第16話「胸元見てるの、バレバレだから」

「それではこちらへどうぞ」


 袴姿の男子部員が「どうぞ」と言って俺と大倉さんを案内する。

 男子部員の後に続いて歩いていると、大倉さんが話しかけてきた。


「あっ、島田君そう言えば茶道の作法って知ってる?」


「前に大倉さんから借りた『くの一スレイヤー』で見たから、なんとなくなら分かるよ」


「あっ、それなら大丈夫だね」


 即席のお座敷の上に、靴を脱いで上がる。

 座布団が置いてあるから、座る場所に悩む事がなくて助かった。

 どっこいしょっと。


「どうぞ、おくつろぎください」


 正座姿の俺と大倉さんに、足を崩して良いですよと促す茶道部の男子部員。

 だが俺は知っている。ここで足を崩すのは愚者のやる事だと。古事記にそう記されているとくノ一スレイヤーに書いてあった。

 

「いえいえ、お気になさらず」


 そう言って俺は頭を下げた。

 隣で正座をしてる大倉さんも同じように頭を下げつつ、俺の胸元をコソコソ見ている。


「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。お茶を楽しんで頂ければと思います」


 手をつけ頭を下げる茶道部の男子部員。

 こんなの俺のデータにはないんだが。隣の大倉さんを見ると「えっ」って顔をしている。

 とりあえず、相手と同じように手をついて頭を下げておいた。多分正解だと思う。


「お二人方は、茶道は初めてでらっしゃいますか?」


「あっ、はい。初めてです」


「たまたま通りがかったらやっていたので、何となく参加してみた感じです」


「そうでしたか」


 茶道のマナーの事ばかり考えていたせいで上手い返しが出来ず、思わず素直に答えてしまった。

 そんな俺の返答に気分を害する事なく、茶道部の男子部員はニコリと笑顔を見せる。こちらの心象を見透かしたかのように。


「茶道においてマナーや作法は数多くありますが、一番大事なのはお茶を楽しむ心だと僕は思っております。なので、礼儀といったものはこの際置いといて、楽しんで頂ければと思います」


 そう言って、もう一度ニコリと微笑みかける茶道部の男子部員。

 ふむ。異性にこんな対応をされたら、ちょっと好きになってしまうかもしれない。

 もしかしたら『公開おもてなし』とやらが人気な理由もそこら辺にあるのかもしれないな。隣で大倉さんが「フヒッ」とか言って頬を緩ませてるし。


「それでは、お菓子をどうぞ」


 茶道部の男子部員が、小脇に置かれた箱を開け、中身を取り出し俺たちの前に差し出す。

 差し出されたのは饅頭だ。


 こんなの俺のデータにはないんだが。(2回目)

 小皿の上に置かれた饅頭。そして添えられた、つまようじサイズの木製のナイフ。

 なんとなく、この木製のナイフで一口サイズに切って食べろというのは理解出来る。


 ただ、タイミングが分からない。

 お茶を飲みながら食べるのか、お茶を飲んだ後に食べるのか、はたまたお茶を飲む前に食べるのか。

 隣の大倉さんをチラリと見て見ると、目が合った。

 そして、ニコリと笑顔を見せて頷きかけてくる。これ分かってないやつだ。


「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」


 俺たちの困惑が伝わったのか、茶道部の男子部員がそう声をかけてくれた。

 わざわざ「遠慮なく」まで付けているって事は、今食えって事だな。多分。

 左手で皿を掴み、右手で木製のナイフを持つと、一口サイズに切り分けて食べていく。

 ふぅ、意外と緊張するな、これ。


 俺たちがお茶菓子を食べ終わったのを見計らい、茶道部の男子部員がお茶の準備を始めた。

 茶器を準備し、茶碗に抹茶っぽい粉を入れ、その中に柄杓でお湯を入れる。

 後はシャカシャカとかき混ぜて完成なのだろう。


 手のひらの上でくるくると回すと、俺の前にお茶の入った茶碗が置かれる。

 この後の作法ならちゃんと覚えてる。


「いえ、結構です。悪いです」


 俺がそう言うと、大倉さんが噴き出した。

 えっ、くノ一スレイヤーではこうやってたぞ?


「すぐに受け取っちゃダメなんだろ?」


「あっ、それね、デタラメ作法だよ。大体自分たちから出向いておいて結構ですって、ブフォッ」


 大倉さんの吹き出し笑いで出た風が、俺の前髪を揺らす。


「いや、でもさっき「それなら大丈夫」って言ったの大倉さんじゃん」


「だって真面目に信じてるとは思わなくてつい、ブフォッ」


 おい。

 

「あの、くノ一スレイヤー面白いですよね。僕も読んでますよ」


 やめてくれ。そのフォローは余計に恥ずかしくなる。

 ツボに入ったのか、大倉さんはついにむせ始めたし。


「あっ、掌の上でくるくる回して一気に飲み干さないのはちゃんとしたマナーだから安心して良いよ」


 さっさとこの場を去りたい。

 お茶会も終わり、席を立った俺たちに「また来てくださいね」と言った茶道部の男子部員。

 必死に笑いをこらえるために、彼が袴腰に自分の太ももをつねっているのが見えた。


 多分この後クソゲー研究部の部室に着いたら、大倉さんが先輩たちに先ほどの出来事を伝えるのは目に見えている。俺の事ニヤニヤしながら見れるし。

 目には目を、歯には歯を。恥には恥で返してやる。


「あー、暑い暑い」


「あっ、顔まで真っ赤になって大変だね」


 フン、そんな態度を取っていられるのも今の内だ。

 俺が制服のボタンを外し、胸元を仰ぐと、案の定、大倉さんが俺の胸元をガン見してきた。

 

「大倉さん、大倉さん」


「あっ、何かな?」


 俺が声をかけると、バッと顔を横に向け、視線を俺の胸元から逸らした。

 なので、一歩大倉さんに近づき、耳元でボソッっと語り掛ける。


「胸元見てるの、バレバレだから」


「アイエエエエエエエエエ、くぁwせdrftgyふじこlp!?」


 あまりに早口過ぎて、大倉さんが何を言っているか分からないけど、言い訳しているんだろうなというのは何となくわかる。

 

「あー、そうなんだ。はいはい」


 なので、ニヤニヤしながら適当な返事で返す。

 なおも早口で言い訳らしき言葉を口にし続ける大倉さん。

 

 俺の作戦は功を奏し、大倉さんが部室で公開おもてなしの話をする事はなかった。

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