第一章 2話「ナイトウォーカー」
私は独りバイパス道を少しずつ本線に合流する方向へ歩き出していた。
1時間程歩くと道の両側は、斜面に深い森林が生い茂る切り立った崖になり、既に夕陽は沈み切っていたが、ここに来て50mに一本程の間隔でナトリウムの街路灯が姿を現し始め、かろうじて道筋を確認する事ができた。
たまにイタチのような小動物が眼を光らせながら道を横切り、すばやく森に消えていく。
負傷した体での徒歩は想像以上に私の体力を奪った。
15分程ずつゆっくり歩き、その度に車道脇の狭い路肩に座り込み、体力を回復させながらスマートフォンのアンテナを確認するといった具合だった。
本線に繋がる道程は、このペースで行けば夜明けを過ぎるかもしれない。
それまで私の体力は持つのだろうか…?
ヘッドライトを灯し、誰かの通行車が通りかかる事を心から祈ったが、何故か、この道にいつまで経っても車一台通らないのだ。
まばらに頼りなげなナトリウム灯がある以外、山間部を切り開いて敷かれたこの細い道からは、遥か郊外の街の灯はおろか、月の光さえも半ば原生林と化した針葉樹林群によって遮られ、両側の崖から迫るように生い茂る樹木の間から、僅かに夜空が見えるだけだった。
私は怖かった。
鎮まりかえる深夜の山道の路肩に、座り込みながら、独り押さえていた感情がしだいに頭をもたげて来るのを感じていた。
そして今になって記憶は鮮明に蘇って来るのだった。
あの時、私達の車に近づいて来た
「あれ」は…?
あの正体がわからない緑色の光。
そして、車に近づいて来ると同時に聞こえて来た、あのお経のような声…。
いや、あれはお経というより、寧ろ無数の人のうめき声に似ていたような気がする。
一体どこからあんな音が聞こえて来たのか?
それは、思い出すと背筋が凍るような、そして気が触れそうになる響きだった。
あの体験は一体…?
私達の乗った車が暴走しだしたのは、「あれ」の影響なのか…?
そしてもう一つの疑念は、
私達の車の事故の場所に、16時間以上も一台の車も通らなかったのは何故か?
よく振り返ってみれば、それは考えられない。地理的に見ても日中には少なくとも、食糧品の配達や買い出し等で別荘地から市街地への往来が必ずある。また、60km先の都市部に直通する本線から、このバイパス道を利用してくる車も、週末の今なら間違いなくある筈だ。
誰かが通れば必ず警察や消防隊に通報してくれるだろう。
だが、この時間になるまで、今だに一台の車も通らない…。
あり得るとすれば、何処かで私達の車以外の事故が発生して、バイパス道の両側で同時に長時間の通行止めが起きているのか?
だがそれは、あまりにも考え難い事だった…。
その時、私はかすかに夜空の彼方から遠い雷鳴に似たうねる音を聞いた。
そしてそれは思ったより早く急激に、そのボリュームを上げ、空が割れるような凄まじい爆音を深夜の山間部に響かせた。
その頭上に迫って来た爆音は私を戦慄させた。
反響は、地鳴りのような振動に変わり、今まさに崖崩れが起きるのでは?と感じるほどだった。
危険を感じた私は耳を塞いで立ち上がっていた。
見上げると、複数のジェット機の編隊が、夜空を覆う怪鳥のような姿を現した。いくつかに別れて三角形の編隊を組み、普段日常では見た事の無い程の超低空飛行で飛んで来た。
6機から9機程の機体だろうか?
私の立つ場所からでも、上空に目を凝らすと機体の下の様子が、点滅する赤いパイロットランプに照らされて見てとれた。
灰色の腹部と両翼に、日の丸ペインティング、そしてミサイルのようなものがいくつも付いている。
それは自衛隊のジェット機、戦闘機の編隊ようだった。
編隊はすぐに見えなくなり、尾を引いていた遠雷のようなジェット音もやがて消え、しばらくするとまたあの静寂が戻って来た。
夜間の演習なのかしら?
自衛隊の戦闘機編隊が、別荘地や避暑地が近いこの辺りを、こんな時間に飛ぶなど、今まで一度も聞いた事がなかった。しかもあんな低空飛行で…。
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