完成

「クレア、ちょっといい? ミーアさんって人が会いに来てるの」


 扉越しにエリスが言う。私は持っていたペンを置き、「入っていいよ」と声をかける。

 部屋に入ってきた来訪者に、うとうとしていたリューは飛びついた。最近、私はひたすら机に向かっていて相手をしてあげれなかったので、暇にしていているのだ。


「リュー、こっちで私といっしょに遊ぼう?」


 ミーアさんにじゃれているリューをエリスは引っ剥がし、ベットに向かった。


「ごめん、邪魔しちゃった?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと迷っていただけですので。丁度良かったです」


 丁度良かったと言っても、まず先に訪ねてきたミーアさんの用事を聞いた。だが、私が没頭しすぎていないかを見に来ただけだということでもう用事はすんでしまっていた。


「クレアは自分で自分を追い込みすぎて、メリンダを困らせていたからね。今回もかと思ったけど、そうじゃなかったね」

「事前にスノエおばあちゃんに釘を差されていましたので。それに、エリス達が心配しますから」


 特にニト先輩は研究に夢中になって食事をするのを忘れただけでとても心配する。


「それで、行き詰まったとかじゃなくて迷ってたの?」

「はい。自分の髪と瞳を何色にしようかと考えていまして。最初、お母さんと同じ色にしようと試したのですが……」

「似合わなかった?」

「はい」

「クレア、父親似だからね」

「そうなんですか?」


 ペタペタと自分の顔を触る。父親の顔を見た事がないので、無意味な行動ではあるが。

 だが、私は父親似なのか。どうせなら顔の知らない父よりも母に似たかった。


 ミーアさんは話から分かるように、私の父に会ったことがあるらしい。そのため母親の色がだめなら父親のだということで、ミーアさんから細かい指示を受けながら魔法で自身の髪を変える。

 ミーアさんがこの色だと満足したところで色の調節を終えると、父親の髪の色は薄鈍色であると判明した。何年か前に見た色なので多少の誤差はあるかもしれないらしいが、こんな感じの色だったと言う。


「わあ、クレア似合ってるね」


 面白そうに私の髪色が変化しているのを見ていたエリスが言った。ミーアさんも同じ事を言う。リューはごろんごろんとベットで転がっていた。実験で色を変えるのを何回もしているから、見慣れているのだ。


 二人から薄鈍色が好評だったので、私はこの色を髪と瞳の色にすることを決めた。元々自分に不自然でなければ、何色でも良かったからだ。母の琥珀色が自分と合わないことが分かってから、そんな考えである。


「それにしても、闇魔法も無詠唱だね」

「毎日魔力操作の鍛錬をしていますので」

「そっか。じゃあ剣術の鍛錬もしてる?」

「……はい」

「してないんだね」

「今は魔道具をつくるので大変ですから」

「じゃあ、完成したら私が剣の指導してあげるよ」


 断ると「遠慮しなくていいから」とニコニコ笑顔で返される。そこから何回かやり取りし、剣ではなく杖でということになった。知り合いに棒術に詳しい人がいるらしい。

「稽古をつけるまでに話を聞いておくね」と肩に力の入った手を置かれて言われた。稽古からうまく逃げられそうにないことが分かった。


 私は薄鈍色を忘れないように、色の調整をするだけとなっていた魔法陣に書き込む。闇魔法は色を指定するのではなく、色を暗くするというようなものだ。

 そして闇属性なので暗くすることは勿論、色を吸収して明るくすることもできる。 


 今はこのレベルのものだが、いつかは幻影をつくれるまでになりたいものだ。繊細で複雑な魔法なので、上級魔法に分類されるだろう。上級魔法の上の段階で極大魔法があるらしいので、風や氷の属性も含めて扱えるようになりたい。

 一魔法使いとして、私はそう思った。


「ほどほど頑張ってね」


 その言葉をミーアさんは送り、帰っていった。騎士と冒険者を両立しているので忙しいのだ。そんな中に私の様子を見に来てくれたのが嬉しい。


 エリスはそろそろ休憩は終わりだからと仕事に戻っていった。その際、エリスを好きなイオに貰ったお菓子を置いていった。イオの友達からアプローチのために贈っているという話を聞いてから、これは食べていいものかと毎回考えてしまう。食べなければリューの胃袋に全て収まるので、結局は食べるのだが。

 私は一個、お菓子を口に入れる。口の中に広がる甘さから奮発したお菓子だと予想した。いつかアプローチでも結果を出していないイオに、今度お返しをしようと決める。私はその今度をフードなしで迎えるためにも、魔法の発動の際に漏れる魔力を隠す研究を進めた。


 *



 これは夢だ。何回も繰り返し見てきた夢だ。いつの間にか走っている現状に対して、一瞬で分かった。


 苦しい。

 怖い。

 嫌い。

 熱い。


 そう感じさせた男が消えると、痛みは全て消える。もう慣れたものだ。

 私の意思を無視して行動する『私』は、一つも間違えることなく毎回同じことをする。だから『私』の鋭い感情が私に伝わってきても、黙って受けとめることができる。


 ぎりぎりぎりと首が締まる。先程とは違う男だ。持ち上げて視線が高くなってしまった私は、男からの言葉を待つだけの状態だ。


「お前は誰にも必要とされていない。世界からも、人からも」


 そんなことはない。


「いらないんだ。いるだけで罪なんだ」


 違う。


「それなのになぜお前は生きていて、なぜ俺は死ななければならないんだ?」


 そんなの自分で考えれば分かることでしょ。


 私は否定する。だが声には出ないので、『私』は男の言葉が心に深く突き刺さる。


『私』が伝えるこの痛みは、助けを求めている信号だ。私と『私』は同じ存在だが、夢の中では別々に分かれている。だから、助けを求める手と助けようとする手は交わらない。


 今までは。



 声を出そうとして、失敗した。 息をするのもままならない状態なのだ。

 首を締めている手をどかそうとした。その手を掴むが、私の手は震えていて力が入っていない。


 助けようとしたが無理だった。魔法はこの夢では使えない。

 意思だけだ。悲劇の悪夢に打ち勝てる意思を持つまで、敵わない相手だ。


 だが次がある。



 私は男を睨みつける。チカチカとする視界だが、知ったことではない。


 今回は駄目だった。だが、こんなのは何度も繰り返したものだ。何度も負け続けてきた私は、こんなところで諦めたりしない。

 次こそは勝ってみせる。


 その意思をぶつけると、男はせせら笑う。


「やってみろ」


 男は手に強く力を入れた。






 目が覚める。辺りは真っ暗だった。日の光が一切ない真夜中である。


「……そっか。私、眠っちゃったんだ」


 体が痛い。机の上で寝てしまっていた。


「完成、したんだよね」


 それで疲れて眠ってしまった。



 魔道具は完成した。二対の耳飾りのピアスで、小さな魔石が合計四つ鏤められている。これは装飾ではなく、魔力の保管容器だ。

 常に使用する為二日で事切れる量となるが、毎朝供給しておけば問題ない。習慣である魔力操作の鍛練時についでにしておけば忘れることはないだろう。体内の魔力の巡りを感じる際、意図しなくとも自分にかけられている魔法の存在には流石に気付く。


 すっかり目が覚めていることから机の上にある道具を片付けていると、物音でリューが起きた。昨日は暖かい日であったことから、たくさんお昼寝をしていたこともあるだろう。真夜中なのに元気そうである。


「そうだ、リュー。散歩する?」


 真夜中ならば、人は滅多にいないだろう。唐突に思いついた誘いに、リューは目を輝かした。

 おばあちゃんに知られたら怒られそうなこともあって、窓から私とリューは外に出た。部屋は二階だが、風魔法を使えば楽勝なことだった。


 真夜中のセスティー厶の街は静かだった。魔力探知で判断すると、起きていそうな者は巡回中の兵士だけである。いや、私とリューを監視する二人もか。魔道具で魔力を隠しているようだがいる場所は分かる。


 監視者がもつ魔道具は対魔力結界だ。何度も何度も魔力探知をし、そうであると検証した。対魔力結界は魔法を通さないのだが、通さないが故に空気中の魔力の流れすらも魔力探知で示さなくなる。

 今までは空気中に漂う魔力は無視していた。おばあちゃんが監視者がいると教えてくれなかったら、いつまでも気付かないままだっただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る