第四話「ワタシを引き当てし者よ」
「龍一、おはよー!」
「おはよう。耀、草汰」
教室の扉を勢いよく開けて入ってきた金髪と緑髪の目立つコンビに、寝ぼけ眼を擦りながら答える。
「相変わらず朝は弱そうだね」
「低血圧だからな」
「ウソ、また夜更かししたんでしょ。目に隈できてるわよ」
「新弾の入荷があったからな、店の手伝いに追われてたんだよ」
値付けにシングルの仕分けにオリパ作成と、意外とカドショ店員の仕事は多い。まあ基本は小学生でもできる単純作業だから、それを手伝ってお小遣いを貰ってる感じだ。
「授業中寝ないように気をつけなよ?」
「がんばるよ、たぶん無理だけど」
「先生に叩き起されても知らないわよ……」
結果は出しているのだから許してほしい。前世では仮にも高校生だったので、今日のように眠い日でなくても、退屈で寝落ちしそうになるのだ。
「龍一、今日の放課後はヒマ?」
「空いてるよ」
「今日も『ナッシュ』に行っていい?」
「ちゃんと買い物するならな」
「当たり前じゃない! ちょうどパックを買いたかったところよ!」
『ナッシュ』というのはうちのカードショップの名前である。由来は知らん。
そんな話をしているうちにチャイムが鳴って、サバサバした女教師が教室に入ってきた。
「はいガキども席に着けー、出席取るぞ」
「相変わらず口が悪いなあの人」
いやガキではあるけど、PTAとかに訴えたら勝てるんじゃないか? 個人的には好感があるので、やんないけど。
「っとその前に、今日はみんなにお知らせがある。このクラスに新手のガキが来ることになった」
教師は片手で器用に出席簿をクルクル回して、ビッと教室の扉を指した。
「入れ」
オドオドとした様子で教室に入ってきたのは、片目が前髪で隠れた白髪の男の子。その髪は特徴的な跳ね方と、常人ではありえないような変な紫メッシュが入っており──俺は、すべてを悟った。
「は、初めまして!
(噛んだな……)
(噛んだね……)
(噛んだわね……)
クラスのみんなは顔を見合わせつつも、緊張で顔を真っ赤にした白野くんの前では流石に何も言えず。拍手とともに、温かく出迎えた。
「じゃあ白野は、焔の隣の席だな。仲良くしてやれよ」
「うす」
嫌な圧のかけ方だなあ、と思いながら頷く。未だ緊張しているのか、どこか覚束無い足取りで俺の隣にやってきた。ホームルームが続く中、俺は彼と目を合わせる。
「よ、よろしくね!」
「よろしく、白野。俺は焔 龍一、好きに呼んでくれ」
「じゃあ龍一クンって呼ばせてもらうね。ボクのことも、翔って呼んでくれると嬉しいな」
「わかった、翔」
握手を交わして、地元のこととか前の学校のこととかそんな雑談をしながらも、俺の脳は別のことを考えていた。
──1クール目が終わった後にやってきた転校生。田舎出身。一度見たら忘れないような、特徴的な髪型。
間違いない、彼は──新主人公である。
*
俺と彼がスムーズに話せたのはその朝の時間くらいで、次に話せたのは給食の時だった。
小学校五年生にとって転校生っていうのは相当大きなイベントであり、どの時間もみんなソワソワしていた。休み時間になる度入れ替わり立ち替わり別の生徒が来るものだから、俺は全然昼寝できなかったし、翔は心なしか疲れて見えた。みんな似たようなことしか聞かないせいで、たぶん同じような質問に三回ずつくらい答えてたし。
「つ、疲れた……」
「悪いね。まあ明日からは収まると思うから」
草汰が苦笑しながら言った。俺たち三人は席が近かったので、丁度翔を入れて四人班ができた。俺が知らない間に三人とも打ち解けていたみたいで、何なら俺だけテンションについていけてない。
「おい! 余ったプリン欲しい奴いるか!?」
給食のカートの前で、太ったガキ大将が声を上げる。「はい! はい!」と手を上げた生徒たちが集まって、じゃんけんを始めた。そして勝ち残った二人が、もう一度ジャンケンをして──
「よっしゃ勝った!」
「くそ、負けたー!」
「じゃあ先攻はおれからいくぜ! 『レッツ・ストラグル!』」
「さっさと終わらせろよー」
担任のだるそうな声を背に、パチパチと紙をしばく音が聞こえ始めた。また始まったよとばかりに呆れる女子もいれば、その様子を見つめてワイワイ騒ぐ男子もいる。
俺たちは、どちらかといえば前者側だった。
「また始まったわね」
「
「あ、あれってみんな何をやってるの?」
呆れる耀と分析する草汰を他所に、翔がそう聞いた。
「スピストでプリンの行方を決めてんのよ」
「スピスト……って、あのカードゲームの?」
「翔はやってないのか?」
「ごめん、実はボク、やったことなくて……興味はあるんだけど、地元にはカードショップとかなかったし、やる相手もいなかったから……」
シュンとした様子の翔に、耀が「なら丁度いいじゃない! 翔、アンタ今日の放課後は空いてるの!?」と距離を詰めつつ言う。
近いって。翔くん顔赤いって。
「う、うん。特に用事はないけど……」
「ならカードショップに行ってみない? 初心者用の体験デッキとかもあるし、一度やってみましょうよ! ちょうどコイツんちがカードショップなのよ」
「営業妨害すんなよ」
「お、お邪魔しちゃっていいの?」
「翔なら歓迎するよ」
「あたかも僕たちはノーサンキューみたいな言い方だね?」
「それはもう想像に任せるけども」
チャイムが鳴った。丁度勝負も決まったらしく、金持が「くそー! パパに買ってもらった新カードなのに!」と膝から崩れ落ちている。
「ほらさっさと片せガキ共、今日は午前授業だからな。即ホームルームして即帰れよ」
大昌がプリンを啜るのを尻目に、皿や給食が片されていく。宣言通り最低限の必要事項だけ連絡して「以上、解散」の運びとなった。言い終わると同時に、やいやいと生徒たちが飛び出していく。
「おい白野! 放課後あいてるならおれたちと遊ぼうぜ!」
声をかけてきたのは大昌と
「ご、ごめん。今日はもう、龍一クンたちとカードショップに行く約束があって……ま、また今度遊ぼうね」
申し訳なさそうに断る翔。大昌は俺の名前が出た瞬間に眉を顰めて、小さく舌打ちした。
「白野。いっとくけど、こいつとは関わらない方がいいぜ」
「え……どうして?」
「くく……まあスピストするなら、すぐわかるよ」
「うるせえ、さっさと消えろ」
「うわ怖ぇ~」
『やーい女好き!』と異口同音に口を揃えて、大昌と子分たちは走り去っていった。小さく舌打ちして、それから落ち着くために息を吐いた。
「……悪いな、変なところ見せて」
「い、いや大丈夫だけど……龍一クン、大昌クンたちと仲悪いの?」
「仲悪いっていうかまあ……小学生特有の弄りみたいなモンだよ」
「ガキなだけでしょ」
フン、と鼻を鳴らして、不快そうに耀は言った。ちょっと言い方がウチの担任みたいだった。
「あーあ、龍一とアタシたちの功績を見せつけてやりたいわ! そしたらあんなヤツラ、ぎゃふんと言わせられるのに!」
「まあいいよ、別に」
たぶん三クール目とかになったら明かされるし。その時に吠え面をかいてもらえばいいのだ。
──それはそれとしてまあ、しっかりダメージは受けてるけど。
「彼らのような人間のことを考えるだけ時間の無駄だよ。さっさとカードショップに行こう」
「まあ、そうだな……」
幼馴染ながら語気の強い草汰に、少しだけ不安を覚えつつ学校を後にした。
その手のちょっと差別的というか、味方にだけ優しいタイプのキャラ、後半闇堕ちしがちだけど大丈夫そ?
学校から十五分ほど歩くと、俺の家──カードショップ『ナッシュ』がある。
そこそこの広さの店舗。そこそこ栄えた店内。そこそこの価格帯のシングル。すべての水準がそこそこで構成されており、一番丁度いい。惜しむらくは駅からの距離もそこそこ遠いせいで、そこそこ地元の人間しか来ないのが欠点だ。
「ここが龍一クンち……!」
「いらっしゃい──って何だおまえらか、おかえり。後ろの子は見ない顔だな」
定位置たる入ってすぐ左のレジに、虎次おじさんはいた。まだ開店直後の時間だからか、店内には誰もいない。
「あっ、初めまして。翔っていいます。今日は龍一クンたちに、スピストを教えてもらおうと思って……」
「お、スピスト初めての子か。いいねえ、じゃあちょっとおじさんがサービスしちゃうぜ」
おじさんがぽんと出したのは、ノーマルカードが大量に入ったボックスオリパと、新品のパック一つ。
「サービスだ。持っていきな」
「ええっ!? いいんですかっ!?」
「『初心者には温かく』がウチの店のモットーでね。今後ともご愛顧よろしくな」
「ありがとうございます!」
渡されたカードを宝物みたいに大事に抱えて、翔は嬉しそうに笑った。
メタいことを言うと、半分くらい在庫処理の一面があると思うので、あまり喜びすぎないでほしい。ちゃんといいカードも入ってるとは思うけど。
早速スピストするべく移動して、机とテーブルが複数設置されたスペースの、奥の壁際に座る。
「これだけ貰えたなら、初心者用デッキを借りるまでもないかもね。どうせなら、翔くん自身のデッキを組もうか」
「ボクの、デッキ……!」
翔がキラキラと目を輝かせる。わかる、初めてのデッキってめちゃくちゃワクワクするよな。
「何を組むにしても、軸となるカードを決めるのが先決ね。となるとやっぱり──パックを開けるわよ!」
「うんっ!」
高鳴る鼓動を抑えるように深く息を吐いて、翔はペリっと勢いよくパックを開け、取り出す。するとカードが白く輝いた。
「え、なに……!?」
『──人の子よ。ワタシを引き当てしモノよ』
カードは実体を得て、具現化する。そのシルエットは大きな翼を持った、神々しき──
『其方の運に敬意を。これからワタシ、《ムーンライト・ドラゴン》は、其方と共に歩もう』
──龍。
金色の瞳に、白く巨大な体躯。醸し出される、格式高さと神聖さ。
間違いなく大物であり──何だったら憧れてたタイプの龍だった。めちゃくちゃカッケエ……!
「え、えっと……よくわかんないんだけどよろしくね! 初心者だけど仲良くしてほしいな……!」
『承知した。我があるじよ』
恭しく頭を垂れて、それから《ムーンライト・ドラゴン》は、思い出したようにみにビーストになった。そのまま翔の肩にちょこんと乗っかったが、なんだかめちゃくちゃ様になっていて羨ましい。
「ドラゴンか……いいわね! それならここに、専門家がいるものね?」
「ああ、丁度いいな。俺の余ってるパーツをやるよ。部屋から取ってくるから、二人はオリパの方確認しといてくれ」
「了解したよ」
「龍一クン! あ、ありがとね!」
嬉しそうに笑う翔に、サムズアップで答える。初手からカッコイイドラゴンを引き当てる主人公補正を少しだけ羨みながら、俺は階段を上った。
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