契約

「星々が見守り巡り合った縁は架橋する。貴方を露とし偽りはなく、全てを分かち合う」


 魔法陣の輝きが増す。朗々とした私の声だけが静寂な森を響かせていた。


「如何なる苦境も乗り越えられる。断ち切れぬ絆は、共に冀求する先へと歩ませるのだから」


 初めての、そして難易度がとても高い魔法なのだが、魔法の構築が流れるようにできていた。

 太古の龍のこの契約に関する知識と補助の魔法陣のお陰である。自分の実力だと慢心はしていない。


 順調に魔法の構築をしていくと、リューの魂に触れた。

 見えてはいないが感じる。日向のような暖かさだ。なんともリューらしい魂である。

 同様にリューも私の魂に触れる。嫌な感じはしなかった。


 私はその不思議な状態から、リューを導く。この魔法は私だけでは完成しない。詠唱は私が唱えるが、想いと魔力が必要だ。これは私とリューで結ぶ契約であるから。


「我らは誓う。命脈が尽きるまで側で寄り添うことを。クレディアとの名に基づき、ここに誓う」


 魔法陣の輝き以上の光が、私とリュークに降り注ぐ。小さな星の欠片みたいだった。


 リュークとの繋がりを感じた。光を浴び続けていると、どんどんと結びつきが強固なものとなっていくのが分かった。そのことが嬉しかった。

 降り注ぐ光が止まったのはそのときだった。体を包みこむ光が余韻として淡くなり消えた。


「なぜ止めてしまったのですか」

「結びつきすぎは悪いことだからの。これ以上は傷の痛みや感情の完全な同調、そしてどちらかが死んだときは片方も道連れとなる」


 光を止めた太古の龍の意図はそういったことからだった。納得すると私の感情からのリュークの反応が返ってきて驚いた。


「新しい名前はリュークにしたのだな」

「リューまではそのままに、私の頭文字をとってそうなりました。……これも駄目ですか?」

「いいや。良き名前よ。まだ種族名とは似ているがの」


 ハハハと笑う太古の龍に釈然としない私である。


 契約に関する情報を渡されたとき、文句を言われた内容は「リューという名前は種族名とほぼ同じであるな」である。幼き私が呼びやすいようにと龍を縮めてリューと呼んでいたことからそれが名前となった。

 だがそのころは龍を名前だと思っていたので、愛称のつもりであった。そのことを龍の母親に言外にセンスないと言われたようなものだった。


 リュークと新しい名前を言うたび、ピクピクと反応して嬉しさが伝わってくる。同じ気持ちでいたのかとズーンと落ち込む私であったが、そんなことないよと語りかけてくる。

 それは本心だと分かった。リュークはただ新しい名前というのが嬉しいだけである。歓喜極まって、私はぎゅうぎゅう抱きしめた。


 その光景を羨ましそうに太古の龍が眺めていた。

 私が気付けばリュークも気付く。契約をしてそんな関係が出来ている。リュークが母親の元に飛び出していった。


 手持ち無沙汰となった私はしょんぼりしていると、やはりリュークが気付く。クレアも、と手を引っ張って、私は倒れ込むこととなった。

 幸い太古の龍が受け止めてくれた。柔らかい。ゆっくりとそう思う暇もなく、リュークが私達の間に入って太古の龍が私を含めて抱きしめた。私もおずおずと背に手を回す。子供の腕だと回りきらなかった。


「クレディア、リュークと契約したからには貴方は家族同然。これからは我のことを名前で呼べ」


 太古の龍は認めた者にしか名前を呼ばせないことは聞いている。「いいのですか?」「よいのだ」とやり取りをして、べリュスヌース様と呼ぶことになった。

 様付けはしないように言われる。圧に屈し、呼び捨てとなった。満足そうに「うむ」と頷いていた太古の龍だった。


「それにしても、クレディアの魂はなんだか変であるな」

「ガウー?」

「うん? あぁ、今は魂は見えないぞ。契約を止めるのに介入したときに見えただけよ」

「ガウガウ」

「一瞬だったからの。だが、他の者とは構造が違ったことは確かだったが……」

「詮索はなしでお願いします」


 魂が変ということであれば、私が前世持ちであることだろう。私の心を読み取ろうとするべリュスヌースだが、対抗策はしてある。森に満ちている魔力から思っていることを読み取るのなら、その魔力を自身の魔力で押し出せばいい。

 そうすれば自身の周りぐらいは、自分の魔力で満たすことが出来る。


「人には秘密があるからの。隠し事の一つや二つはあるものか」


 気にはなっているが、諦めたようだった。私は一応リュークに口止めをしておく。契約をしてから、意思疎通が簡単なものとなった。

 べリュスヌースならば笑ったり嘘だと言われないだろう。だが長いときを生きているせいか知識欲がある太古の龍の目は怖かった。肉食動物に狙われている草食動物の気持ちになった気分である。


 *



「意思、素質、そしてなにより魂のあの輝き。我の見たものが本当なら、クレディアの行く先は苦難が待っているだろうが……リュークがいるのなら大丈夫であろう」


 我のときのような状態でない。今では立派な龍である我が息子が共にいてくれている。


「まあ、まだ弱い龍であるからの。もし助けが必要となれば飛んで行けばよい」


 もう過ちを繰り返すことはしない。とある高潔な少女をクレディアと重ねながら、我はそう誓った。

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