第三章 25話「月の輝く丘で」
私は婚約者の英一郎と共に、80年代のクラシカルタイプの真っ赤なルノーに乗って、深夜、山間部のバイパス道を走っていた。
「ね、冷房とめて。体が冷えたから、窓開けて外の空気入れてくれる?」
私は倒した座席にもたれ、目を瞑って、隣の彼を見ずに言った。
「ああ」
英一郎がそう言って窓を開けようとした時、ドン!と何かが車にぶつかった。
英一郎はすぐに急ブレーキをかけ、車を止めると私を見て言った。
「うわぁ。タヌキかなぁ。引いてしまったかなぁ…」
英一郎は車を脇に停めた。
私と彼は車を降りると、二人で同時に声を上げた。
「なんだ、これ…!!」
英一郎は素っ頓狂な声を上げた。
ヘッドライト照らされ、道路の真ん中に横たわっている1メートルは超えるであろう巨大な白いミミズ、いや「回虫」は車に轢かれ、身体はほとんど千切れかけていたが、まだうねる様に動いていた。
「なんだろうね!由紀子!この白いデカいミミズは…!?」
興奮した英一郎はそう言いながら、スマートフォンを出し、回虫の動画を撮ろうとしていた。
「う…なんだ、この臭い…!」
ちぎれかけた回虫の体液が放つものなのか、道一杯に立ち込める安物の芳香剤のような悪臭の中で、瀕死の回虫の動画を夢中で撮影しようとしている彼の後ろ姿を見ているうち、私は堪えられないおかしさ、バカバカしさ、そして笑いが込み上ってくるのを感じていた。
何だか、全てが間抜けに見えるのだ。
もう耐えられない。
私は、ついに爆発するように笑いだし、回虫の死体を撮影しようとしている英一郎を後に、笑いながら車から離れ、ただ一人全力で走り出していた。
「由紀子!?どうしたんだ!おーい!」
後から追ってくる彼を大きく引き離し、私はひたすら深夜の山道を独り、笑いながら駆け登っていた。
最高の気分だった。
婚約者は私を発狂したと思ったかもしれない。
そして走り続けた私は、いつしか独り、森の中に拓けた小高い丘の上に立っていた。
夜の雲に隠れていた月が姿を現し、明るさを増して来た。
素晴らしい夜の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、私は強く感じていた。
人類はまだ、やれる。
例え滅ぶにしても簡単にはやられないわよ。
そんな気持ちでいっぱいだった。
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