太古の龍

 公爵様とその護衛達らは街へと帰っていった。共にに帰るかと誘われたが断った。私の体調を気にして反対する人がいたが、太古の龍が私の意見を支持してくれたので残れた。

 リューがいることから安心はするが、太古の龍から感じられる恐れは抑えようがなかった。私以外の人がいないことから、その気持ちは強くなっている。太古の龍はそんな私を見て『ふむ』と呟き、魔法を構築し始めた。


 私は見惚れるようにそれを見ていた。惚れ惚れとする魔力操作で、一切の無駄はない。初めて見る魔法で、いつまでも見ていたいと思ったときには魔法が発動していた。

 私は無意識に感嘆の声が漏れた。それほどまでに美しい女性が現れたからだ。


「さて、これで良いか?」


 目尻を下げて言った美女にしばらく見惚れた。リューがガクガクと揺らすまで、私はそのままの状態だった。


 人化した太古の龍は、「これで恐怖は抱かないであろう」と言った。人の姿になる魔法は自身の魔力の漏れをなくすことも組み合わされているらしい。そのお陰で圧倒的な魔力から来る恐怖はなくなる。

 確かに恐怖はなくなったが、絶世の美貌の姿なので別の意味で問題がある。女の私でもドキドキとしてしまうのだ。目に良すぎて毒である。


 少しは美女の姿に目が慣れたころに、太古の龍はリューのことについて聞きたがった。公爵様がいたときから見て分かるが、親子の龍の仲は完全に修復したようだ。リューの方には、太古の龍に対して良い感情しか抱いていなかったので当たり前のことであるが。

 預けたり逃げたりしなければもっと早く再会できていたことを思うと、長い時間がかかってしまったことだ。


 そんなリューに関しては臆病な面がある太古の龍だが、今日スノエおばあちゃんとの会話で会おうとは決意していたらしい。 近づく魔力を察知して逃げてはしまったが、儀式後に再び行こうとは思っていた。


 リューと私は無駄なことをしてしまったのか。私は気を落とすが、行こうと思っても本当に行っていたかは分からなく、来てくれたからこそこうして会えることになったと言う。

 リューが会いたいという気持ちを示してくれたこと。レッグピアススナイパーとの戦闘で怒りの気持ちから潰しにいき、結果リューと顔を合わせることになったこと。半分以上は怒りに染まってこの場に来たらしいので、報われたことに私は嬉しい気持ちになった。


 それから太古の龍とはリューを加えて色々なことを話した。リューのこと、スノエおばあちゃんのこと、魔法のこと、私の母についての話題も出て、話が尽きなかった。途中で恥ずかしいからそのことは話さないで、とリューにバシバシと叩かれたが、それも話を盛り上げるものとなった。

 私は龍ということで、逆鱗に触れないようにしようにと最初は言葉を選んだりしていた。だがいつも通りに話せと言われて、敬語はあるが多少気楽に話す。そんなことなので、気付いたときには日が暮れていた。


「息子のことでお世話になった」

「いえ、私の方こそ。一緒に暮らして楽しい日々でした」

「うむ。ではこれからもよろしく頼むの」

「はい。……えっ?」


 感謝し感謝されて、これでリューとお別れだ、と思っていたらよろしくの言葉である。


「何を驚いておる」

「え、いやですが……一緒に暮らさないのですか?」

「もう親離れしていい年であるからその必要はないが……ああ、なるほど」


 龍は私の感情を読み取って理解したらしい。太古の龍は自身の魔力で満ちている森の中限定で、相手の考えていることが大体分かる。


 どうやら親子の龍は会えて満足したらしい。龍は最初こそ大切に片方の親の元で暮らすことになる。だが生きるための狩りを覚えてある程度の強さをもったら、子育て終了なのだそうだ。

 だから私が思っているようなことにはならず、リューと離れて暮らすことにはならない。たまには会いにきて欲しいが、今まで通り暮らして構わないとのことだ。


 それにリューは私と一緒にいたくて、それが当たり前のことだ。太古の龍越しで知れたことに、私は歓喜極まってきつくリューを抱きしめてしまった。


「あ、でもリューは今日会いに来るために街の人達にバレてしまったのですが」

「何か不具合でもあるのか?」

「龍は人族にとって貴重なので狙われやすく、とても危ないと思います」


 危ないことを理解しているが、リューはそのことにあまり危機感をもっていないことで不安は倍増だ。


「色々なことを経験して成長するものだが、確かにリューの性格は不安を抱かせるの。ならクレディア、リューと契約をすれば良い」

「契約、ですか?」


 従魔の契約のことを言っていることは分かる。だがそれは人が魔物に一方的に契約し、使役するものではなかったか。


 確かに契約をすればリューは私の従魔だと示すことが出来る。それでも狙う人がいるならば、よっぽどの悪人である。加えて、人に危害を加えることはないと一般人が安心出来る要素となる。


 だが私はそんな契約を結びたくない。私とリューは対等であるのだ。問題が解決するといっても、主従関係とはなりたくない。

 表情を曇らせていると、「我の言う契約はそんな邪悪なものではない」と言う。リューも関係するのに膝の上でごろごろしているのを止めて、私は説明を求めた。


 どうやら太古の龍が言う契約ははるか昔の、今の人の世界では失った魔法らしい。一方的に契約を結ぶものではないので、どちらかが嫌だと少しでも思うと魔法は成功しない。従魔や奴隷、商業で使われる契約魔法のような表面上のものではなく、奥深いところで繋がる。そのためどんなに離れていてもどこにいるのかも分かるし、思っていることもわかる。 

 プライバシーがない欠点はあるが、私がリューに抱く不安はなくなる。リューが危機感をもたないマイペースな性格は直せるものではなく、それが良いところである。その性格のために、私が代わりに危機感をもってリューをしっかり面倒を見る。危険があったら駆け付けて助ける。


「人と龍がここまで心を交わしているのは稀なことであり、クレディアは魔法使いとしてそこら辺の者より優れておる。そんな其方に息子を頼みたいし、繋がりを頑固なものとして人と龍の行く末がどうなるのかを見たい」


「つまり我のワガママであるな」と太古の龍は言葉を締めた。そして契約をするかどうかを委ねる。


「リュー、どうする? 私はいいと思うけど」


 太古の龍は自分のワガママだと言っているが、私にとってリューと共に暮らすための問題が解決するし、リューの気持ちが理解できるようになる。今まではリューが人の言葉を理解していただけなので、私がリューの言いたいことが分かるのは嬉しい。

 なによりこれは古代魔法だ。現代の魔法は、古代の魔法が盛んだったころよりも失われている。その失われたものの一つであろう、そんな貴重な魔法を見ることができるのだ。魔法使いとして、この機会を逃がすなんてもったいない。


 リューは説明されたことが理解できていなかったのか、なんのことだと「ゥ?」と首を傾げる。そんなリューに太古の龍が簡単に龍語で説明をすると、飛び回って賛成を示した。


 私とリューは契約を結ぶと決めた。太古の龍はまず私に今から伝えることに抵抗しないように言って、私の額に触る。

 どういうことだろうと思ったが、必然的に美女の姿の太古の龍の距離か近くなる。ほんのり赤く顔を染めていると、脳裏に情報が流れてきた。


 それは契約の魔法についてだった。先程太古の龍が説明してくれたことに加えて、魔法の詠唱もある。

 なぜこんなことをするのか。太古の龍が魔法を発動させると思っていたからの疑問の答えは、流れ込んだ情報から分かった。


 古代の契約の魔法は、魂と魂の間に繋げるものだ。魂があるということについて、驚いたり前世の知識をもっていることから納得するのは置いておき。魂が関係する高度な魔法であるから、私とリュー以外の魔力が混じってしまうのは良くないことらしい。

 魔法の効果に影響が出るかもしれないからだ。だから情報を渡した。私がこの高度な魔法が成功するだろうと思っているからこそ。


 太古の龍は先程、私を優れている魔法使いと言ってくれた。言葉だと本心なのか疑ってしまうものだったが、情報を伝えてくれたことで本当のことだと分かる。私はそんな太古の龍に応えたいと思った。

 その想いは情報を伝える魔法がまだ終わっていないため、逆流してしまった。太古の龍はフッと頬を緩ませる。そして情報を全て伝え終わる最後に、リューに関することで私に文句の内容を流した。


「そんなことありません」


 思わずムッとしたが太古の龍が言い返すことができない反論をして、私は撃沈した。だが太古の龍がとあることを勧めた内容で、リューが目を輝かす。


「決まったかの?」

「はい」

「もっとゆっくり考えても良いのだぞ」

「いえ、大丈夫です」


 体ごと太古の龍から背けると、「これをやるから機嫌を直せ」と言われる。振り向いたのと同時に投げられて、慌てて落としそうになるがリューがキャッチしてくれた。

 澄んだ水色の水晶が先端にある魔法の杖だった。背丈よりも大きい杖ではあるが、持てないほどの重さはない。水晶の他にも目を惹かれる美しい装飾があり、素人の目から見てもとてつもなく高価な杖であることが伺える。


「其方にとって使いやすいものであろう。我がもっていても必要ないものだ。遠慮なく使え」


 どこから取り出したのかという疑問はあるが、返すことは許さんとばかりにぐいぐい押しつけてくるので貰っておくことにした。

 この杖があれば、これから始める魔法もやりやすくなるだろう。


 空に補助の魔法陣を魔力で描くと、魔法陣の光によっていつの間にか夜になっていた森は照らされた。

 太古の龍が見守る中、私とリューは向かい合う。私は詠唱の言葉を紡ぐために、息を吸い込んだ。

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