第二章 14話「追跡」


霊体の私は、ゴーレムに呼びかけた。


(ゴーレム。あなたのコードネームはこれからゴーレムよ。まず、キティの背中に搭乗なさい)


私は優しく語りかけるようにゴーレムに言った。


肉体の私がその名前をどう捉えたかはわからないが、ただ言われるままに受け入れている気配があった。


ゴーレムはゆっくりと、また例の死人のような動きで、目を瞑りながらキティによじ登り背中に乗った。


霊体の私は「ゴーレム」を背中に乗せたレスキューロボ「キティ」と共に「加山水質研究所」の敷地から脱出し、最初の事故があったあのバイパス道に再び出て、その道を文字通り飛ぶように移動していた。


そして、なんという事か…!霊体である私は、まるで夢の中で空を飛ぶようにように、空間をほぼ自在に移動する事が出来た。


三次元の世界で、実際に空を飛ぶような爽快感はなかった。その代わりに得ていたのは、


一切の空気抵抗もなく、滑るように空間を進む独特の感覚だった。


それは、例えるなら、夢と現実の間の世界で、意志の力だけで自分のいるポジションを連続的に、上書き、変更していくような感覚に近かった。


キティの背中のガードハンドルに掴まり、立ったまま眼を瞑って乗っているゴーレムと、私は一定の距離を保って共に移動している。


霊体である私があまり彼女から離れ過ぎると、互いの「繋がり」が切れ、元に戻れなくなるのではないかと危惧していたからだ。


キティはサーチライトを輝かせ、8つの足をまさに蟹のように目まぐるしく交互に動かしながら、4輪車に引けを取らない驚くべきスピードで、背中に乗せたゴーレムの体を殆ど揺らす事なく、滑るように夜の雨の中、バイパス道を移動していた。


研究所からバイパス道に出た岸谷達の車が、どちらに向かったのかはわからなかった。しかし、キティの推測では

もしアキコが、ヘリコプターや、有人ドローン等に無線機で交信していたなら、この近くに必ず、それらが空から発着陸できる場所がある筈で、まず、そこを目指す事を提案して来た。


キティのナビゲーションは、この付近にある、その可能性が高い場所を即座に示した。


その場所は、このバイパス道沿いあった。


本線と繋がるジャンクションの4km程手前にある、県が管理する山間で伐採した木材の集積所である「ログヤード」だった。


「目的地のログヤードは、ここから400m先に進み、脇道を左に入ります」


キティが伝えた。


もし、私達がログヤードまで行っても

誰も居なかったら、そのままキティのバッテリーが持つ限り走ってもらい、このバイパス道から本線の接続部まで運んで貰うつもりだった。


どちらにしても今の私は普通の状態ではない。単に仮死状態の人間というには、あまりにも異常な事が起きている。


元の体に戻る為の解決策をどこに求めるべきか?今の私にはわからなかったが、目の前のアキコ追跡に漠然と何か次の突破口がある気がしていたのだ。


「由紀子さま。お知らせします」


真っ暗な山道を疾走していたキティが走行の速度を緩めた。


(キティどうしたの?)


「これより、約90m先の道に一台の車が停車しております。私のサウンドソナーが捉えております」


(本当?岸谷社長とアキコかしら?)


「この距離から人物特定は出来ませんが、搭乗者は2名と推定できます」


直感的に私には、それが岸谷達の車だとわかった。


(わかったわ。キティ、サーチライトを消してその車に音を立てずに接近してみて)


「かしこまりました」


キティは青く光る複眼以外の、全てのライト消して、今度はまるで獲物に忍び寄る蟹のように、音を立てずに道を移動し始めた。


霊体の私は生きている人間には見えないようだが、当然、肉体の私であるゴーレムとキティはそのまま見えてしまう。


もし岸谷達なら、また猟銃を撃ってこられては危険だ。


慎重に接近しなければならない。


私達がゆっくりと、歩くような速度で歩みを進めて行くと、道の真ん中に赤く光る車のテールランプが見えて来た。


(あなたたちは、ここで待っていて)


霊体の私は、先に停車している車から数十メートル離れた所にキティとゴーレムを待機させると、ゆっくり空間を浮遊しながら車に近づいてみた。


エンジン音が聞こえる。


車はやはり、岸谷達の高級車だった。


黒い高級車は。唸るように激しくエンジンを吹かしながら、小刻みに前進、後退を繰り返していた。


まるで、泥沼に嵌って動きがとれないかのように、舗装されている道路の上で、空回りするタイヤから白煙をあげ、必死にエンジンを吹かし続けているのだ。


私は慎重に、一応、道路脇の林の中に、霊体の身を潜ませながら、彼らの様子を伺ってみた。


「どうしたんだ!何をやってる!」


車内から岸谷の怒鳴り声がした。

ハンドルを握っているのはアキコのようだった。


「動かないのよ!畜生!」


アクセルを踏み続いている、アキコの叫びが聞こえた。


見ると、後方のタイヤの周りに何かが絡み付いている。


それは長い髪の毛だった。


おそらく女のものと思われる血だらけの長い髪の毛が、タイヤの周りにギッシリと絡み付いて、その進行を妨げているのだ。


車の周囲の雨に濡れた道路には、夥しい、血の池が拡がっていた。


怨霊の仕業だった。


バンッとドアが開くと、岸谷とアキコがアタッシュケースとハンドバック、そして猟銃を手に、転がるように車から飛び出して来た。


立ち直り、岸谷は猟銃を構えると何事か叫びながら、車のエンジン部に向け、立て続けに発砲した。


爆発音と共に、高級車はたちまち炎に包まれた。


「パパ!逃げるのよ。早く!」


アキコが岸谷の腕を取って言った。


「お前が言っていた避難所というのはどこなんだ?」


「もうすぐよ。あたしについて来て!」


二人は炎上する車を捨て、雨の中、そのまま走って逃亡を再開した。


やはりキティの推測通り、彼らがこの近くの「ログヤード」に向かおうとしているのはほぼ明白だった。


この付近に、ログヤード以外にあるのは崖と森林だけなのだ。


私はキティの側まで急ぎ戻ると、彼らの後を、またライトを消し、音を立てずに追うように指示した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る