寂しいのに逃げてしまうという龍

 公爵様に半魔だとバレてはいないけれど、令嬢や亜人として疑われている。

 亜人はこの国では何年か前に撤廃されたが、奴隷として扱われていた。その名残で未だ良くない目で見られてしまう。だから私の正体が亜人だと疑われるのは分かるが、令嬢の方はどうしてそう思ったのか聞きたいところであるがまあ置いといて。


 強攻手段をされてしまう。

 スノエおばあちゃんはこの二つのことをあっさりと言うので、何回か頭の中で反芻してようやく事態の深刻さを理解した。


「それ、すごく大変な事だよね……?」

「……ワットスキバー様にならバレてもいいことではあることではある。半魔だって知る人は少ない方がいいが、有能であればどんな者でも広く使う御方であるからね。街の住人にバレなければ何もされることはないさ」


 確かにお母さんの友人であるミーアさんは冒険者だが、騎士としても雇われている。ネオサスさんはミーアさんと違って安定な仕事として今は完全な騎士として雇われているが、昔は冒険者だったとミーアさんに聞いた。

 なら、公爵様にバレても殺されたりはしないのか。おばあちゃんが言った通り、街の住人に半魔だと気づかれない以上は。


 公爵様は民のことを第一に考える人だと、このセスティー厶の街で暮らしてている内に知ることである。民にとってよい統治をしている貴族なのだ。

 だからもし私が半魔だってバレたら、街の住人は恐れて混乱になる。そうすると、私を処分してしまうのだろう。民を思うがために。


「今の状態で知られてしまえば、公爵家に引き取られてしまうだろう。半魔だってバレないようにするために。膨大な魔力をもっているからきっと悪い扱いはされない。監視はつくだろうが、今も似たような状態だ。自由に遊ばせてあげれていなくて、何人か監視されているようだからね。だがメリンダにお前のことを頼まれ引き受けた以上、私は手放すつもりはない。まだまだ師匠として全てを教えきれていないし人手不足だからね。だから半魔だってことを公爵家の手を必要としないで隠せれることを示さないといけない」


 ということで魔道具の完成まで時間をくれるのか。

 きっと、今まで私の知らないところで苦労していたのだろう。おばあちゃんは公爵家と回復薬の取り引きをしているので、私が来たことで今までの関係に傷が入ってしまったに違いないが、それでも私を守ってくれている。


 私は泣きそうになってしまいそうになるのを耐えた。転生してから泣いてばっかりであるので、そんな情けないことは直したいのだ。 


「私、作業してくる」


 涙目なのを見られないためにも、部屋を出ていこうとすると止められた。 まだ話が終わっていないようだ。


「クレアは二週間後に龍祇祭があることを知っているかい」


 初めて聞いた言葉だった。首を振ると、説明してくれる。


 龍祇祭というのは、森に住む太古の龍を祀ってこれからも守護してください、というための祭であるらしい。

 太古の龍は森の中での頂点として君臨することで、魔物の活動を抑制したり、自ら溢れ出る魔力の量を調節することで魔物の発生を少なくしたりしている。その恩恵を人族は受けているので、龍に対する恐れを抱きながらも守護してくれる存在として受け入れ、感謝をしているのがセスティームの街の住人だと言う。


「祭は大々的に行われるからね。だからそれまでに間に合うように魔道具を完成させるといいさ」


 だから適度に休息をするんだよ、という無言の圧力がきた。私は頷くほかなかった。


「ああ、それからべリュスヌース―――太古の龍が祭のときに家に訪ねてくる」

「え。街、破壊されない?」


 リューはなぜだかある時期から成長していなくて小柄だが、普通の龍だとそんなことないはずだ。


「人化できるからそんなことは起きないさ」

「人化って種族的に元から備わっているもの? それとも魔法……!?」


 魔法だったら、私の知らないものなのでとても興味がある。あと私が半魔だって隠すのに役に立つかもしれない。

 おばあちゃんに詰め寄ると、バチッとはたかれた。


「魔法だが、龍専用のものだって聞いたことがある。だから今のを太古の龍にするんじゃないよ」


 太古の龍にするはずない。森にある家に住んでいたときに、森の深いところからすごい魔力があるのを感じ取れた。私の魔力量より多かったのだ。それに加えて力の強さは比べようにならないので、そんな恐ろしい龍にしない。


 スノエおばあちゃんにはたかれたのに容赦ないなと思いながら、私は尋ねる。


「太古の龍はどうして家に来るの? スノエおばあちゃんに会いに? それともリューに……?」


 リューに会いに来たのなら、私は思うところがある。太古の龍はリューを捨てたと聞いている。どの面下げて、リューのいる家に来るのだというのか。


「そう怒ってやらないでおくれ。今では凄く反省しているんだ」


 太古の龍はリューが生まれて最初はしっかりと育てた。龍は自らの子を大切にするからだ。だがしばらく経つと、あることに気付いたらしい。


「もしかして、魔力の質?」


 リューは植物魔法を使える。それが異質だと判断したのだろうか。


「魔力の質が違うことには、生まれる前から気付いていたらしい。気付いたのはリューが龍の中では力が弱かったことさ」


 リューは成長するが、本来の龍が持つ力の半分の力もなかったらしい。狩りを教えるが、力がないことと温厚な性格のためにあまり戦いは向いているものではなかった。力で駄目なら魔法だというにも、もつ魔力の属性が違うため教えられない。龍も人族と同様に無属性はあったが、殺傷力のある魔法はない。


 果物を好むリューではあったが、それだけでは自然の中で生きていくのは無理だろう。

 太古の龍はそう判断した。だから育てることをやめた。


「龍は自尊心が高い。自分の子が弱いというのは情けなく思い、自分の領域から魔物のいる方へと追い出したのさ。後はどうせ生きていくのが無理なら、早めに死なせてやるのが優しさというものだとも言っていたね」


 自分で自分の子を殺すのは忍びなかったらしいので、リューを追い出した。


 だが、しばらく経ってからリューが戻ってきた。ネオサスさんとミーアさんが森の中でリューが倒れているのを見つけて、酒友達というおばあちゃんと共に連れてきたからだ。ちなみにネオサスさんはまだ冒険者を騎士と兼業していたところらしい。


「私が説教をすると、凄く落ち込んでいたよ。そして母親でいる資格はない、また似たようなことをしてしまうかもしれないと、私達に託したのさ。私達は街に連れていくことはできなかったから、そこからメリンダに預けることになって、結局はこうして街にいることになっているがね」


 おばあちゃんはそこで大きな溜息をつき、「べリュスヌースがあんなに責任をもってしまう考え方じゃなく、リューが龍っぽい性格であったなら、今こうして困っていないんだがねぇ」と愚痴った。


「ここで問題が起きて、森での暮らしだったら魔力でリューを感じられた。だが、街だと遠すぎるらしくてねぇ。寂しくなってしまったらしいのさ。その弊害で、森で色々異変が起きた」

「異変って、魔物が増えたこと?」

「そうさ。溢れ出る魔力の調整に失敗してしまったらしい」

「もしかして、街に来てから初めて私とリューが森に行ったときに失敗した?」

「よく分かったね」

「だって、魔力の流れ変わったから。原因が分かったら教えてって言ったのに。スノエおばあちゃん、言うの忘れてたよね」

「忘れてはいないが、忙しかったんだ」 


 言うなら、顔を見て言ってほしい。忙しいのも事実だとは思うが。だが、「クレア、この前森に行ったとき、大量に木を切っただろう」という思わぬ反撃で不満はどこかに飛んでいった。


「……なんで知ってるの」


 私は魔物の依頼で森に行ったときに魔力耐性の高い魔物に出会った。その魔物相手にどのくらいの魔力を込め風魔法で切れるのか試したら、近くにあった木を大量に切ってしまう事件が起きたのだ。おばあちゃんが知っていた理由は、公爵様に言われたかららしい。


「切った木をリューに元通りにしてもらったんだろう? そのせいでリューが植物魔法を使えることを知られた」

「でも、そのとき周りには人がいなかったよ」

「だがワットスキバー様は知っていた。何か魔法か魔道具を使ったんだろう。まあ、公爵様に知られるのはしょうがないが、他の人にリューのことが知られないように、これから気をつけておきなさい」

「分かった」


 魔力反応だけでの確認が多かったので、これからは気をつけることを心に留めた。気配で分かったらいいが、そんなレベルは母ぐらいじゃないと出来ない。森の家で生活していたときは諦めていたが、今度会ったらミーアさんに教えてもらおう。


「話はずれたが、また森で異変が起きないためにもリューの顔を見に来るために家に来るということさ。龍祇祭は太古の龍の守護を受け入れるということで、森の恵みを採って食べたり飾ったりして自らの魔力が街にたくさんあって、人に紛れられるからね」

「リューには会わなくていいの?」

「会わせる顔がないんだとさ。本当、面倒くさい性格をしている」

「じゃあ、リューが会いに行くことは?」


 リューは自らの母親の魔力を好んでいる。恨んではいないことは明らかだ。いい考えだと思ったが、スノエおばあちゃんはそうではないようだった。


「リューが自分に会いに来たと分かったら、どこかに飛んで逃げていってしまうだろうさ。だからリューにはこの話は少なくとも龍祇祭が終わるまでは話さないようにしなさい」


 龍の鱗というお守りを貰うほど仲が良いおばあちゃんが言うのなら、そうなのだろう。私は寂しいのに逃げてしまう龍を想像できないまま、龍祇祭を待つほかないと理解して、おばあちゃんとの話は終わった。

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