第二章 23話「極秘特務」
「余の瞑目は終了した。待たせたな。諸君」
清らかな琴音による和音階が鳴り終わると、菊千代丸は充電を終え再起動した。
全員はまた、オートパイロット機能中の操縦室を離れ、乗員室に集まり、小さな簡易テーブルの上に置いた菊千代丸を囲んでいた。
「菊千代丸。では、早速教えて貰いたい。我々は今、東北地方の何処の目的地に向かっているのだ」
菊千代丸は即座に答えた。
「F県第1原発だ」
「F県第1原発?おい、ちょっと待て。原発占拠をやらかすのか?俺達以外の部隊はどれくらい合流するんだ?」
砂岡中尉は身を乗り出した。
「他部隊は合流しない。これは我々新生会から選ばれた諸君だけの極秘特務である」
「バカ野郎!いくらお前の頭脳があっても、俺と桜井の2人だけで、どうやって原発なんか占拠すんだよ。狂ってねえ警備隊員だっている筈だろ?そいつらの抵抗だって実戦上、想定しなきゃならねえ。地上には怨霊だってウヨウヨしてんだぞ。その上、着陸したら、まず、この2人の民間人も解放する任務もある。いくら何でも無茶苦茶すぎねえかよ?」
桜井少尉が続けた。
「その通りだ。菊千代丸。第一原発付近に着陸した時点で、旧国家の警戒網に触れるだろう。臣民を安全に解放する為の着陸地の確保も含めると、今我々のこのヘリの戦力では、原子炉の占拠が可能とは思えない」
桜井少尉と砂岡中尉は菊千代丸に異論を唱えた。
「占拠ではない。特攻である」
菊千代丸は爽やかに答えた。
一同は凍りついた。
「…特攻だと?」
「お、おい…。てめえ、何言ってんだよ…!」
「左様。諸君はこの大型輸送ヘリをF県第1原発の中央原子炉に激突させるのだ」
私と少女は、今、菊千代丸と男達の会話をただ黙って聞いているしかなかった。
「諸君の精神の安定を図る為に、秘密裡に余が進めてきた計画である。また、この輸送ヘリの内部には超小型の戦術核爆弾が搭載してある。全てはこの瞬間の為に用意されていたのだ」
私はあらためて血の気を失っていた。
核爆弾を積んで原発に特攻…?本気でそんな事を…?
「戦術核だと…?いつの間に、んなもん積みやがったんだ?何が精神の安定だ!てめえまともかよ!!」
「無論。余の計画に一切の無駄はない。諸君は余と共に、新たな神国日本を再生させる英霊となり、礎となるのだ」
桜井少尉はただ沈黙して、菊千代丸を睨んでいた。
「おめえ、やっぱ狂ってる。何が礎だ!そんな事して何になる?ただの大規模な自殺じゃねえか!革命どころか日本は今度こそ滅んじまうぞ!!」
砂岡中尉は片腕を押さえて立ち上がり、操縦室に入ろうとした。
「砂岡中尉。無駄だ。自動操縦の解除は100%不可能だ。余はこれより13分後に本機を目的地上空に到達させ、その18秒後に中央原子炉に激突させる。諸君の誉れは、蘇った神国日本に於いて永遠に讃えられるであろう」
「ふざけんな!キチガイAI!」
砂岡中尉が菊千代丸の箱を掴んだ。
「待て!砂岡!」
桜井少尉が砂岡中尉を制止した。
「止めるな桜井!もう、このパソコン野郎をぶっ壊すしかねえ!!」
砂岡中尉が菊千代丸の桐箱を持ち上げ、床に叩きつけようとした。
「待つんだ砂岡!!」
桜井少尉は日本刀を抜いた。
「菊千代丸。答えろ。津島由紀子と、ここにいる臣民の子供も、大義や理由もなく特攻の巻き添えに死ぬんだぞ。それが我々が英霊になる事なのか?」
「無論だ。余の計画に一切の無駄はない」
菊千代丸は爽やかに自信に満ち溢れた声で答えた。
次の瞬間、桜井少尉の日本刀が振り下ろされ、菊千代丸のゴールドの菊の紋章のついた桐箱を、縦真っ二つに裁断していた。
砂岡中尉が抱えていた菊千代丸の桐箱は、中央からパカッと2つに割れ、彼の手から床に落ちた。
何には何も入っていなかった。
菊千代丸は只の桐の箱だったのだ。
「な、何だこりゃあ!!空っぽじゃねえか…」
砂岡中尉が悪夢でも見ているような声で呟いた。
その時、私は、自分でも自身の顔が呆けたように口を開けたまま、ただ呆然としているだけなのをわかっていた。
ここに来て、一気にこれまでの体験して来た一連の事が果たして現実なのかもうわからなくなっていたのだ。
男達は急いで操縦室に入ると、直ぐに2人とも出て来た。
「時間がない。津島由紀子、その子を抱えてジェットパックで飛ぶんだ」
桜井少尉が私の背中にジェットパックを背負わせた。
簡単にレクチャーされただけで、こんなの操縦できるのかしら?
「このハンドルで前後左右、これが上昇…」
「え、ええ…」
懸命に桜井少尉が説明してくれるが、私はドキドキしちゃって頭にあまり説明が入って来なかった。
私は高所恐怖症なのだ。
ジェットパックはゲームコントローラー風のオモチャのようなジョイスティックが着いていて操縦するようだった。
怖い。
「大丈夫なんでしょうね?」
私は頼りない声を上げてしまった。
「あんたとこの子の体重なら、合わせてもなんとか大丈夫だ。しっかりつかまってんだぞ」
砂岡中尉は少女を抱え上げ、私の胸に抱かせてくれた。
桜井少尉が私と少女を幅の広いシートベルトのようなもので縛ると言った。
「着陸したら、これを押せばベルトを解除できる。ジェットパックは一応、探索ビーコンを発信するが、おそらく救援はこないだろう。だから直ぐにパックを捨てて、原発から出来る限り早く遠くに行け」
「ありがとう桜井少尉。なんとか生き残ってみせるわ」
桜井少尉は私の目を見つめ、黙って深く頷いた。
砂岡中尉は脱出ハッチを開けると外気が流れ込む風の中、声を張り上げた。
「おう。気をつけていけよ!」
「砂岡中尉もね。あの世で会いましょう」
「そうだな…。そしたら俺はあんたをすぐにデートにさそうぜ。あんたに惚れちまったからな」
私は微笑んだ。
もうこれで終わりなのだ。
原子炉に核爆弾が撃ち込まれたら、爆心地のこの辺りは一瞬で灰になる。
いかにゴーレムになった私でも核爆発と強烈な火炎熱と放射能の嵐に耐えられるだろうか?
でももうどうでもよかった。
時間がない。もう、流れに身を任せて飛ぶしかないのだ。
「おねえちゃん!怖い!」
少女がしがみついて来た。
「だ、大丈夫よぉ〜!しっかり捕まってて〜!」
私は半分泣き声で少女に言っていた。
ヘルメットと、ぶかぶかの防風ウェアを被せられ、ジェットパックを背負った私達は、エンジンを点火し、男達に合図で背中を押して貰い、ヘリから飛び降りた。
飛び降りた瞬間は頭が真っ白になって覚えていないが、気がつくと海岸の近く、上空1000メートルを、抱き合うようにした少女を前に抱えながら私は飛んでいた。
ジェットパックのガイドライトは点灯していたが、相変わらず上空は暗黒に包まれていた。
そして地上には電力を使った電灯の光が一切みえず、代わりにあちこちで火災や、正体不明の稲妻のような閃光が都市部を思わせる平地の上に走っていた。
ジェットパックは思っていたよりは難しくなかった。飛行アシストにAIが使われているから、当然かもしれないが、慣れて来ると結構楽しいのだ。
さて。どのくらいまで飛べるかしら。
私は高度を少し上げて速度をMAXにしてみた。
背中のランドセルの下部から携帯燃料が気化し、ジェット噴射されていく振動が伝わって来る。
「大丈夫?怖い?」
私はヘルメット越しに少女に叫んだ。
(こわくない)
少女は答えた。
私はもうすぐ爆発する第1原発から出来るだけ離れようと全力だったが、
心では、もうすぐやって来る死の瞬間を覚悟しながら、飛行を続けていた。
その時だった。
なんだか苦しいのだ。
少女に力を入れてしっかり掴んでてねと、言ったのが効き過ぎたのか、抱き締める力が、少しずつだが強まって来ているのだ。
「ルミちゃんって言ったわね。ルミちゃん、少し苦しわ。もう少し力を緩めてくれる?」
(イヤよ)
「え?」
少女は少しの間黙っていたが、私の胸に埋めていた顔をゆっくりと上げた。
(フ、フ、フ、フ、フ、フ…)
少女は人形のような無表情な眼で私を見ていたが、唇は全く動いていなかった。
少女の声は、テレパシーのように頭に直接響いてきた。
しかし、その声は子供の声ではなく、低い大人の声で、力強く邪悪な響きを持っていた。
私はその彼女に抱きしめられながら、原発付近を飛んでいたのだ。
(ルミちゃん。ど、どうしたの?く、苦しいわ…)
(フ、フ、フ、フ、フ、フ、…おねぇちゃあぁ〜〜ん…)
少女の身体は急に岩のように重量を増して来た。
内臓が押し潰されていくような圧力が少女の身体から伝わって来る。
私の生身の身体は、ゴーレムのようにハードな攻撃に耐えられない。
(津島由紀子。早くゴーレムになれ)
少女は突如表情を崩すと、ヘルメットの下で悪魔のように笑い、はしゃいでいた。
少女の声は、今度は複数の異様な声の集まりになり、直接、精神を汚染していくような不浄な声に変わった。
そのテレパシーによる思考の伝達には明らかな悪意が込められていて、私の神経は抗えない攻撃に、苛まれ始めていた。
ルミが何を思考する度に、毒蛇が全身を這い回るような悪寒が襲って来る。
(ほ〜ら。ゴーレムにならないと核爆発で灰になるぞ。それとも今、身体の内側から私に握り潰されたい?どっち?おねえちゃん)
(ルミちゃん…。あなたどうして私だけが知っているゴーレムって名前知ってるの?)
(私はお前だからだよ。我々は自己を超越した世界からやって来た。お前の事なら何でも知っている)
少女は歌うように不気味な複数声で言った。
(そうかしら…?じゃ、何故ゴーレムになれとか言うの?何が知りたいの?ルミちゃん…)
闇夜(既に昼かもしれないが)に高度1200メートル付近で、ジェットパックに乗りながら、私は危険な敵と死の抱擁を抱きながら、テレパシーで会話し飛行し続けていた。
(ん〜、もう!おねえちゃんのいじわるっ!)
暴力的な思念が叩きつけられ、私は鳩尾に鉄球をぶつけられたような衝撃を受けた。
(もぉう!おねえちゃん、もういらない!ルミが殺してあげるから!泣いてもムダだよ〜だ!)
痺れを切らした少女はあかんべをすると、急に素面になりヘルメット越しに私の目を直視した。
息ができないのだ。また、少女から目を離す事もできない。
(く、苦しい、やめてル、ミ…ちゃん…)
スゥーッと鼻血が出て来た。
少女は全く容赦なく眼力を緩めなかった。
少女はまた笑い出した。私の目を見ながら、今まさに死ぬ間際に立っている私の姿を、コミックでも見て楽しむ女学生のように、はしゃぎながら見ている、いや「観察」しているのだ。
呼吸が止まって、またブラックアウト、いいや、それは寧ろ「ホワイトアウト」かも知れなかった。
苦しさの絶頂を迎え、私は意識を失った瞬間に、またゴーレムに切り替わっていた。
霊体の私はゴーレムのすぐ頭上に移動していた。
ゴーレムにジェットパックの操縦ができるかどうか判断する間もなく、
ゴーレムは目を瞑りながら、ゆっくりと私にしがみついているルミの両手を引き剥がし始めていた。
(いー〜ー!)
ルミは暴れながら猛獣のような凄まじい叫び声を、思考にぶつけて来た。
(お望み通り、ゴーレムになってあげたでしょ?ルミちゃん)
ルミの表情は先程までの無邪気に愉しむ子供の表情から切り替わり、激しい憎悪に満ちたものに変貌していた。
ゴーレムは自分のボディとルミをつなぐベルトを軸に、ルミの背中を、その怪力で鯖折りにしようとしていた。
「グエ〜〜」
ルミの口から涎が垂れていた。
ルミは凄まじい形相で必死にヘルメット越しにゴーレムの目を見ようと、私のヘルメットに手を掛け暴れていたが、ふと何かに気付いたように暴れるのを止めた。
そしてゴーレムの頭上に顔を上げ、じっと瞳を見開いた。
霊体の私を見ているのだ。
(なぁんだ。そこにいたのか…。本体はお前だったんだな…)
ルミは、霊体の私とゴーレムの仕組みを見破っていた。
ルミの顔に邪悪な満面の笑みが広がっていく。
(しまった…!)
しかし、その瞬間、私は、私を貫くイナズマような直感に全てを賭けた。
(ゴーレム!!目を開けてーーーーーーーーー!!!)
ゴーレムは目をゆっくりと目を開けた。
ルミはハッとすると、再びゴーレムのヘルメットに顔を近づけゴーレムの目を覗いた!
「ウ、ギャアーーーーーー!!」
ルミの絶叫が響き渡った。
抱き合っていたルミの身体からビクッと死の痙攣が伝わって来た。
ヘルメット越しに、ルミが白目になり口から泡を吹いているのが見えた。
ついに目を開けたゴーレムは、完全な「白目」だったのだ。
ルミはその目を直視して、狂死した。
そのルミの口から出て来る泡は、そのままルミの全身に広がり、彼女の肉体は泡となって強風に飛ばされ、散り散りに消えて行った。中身の無くなったヘルメットと衣服だけが、私とルミを拘束していたベルトの間から擦り抜け、大気の中に舞い、吹き飛ばされ消えて行った。
そして、次の瞬間。遥か後方で、と言っても原発から10キロも離れていない上空で私はドーン!という規模の大きな爆発音を聞いた。
振り返ると、原発がある辺りの地上部から上空に向けて、巨大なオレンジ色の火柱が、急速に膨張を始めているのが見えた。
そしてその上空周辺には、複数のあの緑色の光が、いくつもフワフワと飛んでいた。
再び前を向き、更にジェットパックのスピードを上げようとした私の後ろから、
眩しく、熱い閃光が迫って来た。
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