第三話「バチが当たるじゃろうか」



「快晴じゃなあ〜〜〜!」


「ああ、降らなくてよかったな」


 大きく伸びをしたフェルを微笑ましく眺めながら、街を歩く。

 週末。俺たちは、繁華街に来ていた。

 俺の住んでいる街は都会と郊外の境目みたいなところで、良くいえばイイとこ取り、悪く言えば中途半端みたいな場所なので、行こうと思えばどちらにでも行きやすいのが利点だ。悪の組織なんかは郊外で怪しいことをするので、潰しに行くとき結構役立った。


「とはいえ、結構混んどるのう……」


「まあ、週末だからな」


 待ち合わせ場所としてよく使われる、駅前銅像周りの時点で既にごった返している。

 行く場所にもよるが、大抵どこも混んでるんじゃ……と、少しだけ気が重くなってしまった。


「早めに行って、他の者より先回りするぞ!」


「こら、走るなって。危ないし、はぐれたらどうするんだよ」


「ならば、こうすればいいじゃろ?」


 右手を掴まれ、ぐいと引かれる。獄炎龍の異名を持つ彼女の手は、柔らかくも熱い。


「さあ、ゆくぞ!!」


「うおおおお!?!?」


 龍の視力と反射神経のおかげか、俺たちは人混みをすいすいと抜けていく。すれ違う通行人たちが何事かと振り返るが、フェルの姿を確認すると、すぐに微笑ましいものでも見たような温かい目になる。その若いっていいなみたいな顔をやめてくれ。



 ──この世界には、『スピリット』という隣人が根付いている。

『スピリット・ストラグル』とは、この地球と繋がった別世界──《アナザー》の住人たちと力を合わせ、勝利を目指すカードゲームだ。

 彼らは実在しており、きちんと交流がある。特筆すべき点は、スピリットたちは闘いを好んでいて、──という点だ。

 他のTCGの例に漏れず、スピストにもパックがある。だが他のカードゲームと違って、1パック1枚しか入っていない。


 それはこの世界におけるパック──というかカードが、。力を分割して配り、プレイヤーと共に戦うことで、彼ら自身も成長していく。パックというのは、分霊を人間に届けるための防護膜みたいなものなのだ。そこに他の分霊が入ってきてはおかしい、という理屈らしい。(流石にその分単価は安い)


 その中からごくまれに出てきたり、スピリットを使っているうちに唐突に押しかけてくるのが──『ビーストカード』である。



あるじ! 我、アレが食べたい!」


「クレープか、いいぞ。ちょっと並ぶか」


 休日なせいか、長蛇とまでいかずともそこそこ列ができており、俺たちはその最後尾に並ぶ。手持ち無沙汰なので周りを見ていると、前方に並んでいた犬らしきビーストと目が合って、ぺこりと会釈した。


 ビーストカードは、要するにスピリットのである。

 スピリットカードは分霊でしかないため、現れるのはバトルの時だけだし一律の行動しか取れないが、ビーストは紛うことなき本体であるため、プレイヤーと色々コミュニケーションを取ったり、何ならしたりする。有り体に言えば強化フォームってやつだ。そこそこ体力を使うらしくて、何なら退化してる時もあるけど。


 そんな戦闘種族を戦わせずに手元に保有しているのだから、デートだろうが何だろうが、その願いを叶えてやるのは最低限の義務だった。


「うま────い!!」


「そりゃよかった」


 無事クレープを購入し、近くにあった広場のベンチに座って、フェルにそれを食わせる。

 どうやら《アナザー》の食べ物はそんなに美味しくないらしく、うちの子たちはこっちの大抵の食べ物でオーバーに喜んでくれる。繁華街のクレープはちょっと高かったけど、尻尾と背中の翼をぶんぶんと振るレベルで喜ぶフェルが見れたから、安いものである。


「主も食べるか?」


「や、俺はこういうのはあんまり──むぐっ」


「食わず嫌いはよくないぞ」


 喋っているせいで空いていた口の中に、無理やりクレープを突っ込まれた。反射的に噛んで飲み込んだが、口の中にまだクリームの余韻が残っている。


「……甘い」


「だろう?」


 にぱっとフェルが笑った。甘ければ美味しいと思っているらしい。子供舌極まれりといった感じだが、怒られたくないので黙っておいた。


 クレープを食べ終え、俺たちは近くのショッピングモールに向かった。ほぼほぼウィンドウショッピングだけど、雑貨屋を回ったり、フェルに似合う小物や服を見繕ったりと、中々楽しかった。


「主、ありがとう! 大切にするぞ!」


「気に入ってくれたならよかったよ」


 首から下げた赤い宝石の付いたネックレスを触って、フェルは上機嫌そうにターンした。

 千円もしないような安物ではあるが、子供の財布には中々のダメージだった。とはいえ、これだけ喜んでくれるなら何よりだ。


「後でみなに怒られてしまうかもしれぬな。我だけこんな、良き思いをして」


「あー……まあ、別にいいだろ。ずっと、俺を支えてくれたご褒美ってことで」


「ふふ、そういうことにしておくか」


 ぎゅ、とフェルが俺の腕に抱き着いた。身長差のせいで、肩辺りで柔らかな膨らみが潰れているのが分かる。

 高鳴る俺の心臓を他所に、耳元で彼女が囁く。


「なあ、主」


「なんだよ」


「出会った頃のように二人きりで過ごせている今が、少しだけ嬉しいと言ったら──バチが当たるじゃろうか?」


 ──いつの間にか、彼女に構うのが後回しになっていたことを思い出す。

 次々現れる危険と強敵。それに伴って増えていく仲間。

 ゆとりなんて全然なくて、気づかないうちに一番そばにいてくれた相手を、蔑ろにしてしまっていたのかもしれない。


「お前に当たるバチなら、俺も一緒に受けてやるよ。だって、相棒だろ?」


「主……ッ!」


「ちょ、ちょっと力弱めてもらっていい!?」


 龍の膂力でむぎゅっと抱きつかれると、もう柔らかさとかを越えて痛いのですよ。周りの視線も痛いし離れてくれと言いかけたが、その前にむしろ、力は強くなった。


 近くのアパレルショップが、爆発したからだ。


「な……っ!?」


 爆風から俺の身を守るように、フェルが翼と両手を広げる。咄嗟にその影に隠れ、爆風をやり過ごしていると、徐々に煙が晴れて爆発のが顔を見せた。


「ヤーミヤミヤミヤミ!! にっくきほむら 龍一にビーストカードがいない今が好機!!!」


 悲鳴を上げて爆心地から逃げていく人々とは逆に、煙の中から全身タイツの不審者集団が現れた。

 中から全身タイツの不審者集団が現れた。


 彼らは悪の組織──闇札組やみふだぐみ。スピストで世界征服を企んでいたヤベー奴らである。


「散々辛酸を舐めさせられた復讐に来たヤミよ!!!」


「いい大人が寄ってたかって小学生に襲いかかってきて、無関係な街の人たちを巻き込んで、恥ずかしくないのかよ」


「うるさい!! お前さえ倒せば、もう一度あの方たちは帰ってきてくれるはずヤミー!!!」


 先頭に立っていた下っ端が、黒いデッキケースを掲げる。すると黒い瘴気のような物が吹き出し、俺と下っ端を囲むように現れた。

 アレはダークデッキケース。あのケースを使用してのバトルではスピリットが実体化し、プレイヤーへのダメージが本物になる。普通に最悪のケースだ。


「デッキを構えるヤミ! 焔 龍一!」


「通り魔にも程があるだろ……ッ!」


「安心しろ、主よ──皆がいなくとも、主のことは我が守るッ!」


 高らかにそう宣言したフェルが、カードとなって俺のデッキケースに舞い戻る。同時にオートでシャッフルが始まり、お互いのデッキケースが宙に浮かび上がる。


「頼りにしてるぜ、相棒──『レッツ・ストラグル』!」


「今日こそ貴様を葬ってヤミ! 『デス・ストラグル』!」





「そ、そんな! 俺が負けるなんて……うわあああああ──────ッ!」


 下っ端が闇の炎に包まれ、そしてやがて消えた。ダークデッキケースの代償として、肉体も魂も、《アナザー》の奥地に眠るという闇のスピリットに取られたのだ。


「さあ、次は誰がああなりたいんだ?」


「くっ……一時退却!」


「「「「ヤミー!!!!」」」」


 恐れをなしたのか、そそくさと逃げていく下っ端たち。


「もしもし、おじさん? うん、いま闇札組の下っ端に襲われた。ショッピングモールの辺りね。《機関》の方にも連絡しといて。それじゃ」


 勿論タダで逃がすつもりはない。然るべき場所に連絡を入れ、ようやくひと仕事を終えたので、無事残っていた近くのベンチに座る。


「ふう……」


「主よ、大丈夫か!?」


「ああ、問題ない」


 大してライフを削られなかったので。

 2、3点程度なら、ダイナミックに転けた時の擦り傷くらいで済む。8点とか取られると、しっかり骨折ばりのダメージを喰らうので、それに比べたら全然マシだ。

 あとフェル一人だと盤面が美少女一色ハーレムじゃないので、精神衛生上もだいぶよろしい。


「痛っ」


「む、血が出てるではないか!」


「まあこのくらい大丈夫だよ。浅く切れてるだけみたいだし、ほっとけば──」


 手首に出来ていた切り傷。それをまじまじと見つめ、フェルはおもむろに俺の手を取って──傷口をぺろりと舐めた。


「ちょ、汚いって!」


「主に穢れた部分などないぞ。何なら、美味しいから大丈夫だ」


「……食べないでよ?」


 善処する、と蛇のように先が分かれた舌を見せてフェルが笑った。

 龍の力なのかは分からないが、血も痛みもすぐに止まった。


「さて……流石に今日のところは帰るか」


「人が掃けて回りやすいのではないか?」


「店員さんとかも掃けちゃってるから意味ないだろ」


「むう……それはそうか」


 デートの再開とはいかなかったことが、フェルは少し不満そうだった。


「悪いな、帰りにアイス買ってやるから」


「主、食べ物を出しておけば我が釣れると思っていないか?」


「お詫びの印のつもりだったが、いらないってことで大丈夫か?」


「高いアイスクリームを買うからな! 二個!」


「はいはい」


 夕焼けを背に手を繋ぎ、帰路を行く。

 はたから見た時に俺たちがどう写るかはわからない。でもいまだけは、大きい妹ができたような気分だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る