳥遊君。

 何でこんな事してるんだとか色々疑問はあるが、手に持った紙コップから伝わる麦茶の冷たさが、そんな些細な事考えずにさっさと飲んじまえよと本能に訴えかけてくる。

 一気に飲み干すと、それが胃を伝い、全身に染み渡っていく感覚を覚える。ようはめっちゃ涼しく感じる。


「どうだい。これなら胸元を開けなくて良いだろ?」


「えっ、あ、はい」


「氷とお茶は調理室の冷蔵庫から貰える許可を取ってあるから、遠慮せずにおかわりしてくれ」


 俺の返答に満足気に笑うと、小鳥遊君は他のクラスメイトに話しかける。


「やぁ、髪を染めたのかい。うちの学校は髪の染色は問題ないが、ピアスは禁止されてるのを知ってるかい? でもイヤリングやノンホールピアルなら問題ないから、もしつけるならそっちが良いぞ」


 どうやら俺が適当に口にした「悪い事をしないように誘導すれば良いんじゃないか?」を小鳥遊君なりに実践しているらしい。

 傍から見ると、世話焼きのおかんっぽく見えなくもない。いや、この世界ではおとんか。まぁどっちでも良いや。


 その後、どんな校則違反が多いか調べ、違反を探すのでなく、違反をしないように誘導するようになったおかげか、小鳥遊君がクラスメイトから頼りにされる場面をよく見るようになった。


「おーい島田君。次の体育の授業、ペア組まないかい?」


「良いぞー」


 クラスで人気者になった小鳥遊君だが、今でも体育でペアを作れと言われたら、一番最初に俺に声をかけてくれる。

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