第一章 6話「ビジター」


私が乗った一階のエレベーターのドアが開いたと同時に、フロアに駆け込んで来た4人の来客者は全員一斉にこちらを見た。


4人は凍りついたように私を凝視し、

次の瞬間、4人の先頭にいた男が黒く長い筒のようなものを私に向けた。


ドーンという凄まじい爆発音とガラスが砕ける音がフロアに充満し、壁に掛けてある案内板とエレベーター脇の操作パネルに無数の穴が開いた。


男は猟銃を発砲したのだ。


私は、とっさにエレベーターから倒れ込むように飛びだし、体が蜂の巣になる寸前で身をかわしていた。


猟銃を構えていた男は、間髪入れず次のトリガーを引くと、フロアに倒れ伏せていた私の顔に向けて、あらためて銃口を向けた。


「やめて!何するの!!」


私は男の顔を凝視して、声もあらんかぎりに叫んだ。


猟銃を持った男は、眼鏡をかけた背の高い初老の男だった。


眼鏡の男は、銃口をこちらに向けたまま、こちらの叫び声にも負けない叫び、いや「絶叫」で返して来た。


「この化け物!!殺してやる!!」


眼鏡の男が今にも引き金を引こうと身構えた瞬間、他の一人が飛び付くように駆け寄り、後ろから男の猟銃を抑えた。


「やめろ!岸谷さん!この人は狂っていない!」


岸谷と呼ばれた男は、抑えられながらまだ猟銃を私に向けようと、金縁眼鏡の底から殺意の眼光を激らせていた。


「よく見ろ!ケガ人だ!」


彼を抑えていた中年の男が叫んだ。


金縁眼鏡の猟銃男は、息を荒げながらまだ私を見ていたが、ようやく状況を理解したのか銃口を下げた。


そして、僅かな沈黙の後、急に取り直したように表情を変え、


「なんだね、君は」


今度は私を値踏みでもするような目で見下しながら


「何故この施設に入っているんだ」


猟銃男は眼鏡の縁を摘みながら、何の前振りも無く、冷たく咎めるように私に尋問を始めた。


私はフロアからゆっくり立ち上がり、彼の顔を真正面から見つめた。


彼の質問などに直ぐに答える気はなかった。


と、いうより、負傷している見ず知らずの他人に、いきなり殺意を剥き出しにして猟銃を撃ち込む等、言語道断だし、男の正気を疑っていたのだ。


フェンシングで鍛えた私の反射神経と瞬発力が無かったら、私は蜂の巣になっていただろう。


至近距離で発砲した分散弾が身体に当たらなかったのはほとんど奇跡だった。


眼鏡の男以外の他の3人は、互いに顔を見合わせると、全員が焦燥し切ったような表情で改めて私を見つめた。


眼鏡の男を、後ろから制してくれた男は、中背だがガッシリした体格の中年男だ。


中年男は冴えないくたびれたグレーのスーツを来ていたが、濃い髭を蓄え、後退した額と意思の強そうな眼光が、どこか知的な雰囲気を漂わせていた。


そして後の二人は岸谷と呼ばれた眼鏡の男の両脇に寄り添うように立ち、気遣うように男の様子を伺っている。


眼鏡の男の側にいる一人は30代前半ぐらいの年齢の長身の青年だった。テレビドラマのイケメン俳優のように爽やかな顔立ちだが、世俗では彼のような男を、所謂「草食系男子」というのだろう。


眼鏡の男が、猟銃を無言で彼の前に差し出すと、サッと姿勢を屈め、女性的な、時代劇の腰元のような動きで猟銃を受け取った。


もう一人は私と同じ30代手前ぐらいの女だった。


モデルのようなプロポーションに、派手な豹柄のブラウス。カーリーヘアの日本人離れした顔立ちの美人だった。


「ねぇ、パパ、この人大丈夫かしら?」


女は猟銃男に近づくと彼の腕に抱きつきながら、私を道路に横たわる猫の死体でも見るような目で見ながら言った。


猟銃男を「パパ」と呼んでいたが、どう見ても娘には見えない。


「何処からこの施設に入ったと聞いているんだ。社の者か?」


あらためて猟銃男は私に詰め寄った。


「事業所はどこだ?」


本来なら私に対して詫びるべき状況でもあるにかかわらず、彼の口ぶりはあくまでも傲慢で威圧的だった。


「それともお前、不法侵入したのか?」


私は怒りとも可笑しさとも区別がつかない感情が込み上がってくるのを感じていた。


私は猟銃男の顔を直視しながら黙っていた。


「答えられないようだな。ようし、分かった。管理AI!」


彼は管理AIに質問しようと、天井のオーバルモニターを仰いだ。


「この女は何処から入った。我が社の人間か?」猟銃男が怒鳴る。


管理AIが即答する。


「いいえ。岸谷社長この方は…。」


「まちなさい!」


私は管理AIの回答を遮った。


「管理AI、私の名前をこの人達に明かす必要はないわ。ただ、私がこの施設に入っているのは、不法侵入ではないという事だけ、この人達に証明しなさい。私の指示に従えるわね」


「かしこまりました」


管理AIは猟銃男への返答を返した。


「こちらの方が当施設にお入りなられた経緯につきましては、正規の認証を得た結果でございます」


管理AIの返答を聞きながら、私はこの猟銃男が、誰かを思い出していた。


加山建設の新任社長、岸谷という男だった。この男の会社のオーナーである私の叔父の家で開かれた会食会で、何度か見た事がある。2ヶ月後に開かれる予定だった都内での私の挙式に、加山建設の社長として、この岸谷も招待されていたのだ。


岸谷も私との面識があったのだが、私のこの血みどろの姿に、津島家のあの令嬢とは、記憶の中でどうしても繋がらなかったのだろう。


私が誰かを知れば、この手の人間は必ず手のひらを返してくるのはわかっていた。


私は子供の頃からそういう大人達に囲まれて育って来た。その種の反応には慣れ切っていたが、この非常事態下にその程度の事で、またあの手のうんざりする媚態をいちいち晒して欲しくなかったのだ。


また、津島家の人間として、私にはこの男の人間性を見極める必要があるとも感じる。


私は今は自分が津島耕作の娘である事を敢えて伏せようと考えた。


「なんだと?私がこの女の身分証明をしろと言っているんだ。何故私の命令が聞けない?」岸谷はモニターを仰いで怒鳴った。


「申し訳ございません。岸谷社長。私には現在、この女性のプライベートデータを沈黙する義務が生じております。その義務を放棄する事は、AI認証ガードシステム法第64条に抵触する為、お答えする事は出来ません」


「64条?…何?こんな馬鹿な事があるのか?社長の命令をAI如きが聞けんのか?、おい清水どうなってんだ。説明しろ!」


岸谷は清水と呼ばれた「草食系男子」を見た。


清水は加山建設の社員のようだった。

清水は岸谷に耳打ちするように近寄ると、


「はい。社長。AIガードシステム64条の発令は極めて特殊な例かと思われます。

ただ、この権限をAIに行使する立場の人間は、この施設に於いては社長である貴方の権限を上回る立場にあるかと…」


清水は岸谷の顔色を伺うように小声で言った。


「この女が…?」


岸谷社長は驚きと同時に納得し得ない様子でしばらく、例の値踏みするような眼で私を見ていたが、その顔には不服が滲み出ていた。


「まあ、よかろう。不法侵入者ではないようだからな」


岸谷は表情を変えた。その代わりに目には嘲笑の光が灯った。


「ただ君のそのカッコは何だね?裸足じゃないか。汚らしい。君が誰かは知らんが、俺には只のホームレスの不審者にしか見えないんだがね。なぁアキコ、お前どう思う?」


岸谷は自分に抱きつくようにしていたアキコというカーリーヘアの女を見た。アキコは私を見やるとクスッと笑った。


草食男子の清水は岸谷が管理AIと質疑している間に、据え置きの数台のPCで外部とのオンライン通信を試していたらしく、


「社長、ここも全てオフラインになっています。外部との連絡はまだできないようです」


岸谷は舌打ちした。


「ちょっと待って下さい」


私達のやりとりを黙って聞いていた中年男が割って入った。


「岸谷さん。とにかくこの人は見ての通り、ケガ人だ。この施設には医療セットがある筈だ。出血しているし、まず、彼女の手当をさせてくれ」


中年男は次の行動を始めようと、皆に背を向けフロアを出ようとした。


岸谷は中年男に目をやると言い放った。


「塚田さん。まず、その前にあんたの仕事は何だね?俺が何の為にあの別荘地に専属医のあんたを呼んだんだ?

今必要な事は俺のインスリンを確保する事だろう?それを最優先にするんだ。その女の傷の手当などその後にしたまえ」


塚田と呼ばれた中年男は岸谷の専属医のようだった。どうやら岸谷は、私と英一郎が向かう筈だった同じK市の別荘地に来ていて、塚田医師はその別荘地へ診察か何かで呼ばれていたようだった。


社長の岸谷はインスリン注射を必要とする糖尿病を患っているらしい。


確かに重度の糖尿病患者にとっては、非常時にインスリン注射の確保は死活問題である。


「わかったよ…。」


塚田医師は管理AIに医療セット一式とインスリンが保管してある場所を聞くとフロアを出て2階へ向かった。


インスリンは社長の岸谷の命令で、社の上層部の人間にとってほぼ別荘となっているこの施設に、非常時に備えて医療セットと同じ2階の一室に保管してあるようだった。


岸谷社長は塚田医師に、アキコと清水を連れて、3階の「接客室」に行く事を告げると、塚田を抜いてさっさと3人で階段を登って行った。


エレベーターは岸谷が撃った猟銃で操作パネルがバラバラに損壊し、使えなくなっていたからだ。


4人がここへやって来たのは、何かの大規模な非常事態が発生したからだ。それは彼らの緊迫した挙動から見てもわかる。

彼らから、外で何が起きたのかを聞く必要がある。


私は比較的まともな判断力を持っていそうなこの塚田医師と話をしてみようと思っていた。


しかし、今は私の体験した異様な、あの「謎の緑色の光」に襲われた事故の事を塚田にそのまま話すべきかどうか迷っていた。


私が岸谷達を追って塚田医師と一緒に階段で上階へ向かおうとしたその時だった…。

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