馬車の護衛

 ガタンと馬車が石を乗り上げて、意識が現実に戻った。パチパチと目を瞬いていると、リュークが乗合人の子どもにくすぐられ笑っている。


「ねーちゃん、こいつ面白いな」

「ふふ、そうだね」


 とっても楽しそうな子供である。きっと小龍だと分かっていないのだろうと思いながら、「そろそろやめてあげてね」とやんわりと止める。リュークがぐったりとしていたからだ。

 いそいそと私の影に隠れるように移動をしていているので、お昼寝の最中の悪戯はよっぽど嫌だったのだろう。起きているときなら嫌がることはない。

 リュークを取り上げてしまったので、あれやこれやと子どもの話し相手となる。森が続くまでは暇な時間があった。



 今通っている道は森に沿ってある整備されたものだ。太古の龍がいる森であるので、森に入らなければ魔物は襲ってこない。安全なものでこうしてのんびりとした旅路となっているのだが、これでも冒険者として任務中だ。


 ちょうど私達が向かう方向に行く、馬車の護衛の依頼があった。食費や滞在費など、旅にはお金がいる。稼ぎつついかなくてはならないため、母の元に行くまで時間がかかる。だが急いで行くという訳ではないので、旅を楽しみながら進んでいこうと思っている。


「ガゥ……」

「あぁ、本当だね」


 ずっと森の光景だったのだが、終わりが来るようだった。森にいる魔物の管理をしている太古の龍はその森から離れられない。暫く母親と会えないということである。


 寂しげなリュークであるが、私と一緒に行くという意思は変えない。付いてきてくれることを嬉しいが複雑な気持ちとなっていると、私の名前を呼ぶ声がした。

 同業の冒険者の人達からである。直ぐに馬車から降りる。


 森が終わることになれば、魔物と遭遇することが多くなる。

 セスティームは大きな街で治安がいい。賊も出ないので、森の横の道を走っていれば監視の人が一人二人見張っていればよいという楽な仕事だ。


 だが太古の龍が管理する森がある場合だけである。終わってしまえば、魔物の脅威が身近なものとなる。直ぐに対応出来るよう、事前に決めたフォーメーションに並ばないといけない。


 森が終わりをむかえるまで馬車に乗っていいと許しをくれた御者さんや冒険者達に挨拶をする。フードが要らなくなってから、人との交流は増えたので知り合いは増えた。

 今回共に依頼を受けた冒険者は、顔なじみであるから気が楽なものである。


「反応があったら、直ぐに俺に知らせてくれ」

「はい、分かりました」


 魔力探知が行える私は定期的に確認する。 私が子どもだからといって侮らない、良い人達である。


 あまりに広く探知しても無駄であるので、ある程度の範囲で探知する。消費魔力は極僅かであるので便利だ。そんなことを考えながら、魔物の反応があるまで一時間ぐらい歩いた。


「前方に二つの反応です。もうすぐ目視出来る距離にいます」

「おい、どうだ!」

「えーと……。あっ、見えました! スナイパー二匹!」


 このままだと相手側にも発見され襲いかかってくることから、数名先行して倒すことになった。


「俺らのパーティーが三人行くとして、クレディアは解毒が出来るんだったか?」

「はい、あの魔物相手なら特に。嫌というほど何回も練習させられましたから」

「あー、そういえばスノエさんの弟子だったか。弟子皆、そうさせられるのか?」

「いえ、私だけですよ」


 嫌な思い出が蘇る。

 レッグピアススナイパーとの戦いで、私はその遣いの蜘蛛から毒を貰い動けなくなった。その話を聞いたスノエおばあちゃんが、次はそんなことがないようにと私に毒の耐性をつけさせることにしたのだ。


 毒は薬にもなるということで、沢山の毒をおばあちゃんは持っていた。その毒を飲ませたのだ。

 ある程度時間が経ったり、毒のせいで危なくなったら、解毒剤や魔法を使う事を許された。それまでは毒との戦いであった。


 意識がぼうっとしたり、頭痛がした。酷いときでは発熱や吐き気が続いた。強い毒は流石に命に関わるので摂取することはなかった。

 だがそんな毒をもらったときの対処として、直ぐに魔法で体内の毒を分解する練習もさせられた。


 もう二度とやりたくない。

 私が旅をすることになったときの危険性を減らしたい、スノエおばあちゃんの想いがなければ、こんな嫌なことはしなかった。

 解毒の魔法を無詠唱で出来るようになれば、十分であると思っていたから。だが毒が回っていることに気が付かなかったり、魔力が欠乏したときの場合を考える。そうすると、やって良かったとは少しは思っている。進んでやりたいとは思えないが。


 スノエおばあちゃんの毒の嫌な思い出で「辛いなら思い出さなくていい」と気を使わせてしまった。

 そんな表情を私はしていたらしい。


 意識をスナイパーとの戦いに切り替える。馬車は残りの冒険者に守ってもらうことにし、一度停車してもらう。

 馬車で休んでいたときに話をした子どもが不安がっていた。魔物の元へと行こうとするときに、着ていたローブの裾を引っ張られた。


「怖い?」

「……怖くない」

「そっか。ならリュークのことお願いしようかな」


 言葉では否定しているが、強がっている。裾を引っ張る力が強いのだ。


「私は魔物の討伐に行ってしまうから、その間リュークを守っていてあげて」


 僕かとのほほんとしているリュークなら、不安を紛れさせてくれるだろう。リュークを預けたことで、子供の手がローブから離れた。まだ不安そうであったので頭を撫で、私は待っている冒険者三人の元へ向かった。


 私達は馬車の護衛であって、スナイパーを倒すことが目的ではない。

 だが危険から守るのが役目であるので、手薄になった馬車から離れることを時間をかけずにやらなければならない。


 剣士三人、魔法使いが私一人で計四人である。私は主に万が一魔物から毒をもらったときのための要員だ。 

 レッグピアススナイパーの遣い蜘蛛と同じ種類の魔物であるから、この相手の解毒は手のものである。だがその分の魔力を残しておけば、戦闘に参加してもよい。

 共にいる冒険者は皆Cランクであるので、二匹のスナイパー相手にそうなることはないと思うが。


 地面が平坦なことから、視界は開けている。だからスナイパーが私達四人のことは直ぐに気付いた。

 人が多く通る道の近くにいることから、魔物はその種族の中でも大きめの個体だ。そうでなければ人の近くに近寄ってこない。


 魔物は連携をとって攻撃するかと考え、そのときは二分にして剣士一人が一匹を受け持つつもりだったがその必要はなかった。

 片方のスナイパーが突進したためである。


「なんとも間抜けな魔物だな」

「これならただ図体がでかい蜘蛛だ」


 呆れたように、冒険者二人がスナイパーの相手をする。勝つのは簡単だが相手は攻撃力が強いので、セオリーとして脚を一本ずつ斬ってなくしていく。

 とても余裕そうだ。


「やっぱ出番はなさそうだ。レッグピアススナイパーがいなくなってから、格段と弱くなったなぁ」


 危うくなったら投擲武器で掩護するために、待機していた冒険者が言う。


 この地域のスナイパー達は単体ではそこまで強くなく、群れて連携を組むことから脅威とされていた。だがその統率者として君臨していたレッグピアススナイパーが倒され、まとめるものがいなくなった。

 遣えていた蜘蛛達は散り散りとなり、次の統率者となる個体は現れることはなかった。 これは太古の龍の逆鱗に触れてしまったことが原因と思われる。リュークを命に関わらせてしまったスナイパー達に、太古の龍が睨みをきかせているのを知っているからだ。


 そんな太古の龍に関する裏事情を思い出し、余裕そうなので馬車の様子の確認の為に魔力探知をすると近いところで魔物の反応があった。


 暇そうに待機している冒険者の名前を呼び、反応があったことを知らせる。祭り以外では見かけることが少なかった、獣人の冒険者だ。

 五感が優れていることから大体の場所を伝えると、岩の後ろにいることを直ぐに突き止めた。


「どうしますか?」

「魔力の質からして、同じスナイパーなんだよな? 加勢しそうな感じがするし、俺らで倒しに行くか。あの二人はもう終わりそうだし。というかちょうど終わったか」


「おーい」と呼びかけて、もう一匹いることを伝えた。

 毒をもらっておらず、怪我もない。魔石の剥ぎ取りをするということで、私達二人だけで行くことになった。



 隠れているスナイパーに近づくと、当然だが逃げていこうとした。投げナイフで追撃しようとするのを止める。


「私がやります」


 毒を持っているので、投げたナイフの処理が面倒となる。戦闘前にぼやいていたことを思い出して、適当にぶつぶつと詠唱を唱える振りをする。内容はそれっぽいことを言っただけである。

 そうして詠唱は適当で魔力操作だけで発動した風魔法は、敵の腹部を深く切ることとなった。逃げる脚は力が抜け、地面に倒れる。


 こうして仲間意識を発揮して連携をとろうとした魔物は、一撃で倒された。

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