公爵との会話
太古の龍は戦闘が終わった場所から動かず、リューを見ていた。かなり距離が離れているのが、太古の龍は畏敬を抱かせる姿と圧倒的な魔力をもっていることから、冷や汗が流れる。
森にある家に住んでいたころから分かっていたが、私を超える魔力量の持ち主だ。龍が最強と呼ばれることに納得しながら、親子の再会がどうなるのかを静かに見守る。
そのつもりであったが。ぐるぐると回る視界から、私はぐらりと地面に倒れることになった。
「……ぁ」
あれ? という言葉も満足に言えないまま、そういえば毒をもらっていたことを思い出す。遣い蜘蛛はレッグピアススナイパーが死んだことから逃げていったのを、倒れた状態から確認した。
解毒の魔法の詠唱は覚えているが、発動させたことがない魔法をいきなり無詠唱では発動はできない。
取り敢えず、いつもの体の働きを促進させる方法で解毒を試みる。少し効果が出たぐらいだった。これでは解毒出来ない。慌てるリューを視界に入れながら、魔法を弄っていると、私に駆け寄る影があった。
「魔法を中断して。あぁ、動かないでいいから」
言われた通りにすると、解毒の詠唱を唱え始めた。私は暖かい魔力に包まれて、体の傷以外の不調が消えていく。魔法は偉大だと感じながら、動きが元に戻った舌で「ありがとうございます」と礼を述べる。
解毒してくれた人は、瓶に入った回復薬を私に押し付ける。傷は自分で治せれると返そうとするが、強引に口に瓶を突っ込まれた。
「んぐぐ」
間違えて呼吸器官に入ってしまわないように、必死に飲んだ。効果が高い回復薬だったようで、傷はみるみる内に無くなる。
リューは別の人から回復薬を振りかけられて、水魔法で内側の傷は治していく。その人が後で私にも来たが、その前に自分自身で完全に傷は治している。念の為にと凄い剣幕で迫られたので、健診されることになったが完治しているので問題はなかった。
「ガウー」
「うん。いいよ、行ってきても」
ちらちらと親の方を見るリューに、許可は取らなくてもいいのにと思いながら言う。きっと最後の後押しが欲しかったのだろう。
言った瞬間、太古の龍の元に飛んでいった。入れ代わりでぞろぞろと人の団体が来る。
囲まれている中心の人の姿を見て、私は跪くが止められた。
それでも私はやめなかった。やめられるはずがなかった。服装、気品、守られる立ち位置にいることから、誰かは想像つく。
いっこうに行動を変えない私を見て諦め、顔を上げるように言われた。恐る恐る言われた通りにすると目が合う。
「初めまして、勇敢なお嬢さん」
にこりという笑顔を向けられる。警戒心を解くためにの笑顔だろうが、私には効果がない。それだけで安心できる要素はないし、レッグピアススナイパーとの戦闘を見られていたことが言葉から知れたからだ。
それに一挙手一投足を見られて、観察されているような気がしてならない。護衛がいつでも剣が抜けるようにしていることからも、私は危険な対象だと言っているようなものだ。
それも仕方がないことだ。私は現当主の公爵―――ワットスキバー様に多大な迷惑をかけてしまった。
リューの存在が街で知られたこと。公爵様の部下との戦闘。暗黙の了解を破って森への侵入。あとは儀式の中断させてしまったかもしれなくて、治療をしてもらった。
今日で思いつく限りでもこんなにもある。
私は上げた顔をすぐに下に戻す。内心パニックになっているが、これ以上失態がないようにと外見上は冷静を務める。実際どう見えるか知らないが、何も指摘されたりしてていないので大丈夫だろう。そう願う。
大体、貴族相手にどんなことが不敬とされるのかなんて知らない。
「私はワットスキバー・スゼーリ。君の名前を教えてもらえるか?」
「クレディアと申します」
私の名前は部下から聞いて知っていることだろうが答える。調べていて、私のことを知っているとは言わないだろう。
「さて、クレディア。私は先程の戦闘を見ていたが、見事なものだった。その年で、あれ程の魔法の使い手や立ち回りが出来る子は見たことがない。君はとても才能に恵まれているな」
「光栄なお言葉、ありがとうございます」
褒められるとは思っていなかった。これは上げて下げる方式でくるのだろうか。高低差が激しいのでやめて欲しい。
内心ビクビクなりつつ、最低限の言葉を私は発して、本題前の会話を成り立たせる。送り出した私が言うのもあれだが、リュー早く帰ってきて欲しい。遠くからの和やかな龍の会話を背景音楽としつつ、私は予想以上に長い前置きを聞いた。
「貴重なものを見させてもらって、つい長話となってしまった。君と小龍、そして龍の戦闘はとても見惚れるものだったからな」
公爵様の上げる部分の話が終わった。半分以上の内容が頭には入らなかった。
ここからが下げの部分。悲観になりながら、言葉を待つ。
……が、私が想像していた展開にはならなかった。
公爵様は部下に街へと帰るための指示を出している。話は終わったとばかりの雰囲気だが、私はそれで終わって欲しくなかった。
何か言われるのも嫌だが、それは一番マシなことだ。私がやってしまったことに、何もお咎めなしという訳ではないだろう。暗黙の了解を破ったことはまだいいだろう。正式なものではないのだから。だが、私は公爵様の部下と交戦をした。
命のやり取りがあったものではなかったが、これは公爵家と敵対をするということではないのだろうか。重く考えすぎかもしれないが、貴族相手だ。自分がしてしまったことを思い返して、今一度後悔をする。
申し開きをしよう。部下の静止を押しのけてここまで来たことは、公爵様は分かっているだろう。ワットスキバー様は切れ者であると、スノエおばあちゃんが言っていた。そんな方が何も言わないのには、何か意図があるに違いない。
未だ跪いていた状態から立つ。最初に公爵様へと行くと護衛から警戒されるだけなので、集団から少し離れていた女性に近づく。白を基調とした服装で、儀式を行った人だろう。水魔法の使い手でもあって、健診をしてくれた優しそうな雰囲気の女性だ。
「あ、あの」
「はい。あら、あなた顔色悪いわ。あれから体調が悪くなってしまったの?」
顔色が悪いのは精神的なものが体に現れただけである。大丈夫だと伝えるが、「無理しなくていいのよ」と言われる。
違う。そうではないのだ。
話を聞いてくれるのは、あれこれと至れ尽くせりされた後だった。
「まあ、そうだったの。大人びているけれど、結構ヤンチャなところがあるのね。それで、どうするのですか、ワットスキバー様」
今気付いたが、公爵様が話を聞いていたらしい。 慌ててまた跪こうとするが「体調が悪いのだからそんなことはしては駄目」と、力強く阻止された。
私はしてしまったことを、全て吐露してしまった。今思えば、そうするように話が誘導されていた気がする。自分だけに罰が下るのはいいが、スノエおばあちゃん達に迷惑はかけたくないのだ。
「君は子どもだ。やってしまったことの後処理は大人がすることだが……」
「私がしてしまったことです。子どもですが、何か出来ることならなんでもやります」
大人という言葉に、スノエおばあちゃんが含まれていることに違いない。私の言葉に、公爵様は「うーん」と唸る。
「君が周りに迷惑をかけたくないということは分かった。何か罰のようなものを与えないと、気分は晴れないということも。なら、こうはどうだろうか。今回のことは私に貸し、ということで――――」
『そこまでにしておけ、坊や』
言葉を発するだけで、体が重くなるようだった。いるだけで畏怖させる存在の太古の龍が言ったが、側にリューが元気そうにいて空気が少し和らいだ。
『クレディアは我が息子の良き友であり家族のような存在。そして今回のことは我が迷惑をかけた結果、起こったことよ。つまり我の責任と言える』
「いえ、太古の龍よ。そんなことは……」
『そんなことあるからこう言っておる。だからクレディアの自由を縛ってやるな。坊やが考えていることは大体は分かるのだぞ』
「……」
公爵様は口を閉ざした。笑みを浮かべているが、内心どう思っているかは伺えない。
「分かりました」
その言葉を出すまでにあまり時間はかからなかった。「対価として鱗を数枚頂きたい」と言う。太古の龍は渋ることなく了承した。
あっという間に、私の問題がなくなったが、その問題を太古の龍に任せっきりとはできなかった。どうしたらいいのだろうと考えていると、太古の龍が『あの不届き者の成れの果てをあげればよい』と提案した。
「成れの果て?」
「ガウガウ」
リューの示す方向を見て、レッグピアススナイパーの脚、その遣い蜘蛛だと分かった。確かにあれなら、詫びとなるだろう。
私とリューが切断した脚や遣い蜘蛛の素材はかなりの量がある。脚に関しては魔法の耐性があるようだし、高級品ではないだろうか。保存の魔法をかければ、魔力となって脚が消えてしまうこともない。
『これもついでにもらっていくと良い。大部分は潰れてはいるがな』
レッグピアススナイパーの上に乗っていた石を魔法でどかして言う。石がなくなったことで、グチャグチャな状態を直視してしまった。護衛達が叫ぶ声を聞いて、同じ気持ちの人はいっぱいいるんだと知れた。
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