第二章 18話「大型輸送ヘリ」


深夜の山間部でキティと共に民間人の一団が脱出し、ログヤードに残ったのは20名足らずの元自衛官達、つまり日本新生会のメンバー達と、2人の民間人、そして私だけだった。


この修羅場に残り、輸送ヘリで危険なテロリストである彼らと共に、空の移動を希望する民間人が2人もいたのは、驚きだったが、彼らの姿を見てそれもある程度納得できた。


ヘリでの移動を希望した民間人の2人のうち、1人は80代ぐらいの高齢の婦人で、杖を付きながら震える足で、辛うじて歩行出来るぐらいの身体だった。しかし、老婦人のその口調ははっきりしていて、彼女の気丈さが現われているようだった。


「ねえ、あなたヘリコプターはいつ来るの?」


自動小銃を構えて警備中の若い自衛官の一人に、話かけている。


「すぐ来る。黙ってテントの中で待ってなさい」


億劫そうに自衛官は答え、テントに入るように老婦人に指示していた。


もう1人は、中学生ぐらいの少女だった。


やはり、この彼女にも山間部の歩行は難しいようだった。


少女は右腕にクラッチ杖を握って、半身を引き摺るように歩き、自衛官達に指示されテントの中に入って行った。


中のパイプ椅子に座ると、少女は開いたテント出入り口から、私の姿を伺うようにじっと見ているようだった。


その私はと言えば、テントの外に置いたパイプ椅子に座らされ、自衛官達に囲まれながら、桜井少尉、そしてアキコの尋問を受けていた。


「まず、聞こう。津島由紀子。お前がさっき我々に見せたあの異常な力はなんだ?」


桜井少尉が私の目の前の椅子に座りながら尋ねた。


「わからないわ。突然、あの世から授かった神秘の力とでも言うべきかしら」


私はある意味、正直に答えていた。しかし、私の肉体と霊体が分離して起きた現象と言う部分については沈黙しようと決めていた。もちろん、今は私があの不死身のゴーレムの状態ではない事も含めてだが…。


アキコが私の髪を千切れんばかりに掴み上げた。


「ふざけるんじゃないよ。お前のその口に泥を詰め込んでやろうか?」


「やめろ、松本。今はその女を必要以上に刺激するな」


アキコは私から手を離すと、桜井少尉に言った。


「少尉。尋問が終了したら、この女の斬首は私にやらせて下さい」


桜井少尉はアキコを見て、長い溜息をつくと言った。


「よかろう。ただし私の命令があるまで、無用な挑発は控えろ。いいな」


その時、自衛官の1人が桜井少尉の元に駆け寄って来た。


「少尉!無線機に通信が入っています!すぐテントまで来て下さい!」


「何?」


桜井少尉は、弾かれたように椅子から立ち上がると、アキコ達を残し、無線機が並ぶテントの中へと駆けて行った。


自衛官達は皆、騒めいていた。この何十時間も無線機による外部との通信が出来なかったのかもしれない。


「YZ45、応答せよ!こちらは陸上自衛隊第一師団…」


無線機があるテントの中から、必死に通信を試みる声が聞こえて来た。


通信上では、あくまで政府管轄下の陸上自衛隊として交信しているようだった。


アキコも、しばらくテントの中の様子を伺っていたが、向き直ると、桜井少尉の座っていた私の目の前にあるパイプ椅子に座り直し、また尋問を続ける形を取った。


「それにしても、お前も大した根性してるわねぇ」


アキコは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくり脚を組んだ。


「あんな売国奴と、狂い始めてるガキを助ける為に、自分と引き換えに人質交換とは。金持ちのお嬢様にあるまじき美談よねぇ?」


アキコは組んだ左脚のホルダーから、ノコギリのような刃先のサバイバルナイフを抜き、その刃を指で弄びながら言った。


「どうせあの民間人達は途中で発狂者が出るか、怨霊に襲われるかで、みんな死ぬけどね。少尉はそれをわかっていて解放したのよ。我々はそれほど甘くはないわ」


アキコは愉快そうに言った。


「あなたは何故、日本新生会に入ったの?」


「え?あたし?何故、新生会に入ったかですって?」


私からの意外な質問にアキコは目を丸くした。


「決まってるじゃない。日本の為よ」


「嘘。あなたからはそう言う信念や志しみたいなものを全く感じない」


「志しねぇ…」


アキコは乾いた声で笑った。


「あたしは桜井少尉とは違うわ。一種の傭兵なのよ。それで答えになったかしら?」


アキコは椅子から立ち上がり、部下の自衛官達に私を見張るように言いつけると、騒めいている無線機のあるテントの方に歩いて行った。


ログヤードの中の動きが、慌ただしくなって来た。


「只今から間もなく、2機の大型輸送ヘリが到着する!ヤード内の輸送トラックを外に出せ!トラックは無線レコーダーを破壊した後、燃料を抜いて、そのまま破棄!各種機材関係、テントを回収。松明を一箇所に集めろ!」


トランシーバーを持った中年の自衛官が、桜井少尉に代わり号令をかけていた。


間もなくヘリが来る。山間部は相変わらず深夜の闇をたたえていたが、ふと私は時間が気になって、ジャケットに入っているスマートフォンを取り出そうとしたが、それはついさっき自衛官達に押収されていた事を思い出した。


「あの悪いけど、今何時か教えて下さる?手元に何もないの」


私は見張りの自衛官の一人に時間を尋ねた。


「黙ってろ!罪人は尋問された時にだけ答えれば良い!」


「固い事おっしゃらないで、時間ぐらい教えて下さってもいいじゃないですか」


私は親しみを込めて言ってみた。


自衛官は溜息をつくと、仕方なく自分の腕時計を見たが、時計を見て何故か眉を顰めていた。


「何時ですか?そろそろ夜明けが来ますか?また、朝から真っ暗かもしれないけど」


「ちくしょう、壊れやがった…」


自衛官は私の問いかけには答えず、舌打ちして隣にいた別の若い自衛官に聞いた。


「おい、橋本、今何時だ?」


若い自衛官も腕時計を見た、そして同じように眉を顰めた。


「先輩、自分の時計ぶっ壊れたみたいです。待って下さい。スマホ見ますから」


若い自衛官はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見て言った。


「あれ?」


「どうした?」


「先輩の時計…今、何時ですか?」


「22時45分だ」


「え?自分の腕時計とスマホは22時18分です」


「なんだと?」


「電磁場の影響が何かで、時計が狂って止まったんじゃないですかね」


二人は顔を見合わせていたが、

若い自衛官の方が、他の自衛官を捕まえて時間を尋ねた。


しかし、3人目の自衛官もスマートフォンの時刻を見て同じような反応を示していた。


彼らは時間を確認し、22時過ぎ頃と言っていた。今がまだそんな時間である筈はない。


私の時間感覚では、もうとうに夜明けになっていてもおかしくない時刻だ。


やはり磁場か何かの影響で時計が狂っているか、止まっているのだろうか…?



しばらくすると、遥か上空からローターの回転する爆音が轟き渡り、2機の黒いボディの大型輸送ヘリが、それぞれ距離を取りながらゆっくりとログヤードの真上にやって来た。


ローターが風を巻き起こし、周囲の森林が激しく揺れ続けていた。真っ暗な山間部をいくつものサーチライトの光芒が走り、夜の野外イベントのようにライトアップしている。


2機の輸送ヘリはほぼ同時に着地し、爆音を発していたエンジンとローターが回転を止めると、1台目に着陸したヘリのタラップが上がり、中から2人のパイロットらしい男達がすぐに地上に降りて来た。


ヘリから降りた自衛官達は、桜井少尉、アキコを中央に据えて一列に並び、彼らに敬礼した。


「桜井少尉。ご無事で何よりです。残念ながら、1号機には自分と操縦士の岡本しか乗っておりません。1号機に搭乗予定だった我々の同志、他28名はY米軍基地にて殉死しました」


桜井少尉は前に出ると、無言で2人の操縦士の目を、それぞれ間近でじっと見ていた。彼らの正気を確認しているようだったが、すぐに口を開いた。


「ご苦労だった。小林。岡本。すまぬが労いの時間はない。これより君達は、ここにいる14名の同志を、君達の1号機に乗せて、直ちに都心、霞ヶ関方面に飛び、第3制圧部隊と合流してもらいたい」


「ハッ!」


敬礼を返し2人のパイロットは、再び操縦席に乗り込み、その後に続くようにログヤードに駐屯していた、全ての自衛官達は一斉に1号機に乗り込んで行った。


残った桜井少尉とアキコは、彼らの搭乗を見守ると敬礼し、着陸したばかりの1号機は、タラップを閉じると、再びエンジンを点火させ猛スピードで、ログヤードを飛び立って行った。


私は怨霊の恐ろしさとは違う戦慄に言葉を失っていた。


霞ヶ関方面…制圧部隊?


この異常な事態を利用して、日本新生会は、本気でクーデターを実行しようとしていたのだ。


まさか、こんな日が来るとは…。


日本で…?


この日本でクーデターが…?

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