第5話「ラッキースケベ」
‐3人称視点‐
今日も栄太郎を振り向かせることが出来なかった西原。主に大倉さんに妨害されて。
どうすれば栄太郎に振り向いてもらえるんだろうかと、悩めば悩むほどに眉間にしわが寄っていく。
「あっ、西原さん、何か悩み事?」
そんな西原に声をかけたのは、悩みのタネである大倉さんである。
大倉さんの顔を見るだけでため息が出そうになる西原。悩みの原因はお前だと言いたいところだが、彼女に悪意はない。
今だって親切心で声をかけただけだ。それに対し、ため息を吐くのは流石にそれは失礼だと思い、グッととどまる西原。
「そんなんじゃないわ。ちょっとトイレ」
「あっ、じゃあ私も一緒に行こうかな」
西原と共に教室を出る大倉さん。
廊下を出て、トイレに向かう最中、聞き覚えのある声が2人の耳に届く。
声の出所は階段からである。
「なぁ、その恰好誘ってるんだろ?」
「誘ってるって何が?」
声のする方をこそっと覗き込む西原と大倉さん。覗き込んだ先には、女生徒に絡まれてる栄太郎が見えた。
相手は同学年の女子である。
「そんな見せびらかしておいて何がじゃないっつうの。……なぁ、やらせろよ」
愛想笑いを浮かべのらりくらりと逃げようとする栄太郎に対し、同学年の女子がイラつくのが遠目から見ている西原と大倉さんにもわかる。
「そんなんじゃないですから」
「おい、待てよ」
女生徒が手を伸ばした瞬間に、バッと逃げ出す栄太郎。
その光景を見て、栄太郎はあんな格好しているが、やはりそういう目で見られるのは嫌なんだと確信する西原。
残念だが勘違いである。
(あっぶねええええええええええええええ。ちょっとこの子でも良いかなと心が揺れそうだった)
貞操観念が逆転していない世界から来た栄太郎にとって、女の子の方から「やらせろ」と迫ってくるのはとても魅力的だった。
思春期の男子というのは基本スケベなので。もちろん栄太郎もスケベなので。
しかし、ここで流されれば西原と付き合う事は不可能になるかもしれない。
そう思った瞬間に、栄太郎は走り出していた。めちゃくちゃ後ろ髪を引かれる思いをしながら、めちゃくちゃ後悔しながら。
なんなら、今からでも女生徒の元へ戻って元気よく「よろしくお願いします」と言いたいくらい。
もしかしたら女生徒が追いかけて来てくれるかもしれないと振り向いてみるが、既に先ほどいた女生徒の目に栄太郎は映っていない。
栄太郎の事をすっぱりと諦め、近くに居た他の男子に声をかけている。
(そ、そんなぁ……)
女生徒の方を振り向きながら走る栄太郎。未練たらたらである。
そして、よそ見をしている栄太郎が向かった先は、西原と大倉さんの居る方である。
「ヤバッ」
このまま栄太郎が向かってきたら、鉢合わせてしまう。
なので逃げ出そうとする西原だが、一緒に覗いていた大倉さんが邪魔で逃げ出す事が出来ない。
自分の進行方向に西原たちがいる事に気づかない栄太郎が、速度を落とす事なく走り、そしてぶつかる。
「えっ、あっ……」
「ご、ごめん」
ぶつかった拍子に栄太郎と西原が倒れ込む。仰向けに倒れた栄太郎に、西原が馬乗りする形で。
西原が右手に違和感を覚える。硬さの中に、少しの柔らかさを感じさせる感触。栄太郎の胸の感触である。
「あの、これは違うの!」
顔を真っ赤にしながら、ちゃっかりと軽く揉んでから急いで手を離す西原。
(今、京がこっそり胸を揉んでいた……そうか! やっぱり興味はあるんだ!)
(島田君とラッキースケベ羨ましい!)
「あぁ、うん。大丈夫か?」
「えっ、うん。大丈夫」
あまりにも栄太郎の反応が自然過ぎて、もしかして、栄太郎は胸を触られた事に気づいていないのかと、心の中で安どのため息を吐く西原。
残念だが、バレバレである。
「ごめん、私たちトイレ急いでるから」
「あっ、あっ。島田君またね!」
大倉さんの手を引き、猛ダッシュでトイレの横を抜け、階段を駆け抜けていく西原。
その反応で栄太郎は確信する。西原もスケベに興味があるのだと。
そして西原も確信をする。栄太郎はエッチな目で見られたいからそういう格好をしているわけじゃないのだと。こちらは勘違いである。
(俺のやり方は間違ってなかった、それなら……)
(私のやり方は間違ってなかった、それなら……)
(私も島田君とラッキースケベをしたい!)
両片思い。
(これからもスケベな格好を京に見せて……)
(これからもスケベな目で栄太郎を見ないようにして……)
(私も島田君とラッキースケベをしたい!)
それはお互いが好き合っているのに、些細なすれ違いから気持ちが交わらない現象である。
((惚れさせる!!))
(私も島田君とラッキースケベをしたい!!)
これは1人の少年と、2人の少女のちょっと。
いや、大分変わった恋の物語である。
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