第15話「江戸は、日本の首都東京の旧称であり、1603年から1867年まで江戸幕府が置かれていた都市である」

 クソゲー研究部に入部し、最近は放課後に部室に寄る機会が増えた。

 というかほぼ毎日通っている。おかげで京も毎日陸上部に顔を出すようになった。

 

「別に毎日出たって、そうそうにタイムが変わるわけじゃないんだけどね」


 ヤレヤレと言いながら、そんな風に愚痴る京。

 本当は部活に行くのはそこまでノリ気じゃなく、俺が気にするから仕方なく出てるのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 大倉さんが言うには、同じ陸上部の女子と部活の事で仲良く話すようになったから、満更ではない様子との事。


 確かに以前は京に会いに行くと、机に向かって一人で漫画読んでるかスマホ弄ってるかだったしな。

 ちゃんと部活に出るようになって、交友関係も良好になってきたのかもな。ぼっちの俺が言うのもなんだけど。


「さてと、今日の部活は何するかな」


 授業も終わり、放課後に大倉さんと一緒に部室へ向かう。

 あらかじめ何するか決めておかないと「これとかどうかな?」って言いながら先輩たちが一生クソゲーを勧めてくるからな。早口で。


「あっ、RTAで対戦しませんか? 種目はジャンプボタンがあるけど、ジャンプしたら死ぬ主人公で有名なあのゲームとか」


 すっげー、心の底からそそられない感じが、逆にそそられる。

 部室でゲラゲラ笑いながら皆でやる分には良いけど、家に帰って練習しようとしたら虚無になるやつだそれ。


「ん?」


 時間の無駄だと分かっていても、やってみたいななんて考えていたら、とある行列が目に付く。

 女子たちが中庭に向かって行列を作っている。こんなの前の世界では見た事がないな。


「あっ、あれは茶道部が定期的にやってる『公開おもてなし』ですよ」


「公開おもてなし? 皆の前であのシャカシャカするお茶でも出すのか?」


「そうですよ。あのシャカシャカするお茶です」


 シャカシャカするお茶ねぇ。そんなのでこんなにも行列が出来る物なのだろうか?

 抹茶ラテでも出てくるのかね?


「あっ、島田君興味あったりしますか?」


「いや、お茶程度でこんなに集まるのかなと思って。あと女子が多いなって」


「フッフーン。分かりました。島田君がそこまで興味があると言うなら一緒に行きましょう。行けば理由も分かりますから」


「いやっ、別に興味は……」


「ほら、行きますよ。行列は気にしなくても大丈夫ですから、どうせ前に行けるので」


 そう言って、やや早歩きで行列に向かって歩き始める大倉さん。


「えっ、ちょっと」


 ピューンと先を行く大倉さん。

 小走りで大倉さんの後を追う。あまりの展開の早さに、この時俺は気づいていなかった。大倉さんが気持ちの悪い笑みを浮かべていた事に。


「あっ、島田君、遅いですよ」


「いや、大倉さんが急ぎ過ぎなだけじゃ」


 行列が出来ているんだから、今更急いだところでどうにもならないだろう。

 部活には遅刻か、下手をすれば下校時間になっていけないかもしれない。

 そう思っていたのだが。


「えっ……あぁ、お先どうぞ」


 俺たちに、というか俺に気づいた女子が気まずそうな笑みを浮かべ、道を空ける。

 その女子の反応を、見て、行列に並んでいた女子たちが次々と振り返り、皆俺に対し気まずそうに目を逸らしたりしながら道を空けてくれた。


「良いのかな?」


「あっ、逆に迷惑になるから先に進みましょう。ほら早く、さぁ早く」


 ずんずん進んでいく大倉さんの後に続き「すみません」とペコペコと軽く頭を下げながら前に進んでく。

 気が付けば先頭まで来ていた。

 中庭では、赤い傘、敷物の上に畳を置いた、屋外でやるお茶会セットと言えば大体想像つくだろう、そんな物が置かれていた。


 畳の上で、傍目でも分かるくらい綺麗な正座をした袴姿の男子生徒が、お茶をシャカシャカしている。

 どう見ても普通の茶道だ。いや、茶道に詳しくないから、もしかしたら凄い事をしてるのかもしれないけど。

 ただ、俺の目からは女子が行列を作るほどでもないと思う。男子生徒も特段イケメンってわけじゃないし。


「大倉さん、俺には普通の茶道に見えるんだけど。何か違うの?」


 俺の言葉に、マジかコイツって顔しやがった。


「あっ、見て分からないです?」


「分からないから聞いてるんだけど」


「ほら、あの袴姿」


「うん」


「スケベでしょ?」


 ……お前は何を言っているんだ?

 めちゃくちゃ真顔で「スケベでしょ?」とか聞き返してくるけど、意味が分からない。


「あっ、ほら、あの袴からチラリと見える鎖骨。今お辞儀した時にうなじが見えたでしょ。ねっ!」


 なるほど。わからん。

 意味が分からないが、困った事に他の女子も同感のようだ。

 まさかと思って振り向くと、女子たちが一斉に顔をそむけたので、多分大倉さんの言う事を彼女たちも理解出来ているのだろう。


「あの袴姿が近くで見れるとか、最高でしょ」


 俺の隣で、いまだに早口でフェチを語り続ける大倉さん。

 俺から顔を背ける女子たちの頬が赤くなり、ちょっとだけにやけている。 

 うーん。元の世界の茶道を思浮かべてみる。


 着物姿の女子がエロいかって?

 確かにエロいっちゃエロイな。


 うなじが見えたらエロいかって?

 確かにエロいっちゃエロイな。


 近くで見たいかと言われたら、まぁ見たいかもしれない。

 大倉さんの言う事が何となく理解出来た。


「あぁ、なるほど」


 俺が理解を示すと、大倉さんがドヤ顔で「そうでしょそうでしょ」と勝ち誇った笑みを浮かべる。


「あっ、特に主将の袴姿が特にえっっっっっっっっ」


「次でお待ちの方どうぞ」


「どは、日本の首都東京の旧称であり、1603年から1867年まで江戸幕府が置かれていた都市である」


 俺たちの順番が来たので、袴姿の男子部員が俺たちを案内しに来てくれた。

 必死に誤魔化す大倉さんだけど、彼が近くにずっといた事には気づいてなかったんだろうな。

 単純に声もデカかったから、普通に聞かれてたと思うよ。ゴミを見るような目で見られてるし。

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