第二章 15話「ログヤード」


私、そして肉体の私であるゴーレムを乗せたキティは、岸谷とアキコを追って、ログヤードの入り口まで来ていた。


尤も、彼らに気付かれないように、道路の上ではなく近くの森林の中に、キティはその機体を隠していた。夜の森の中からキティの青く光る複眼だけが妖しく光っていた。


岸谷とアキコの姿が見えた。彼らは山間に大きな広場のように切り拓かれている木材集積場であるログヤードに入って行った。


怨霊からの逃亡で疲労困憊した足取りで、アキコと共にログヤード内に足を踏み入れた岸谷は、立ち止まり声を上げた。


「これは、どういうことだ!」


私も岸谷と同時に息を呑んだ。ログヤードの中には複数の人がいたのだ。


それは、半分死んでいる私でさえも、絶句する光景だった。


ヤードの中央には2つの白いイベント用の大きなパイプテントが建っていた。


そしてそのテントから、数メートル離れた場所に、雨の中、数名の男女が、地面から柱のように立っている丸太に、横一列に並びながら、全員ロープで縛り付けられているのだ。


その様相は、まるで「処刑場」を思わせた。


テントからは何人かの男達が、忙しく出入りしている。


一つのテントの中には僅かに灯りが灯ってる。側に停車している大型輸送車の発電機から投光器が繋がれていた。中にはパイプ椅子とテーブルがあり、その上に無線機のような機材が数台並んでいた。


男達の半分以上が同じ、迷彩服のユニフォームを着ている。


それは陸上自衛隊のユニフォームだった。


もしかして、自衛隊が助けに来てくれたの?


私は一瞬、安堵しかけた。


だが、あそこで木に縛り付けられている人達は?


すると、数名の自衛隊員が、丸太に縛り付けられ並ばされている人達の前にザッと並んだ。


その中の中心にいた自衛官の一人が、一歩前に出て、縛られている人達に向かって何事かを話しかけている。


「アキコ、お前、自衛隊に知り合いがいたのか?」


突然の状況の変化に、呆然としていた岸谷はアキコの顔を見て尋ねた。


「まあね」


アキコは岸谷を見ずに、並んでいる自衛官達に目をやりながら返事をした。


「なんだ。こんな所に自衛隊が救援に来てたんじゃないか。我々は助かったんだ!」


岸谷は安堵の表情を浮かべ、アキコの同意を求めた。


「パパ、一緒にあっちへ行きましょう。あたしの知り合いを紹介するから」


アキコはそのまま、岸谷の手をとって

一列に並んでいる自衛官達の方に近付いて行った。


自衛官達は、直立不動で真っ直ぐ前を向いていたが、近付いて来たアキコの姿を認めると、


「松本教官に敬礼!」


全員が一同に踵を返し、アキコに敬礼した。


それは恐ろしく統制の取れた動きだった。


教官?アキコは自衛隊の教官なのか?


岸谷は目を丸くしてアキコを見ている。


一歩前へ出ていた中央の、眼光が鋭い

リーダーと思われる自衛官の男は、振り返りアキコと目を合わせると、敬礼の後に頷き、


「松本。ご苦労だった」


敬礼していたアキコは、


「計画書、6項A、任務完了しました」


と、返答した。


「計画書?なんの事だね?アキコ、お前は自衛隊の人間なのか?これは一体どういう事かね?」


アキコは岸谷の方に振り返ると、持っていたハンドバッグから、何かを取り出して岸谷に向けた。


それは、小型の拳銃だった。


「岸谷。銃を捨てなさい」


自衛官達が岸谷の周囲を取り囲んだ。

何人かは岸谷に自動小銃を向けている。


「お、おい、何をやっとるんだ、貴様ら!アキコ、お前…?」


岸谷は拳銃を向けているアキコの顔を信じられないような表情で見ていたが、すぐに表情を切り替えると、吠えるように訴えた。


「俺には代議士の知り合いが大勢いるんだぞ、自衛官の一人や二人の首はどうとでもなるんだ。なんだね、その真似は、俺に…」


ガッ!と鈍い音がした。


アキコが拳銃の台座で、岸谷の頬を殴り付けたのだ。


岸谷は猟銃とアタッシュケースを放り出し、バシャ!っと雨で濡れた泥の地面の上にうつ伏せに倒れた。


「お、お前らは…一体?ま、まずこれを、これを説明したまえ…」


岸谷は、地面に正座し、激しく狼狽しながら泥の上に落ちている金縁眼鏡を拾い、掛け直しながら、アキコと周りを取り囲む自衛官達を見渡して言った。


「よかろう。岸谷さん」


中央に立っていた精悍な風貌の、30代ぐらいの自衛官の男が、座り込んでいる岸谷を見下しながら、やって来た。


「私は元陸上自衛隊少尉、桜井少尉である」


「元?元とはどういう意味かね?」


「ここにいる自衛官の全員が、元は自衛官という事だ。我々が自衛官として活動していたのは2日前までだ」


「何だと?」


「ここに集まっている我々は、日本新生会の有志達だ」


「日本新生会…?」


僅かでも威厳を保とうと、地面から立ち上がりかけていた岸谷の顔が、途端に凍りついた。


「日本新生会」


それは、この数年国内外に於いて、主要な省庁の爆破、警察官の殺害、要人の誘拐等の過激な犯罪行為を繰り返していた、我が国の政府、公安が最も恐れ警戒している、極右のテロリストグループだった。


その勢力は年々拡大しつつあり、政財界は元より、公安、警察官、自衛官の中にもそのメンバーがいるのではと疑われる程の巧みかつ、強靭な組織力を誇っていた。


「岸谷文助。貴様の動向を掴む為に、去年から数ヶ月間、我々の同志、松本を接近させ、水面化で貴様の全ての活動情報を収集していたのだ」


「アキコ…?お前…」


岸谷は呆けたような顔でアキコを見た。


「イベントコンパニオンのアルバイトも楽しかったけど、そろそろ本題に入ろうという訳。お分かり?社長さん。ちなみに私を社長さんに接近できるように手引きしてくれたのは、先程狂って焼け死んだ清水君よ」


アキコは続けた。


「彼の買収は簡単だったわ。いろんな意味で。ウフフ」


「貴様ら…」


岸谷は落とした猟銃を拾おうと腰を屈めた。


岸谷を取り囲んだ自衛官が、それを阻止しようと近づくより早く、


桜井少尉が素早い動きで、岸谷の懐に入り、掛け声と共に、一瞬で岸谷を柔道技で投げ飛ばしていた。


岸谷は、背中から泥の地面に音を立てて叩きつけられ、倒れたまま、苦悶の表情で桜井少尉を見た。


「お、お前達の目的はなんだ…」


「岸谷。貴様は自政党の代議士、石川と組んで、加山建設が開発中の特殊金属の分子サンプルデータを、中国企業に売ったな」


「な、なんの事かね…」

岸谷は明らかな狼狽を見せた。


桜井少尉は、アキコに目配せをすると、放り出された岸谷のアタッシュケースを開けさせた。


アタッシュケースには、札束、銃弾、インシュリン注射、コカイン、そして、モバイルコンピュータと金属のカケラのようなものが納められた、小さなサンプルケースが入っていた。


「まず、このモバイルPCとサンプルケースを押収する。これが中国企業との全ての取り引きの証拠だ」


桜井少尉は、アタッシュケースから無造作に拾ったコカインの袋を破ると、泥の中で倒れている岸谷の顔に、雪のようにかけながら言った。


「ちょ、ちょっと待ちたまえ君、…」


「我々の同志は、公安の中にも入り込んでいる。代議士の石川と貴様の調べはとっくに済んでいた。松本を接近させたのは、物的証拠を掴み、貴様を我々の元に連れて来させ、罪状供述をホログラム録画させる為だ」


「何? そ、それじゃあ…まさか、お前達は…!」

岸谷は青褪めた。


人には見えない霊体の私は、静かに彼らの近くに接近し、桜井少尉と岸谷のやりとりを見ていた。


そして、私は思い出していた。3ヶ月前に起きたあの事件を。


それは、国営放送局の前で起きた。

放送局前の広場の中央に、早朝、斬首されたと思われる人の「晒し首」が発見されたのだ。


そして、その生首のすぐ側にはモバイルホログラム投影機が置いてあり、その斬首された男の生前の供述映像が繰り返し再生されていた。


斬首された男は、事件の1週間前に誘拐されていた財務省官僚の鈴川という男であり、ホログラムによる供述動画では、日本で、アメリカ、特にCIAの意向に逆らった政治家らの暗殺に手を貸し、その見返りに、現在も国内での確固たる地位の約束と報酬を得ていた者達の、組織表と個人リストが詳細に語られていた。


斬首された財務官僚である鈴川自身もその日本CIA下部組織の一人だった事を動画の中で供述している。


事件現場はすぐに報道規制されたが、

マスコミ得意の隠蔽は叶わず、早朝の複数の目撃者達から、一気に動画がSNS上で拡散され、事件は数時間で世界中に知れ渡った。


実際の斬首された遺体と、ホログラ フィー映像を組み合わせた犯行は、その残虐性とインパクトから、「日本のテロリズムの恐怖」として世界に衝撃を与えたのだっだ。


桜井少尉は、コカインを振りかけられ白粉を塗ったかのような顔の岸谷に向けて、腰の日本刀を抜き、首に近づけると言った。


「売国奴め。これより貴様の供述を録画する」


そう言うと桜井少尉の合図で、一人の自衛官がモバイルホログラム投射機を岸谷の脇に置きスイッチを入れた。


すると、フッと光が走り、ホログラム像が現れた。


それは両手足を縛られ、血まみれで正座させられている一人の老人の供述動画だった。


「これは、貴様の売国仲間、石川代議士の供述動画だ。同じ事を証言して貰うぞ」


表情を全く変えずに桜井少尉は言った。


少尉の後ろから別の自衛官が現れ、敬礼すると彼にビニール袋を手渡した。


そのビニール袋を開け、ゴロッと中身を泥の地面に捨てるように転がすと、桜井少尉は言った。


「これは石川だ」


それはカッと目を開いたままの石川代議士の生首だった。


「い、石川さん!」


岸谷は陸に上げられた魚のように口をパクパクさせ、ヒッ!と短い悲鳴を上げると、暫く自失茫然としていたが、


「ふ、ふ、ふざけるんじゃあない」


岸谷は残っていたらしい僅かな威厳を振り絞って立ち上がり、桜井少尉や周囲の自衛官達に向かって叫んだ。


「き、君達は、なんだ?本気で日本の未来を考えているのかね?」


岸谷は必死だった。


「日本国というものは、とうの昔に建前なんだよ。日本政府は既に海外の資本家グループがコントロールする単なるフランチャイズなんだ。全て売却されている。そんな事は君らだってわかっているだろう?その仕組みを今更変える事が出来ると思うのかね?それは不可能だ。ならば、まず、今は近隣アジアと手を組み、優秀な技術を持つ我々日本の大企業が、連中と対等以上の関係を作り、戦略的力をつけ、ビジネスの新たな地平を切り拓く以外に、民族としての日本人が生き残る道はないんだよ。戦後から我々はそうやって生き延びて来たじゃないか。それとも何か?君達はまた戦争でも起こして、特効でもする気かね?」


岸谷の演説を聞いていた自衛官達の中から明らかな嘲笑が聞こえて来た。


「御宅はそれだけか!」


桜井少尉は再び、素早い動きで岸谷の胸元に近付くと、バシッ!と蹴り上げる音と共に、電光石火で足払いを放った。


岸谷の半身は半円を描いて宙に浮き、泥の中で三度目の転倒を繰り返した。


強かに腰を打ち、激痛に顔を歪めた岸谷は、倒れたまま呻き声を漏らした。


「貴様のような人間が、我が国日本を徐々に蝕んでいった。今、我が国は瀕死の状態にある。貴様ら寄生虫を駆除し、聖善たる神国日本を、我々が新たに生まれ変わらせる!」


二人の自衛官が岸谷を両脇から立たせると、桜井少尉の前に連れてきた。


「供述を録画する。我々の意に反して虚言供述をしたと認められた場合には、貴様の手指を一本ずつ切断する」


「や、やめたまえ…」岸谷の声には敗北を悟った者の怯えが現れていた。


その時、一人の自衛官が桜井少尉の元に駆けつけ、敬礼すると、


「少尉。また民間人の様子に変化が現れ始めています。このままでは…」


「やはり、狂い始めたか…」


桜井少尉はそう呟くと、何事か考えていたが、


「即刻、処置せねばならん。この男を拘束しておけ。録画はその後行う」


桜井少尉はそう言うと、踵を返しテントの方へと向かった。

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