第二章 19話「砂岡中尉」


1号機が飛び立った後、もう1機の着陸した2号機のタラップが開いて人が降りて来るのを、私は桜井少尉、アキコ、2人の足の不自由な女性民間人と共に待っていた。


私は火炎放射器を持った桜井少尉とアキコに両側から挟まれ、アキコには拳銃を突き付けられていた。


静まり帰ったログヤードで、私達は数分待ったが、2号機のタラップはなかなか開かなかった。


不審に感じた桜井少尉がタラップに近寄った時、


急にタラップが上がり始めた。


しかし、タラップが上がり切っても人が降りてくる気配がない。


桜井少尉が火炎放射器を構えながら、慎重にタラップに近づく。


すると、中から声がした。


「砂岡中尉!到着してます。お降りになって下さい」


自衛官と思われる男の声がした。


「あー。わかってる。お前ら先に降りていいぞ」


機内の奥から、低く物憂げな野太い男の声がした。


その男の声で、武装した3人の若い男の自衛官達が姿を見せて降りて来た。


彼ら3人が地上に降り始めるとほぼ同時に、ヘリの奥から一人の巨漢が姿を現した。


その時、


突如、巨漢の男は、その体型からは想像もできない俊敏な動きで自動小銃を構え、自分の目の前にいた3人の若い自衛官達に向け、後ろからなぎ倒すように発砲した。


「砂岡!!」


桜井少尉は叫び、火炎放射器を巨漢の男に向けた。


若い自衛官達は、自動小銃の連射を全身に浴び、踊るように身をはじかせると、全員がそのまま倒れ、動かなくなった。


「馬鹿野郎!俺じゃねえ!そいつらを早く焼けんだよ!桜井!」


砂岡と呼ばれた男は、桜井少尉に火炎放射器で3人の自衛官の死体を焼けと命じたのだ。


見ると3人の死体から、直ぐに、ぼんやりと青白く光る水蒸気のようなものが、立ち登り始めていた。


ヘリの昇降口前に立っていた、桜井少尉、アキコ、女性2人の民間人、そして私の5人が、目を見張る中、


死体から発生する光るガスのような何かは、あっと言う前に人の形を取り始めていた。


桜井少尉が間髪入れずに、火炎放射器を放射した。


死体から半ば怨霊化しつつあった3体の霊体は、生きたまま焼き殺される動物のような、狂気じみた恨みの籠った悲鳴を上げ、炎の中、消散して行った。


「危ねえ。危ねえ。」


3人の部下を焼却した黒煙がまだ立ち昇る中、砂岡中尉は、自動小銃を肩に担ぎながら、ゆっくりとタラップを降りて来た。


砂岡中尉と桜井少尉は互いに目を合わせただけで、お互いに敬礼はしなかった。


アキコは砂岡中尉に形式上の敬礼をした。


「こいつらは、離陸した時から、おかしくなってたんだ。フライト中、いつ本格発狂するかヒヤヒヤしてたぜ」


砂岡中尉はまだ燃えている3人の焼死体を足で弄りながら言った。


砂岡中尉はさらに言った。


「桜井よお。俺はこの3日間で、焼肉が嫌いになっちまったぜ」


砂岡中尉は、下卑た笑いを振り撒いた。


桜井少尉は笑わなかった。


砂岡中尉はさらにアキコの前に来た。


「よう。松本。計画書、特務遂行ご苦労であった」


そして彼女の全身を舐め回すように視線を走らせると言った。


「それにしても、相変わらずいいケツしてるじゃねえか」


アキコは砂岡中尉から完全に視線逸らし、無視を決め込んでいた。


桜井少尉が無表情に切り出した。


「ここに駐屯していた我々以外の同志は、霞ヶ関制圧部隊に合流する為に、1号機に搭乗した。残った同志は私と松本だけだ」


「霞ヶ関には何人向かったんだ?」


「18人だ。他24名はA26インターで狂死した」


「こいつらは何だ?」


砂岡中尉は、足の不自由な2人の民間人女性と私に視線を向けると、銃口をかざしながら呟いた。


「この娘と婦人は、我々が保護した民間人の内の2人だ。2人とも杖を付き歩行が困難な故、当人達の希望通りヘリに搭乗を許可した。安全と見込まれるポイントで降りて貰うつもりだ」


「なるほど。新生会同志たるもの、非常時には日本臣民を助け、保護すべし、か…。ご立派だね。で、こっちの女は?」


砂岡中尉は私の前にやって来た。


「この女は津島グループ総帥、津島耕作の娘だ」


「津島耕作の娘?あの津島ケミカルのか会長のか?」


「そうだ。現在、我々の捕虜として逮捕してある。津島財閥の罪状供述を録画した後、斬首処刑予定だ」


「なるほど。そりゃおもしれぇじゃねえか」


砂岡中尉は私を見て言った。


「しかし、きったねぇ格好だな、俺はまたゾンビかと思ったぜ」


「砂岡、この女には注意しろ。どうやら特殊な能力を持っている。我々は民間人達も含め、ここにいた全員でそれを目撃している。無用に刺激するな」


「特殊な能力?」


「そうだ。私がその件についても、後に、この女に尋問する」


そこで、急に民間人の老婦人が嗄れ声で口を挟み、砂岡中尉に言った。


「そうよ。あなた。この人、火で焼かれても死なないし、すごい力持ちなのよ。首根っこ掴まれないように、気を付けなさいよ」


「黙ってな。婆さん」


砂岡中尉はうるさそうに手を振ると、


私を、また例の舐め回すような視線で上から下までなぞると、


「ますますおもしれぇ。この、汚え女ゾンビじゃなくて、スーパーマンって訳か」


そういいながら、砂岡中尉は私の下顎を指でしゃくり上げ、品定めでもするように言った。


「だが、よく見ると…なかなかいい女じゃねえか」


「私の顔にさわらないで下さる?病原菌が付いてるかもしれなくてよ」


「何?」


「私は普通の人間じゃないんだから。実は未知のウイルスに感染している可能性があるのよ」


「ウイルスだと?」


砂岡中尉は眉を顰めた。


「そうよ。父の会社の所有する生物研究所から逃げ出した実験ネズミを媒介とするウイルスよ。実は私はそのネズミに噛まれたの。そのウイルスがどんなウイルスかは、私にもよくわからないんだけど、命に関わる危険なウイルスである事に変わりないわ。父は自分の失態で、一人娘の私の寿命を極端に縮めてしまった事を、今、狂うほど後悔しているわ」


私は思い付きのハッタリを言っていた。


「てめえ…マジかよ」


砂岡中尉の顔から卑しい笑いが消え、私の顔を触った自分の手と、私の泥々の顔を交互に見比べ、表情を硬らせた。


「お前、デタラメを言うじゃないよ!」


アキコが私が詰め寄って来た。


「あら。あなたはかなり危ないわね。私に往復ビンタしたり、私の髪を掴んだり。ストローで私の鼻の穴にコカインをご馳走してくれたり。いろいろお世話になったものね。あなたが感染している確率は、かなり高いわよ」


アキコと砂岡中尉は、互いに顔を見合わせていた。


「ごめんなさいね。アキコさん。ウイルスネズミに齧られ事を、もっと早くお伝えしておくべきだったらかしら」


アキコは目を剥いて絶句していたが、私は構わず、つとめて上品に笑った。


「桜井!この女をすぐ焼け!」


砂岡中尉は私から後退りすると、桜井少尉に叫んだ。


「待て!砂岡!」


桜井少尉は言ったが、私は一瞬マズい流れになったと内心焦った。今、焼かれれば、ゴーレムの状態ではない私は終わりだ。


「だから、アンタ、この人焼いても死なないんだってば」


老婦人がまた口を挟んだ。


「やかましいババア!桜井!俺に貸せ!」


砂岡中尉が桜井少尉の火炎放射器を、奪おうと手を掛けたその時だった。


「諸君。全員5分以内に、この機に搭乗せよ」


それは、輸送ヘリの先端に付いている外部用の拡声スピーカーからの声だった。


声は、男とも女ともとれる中性的な声で、美しく極めて均整の取れた発音だった。


僅かな沈黙の後、


「しかし、菊千代丸!この女はウイルスに感染している可能性がある。この女を搭乗させる事は危険だ。ここで焼却させてくれ!」


砂岡中尉は、ヘリの拡声スピーカーに向かって叫んだ。


「これは余の命令である。そこにいる砂岡中尉、桜井少尉、松本アキコ軍曹の同志3人は、民間人2人、捕虜1人を速やかにヘリに搭乗させ、5分後の離陸に備えよ」


菊千代丸と呼ばれた人物は、姿を見せず、ヘリに乗ったままスピーカーから答えた。


「砂岡、菊千代丸の命は絶対だ。彼らを搭乗させるんだ」


桜井少尉は砂岡中尉を諌めると言った。


砂岡中尉、そしてアキコは少しの間、私を睨んでいたが、砂岡中尉が諦めたように言った。


「仕方ねえ。早く乗れ!」


「お前の尋問は、機内で行う。ヘリに乗るんだ」


桜井少尉が私に言った。


「処刑もだよ。空で死ねるなんて乙じゃないか」


アキコが嘲笑を込めて言って来た。


「おねえちゃん。病気なの?」


搭乗の際、民間人1人である右腕にクラッチ杖をついている色白の少女が、私の顔を伺うように言った。


「大丈夫よ。このウイルスは子供やお年寄りには感染しないんだから」


私はささやき声で答え、少女にウインクした。

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