恐怖を抱かせる存在 ※ネオサス視点

 その場にいる騎士は身をこわばらせていた。自分も、側にいるミーアも、隊長である男も、この圧倒的な対峙するだけで、誰もがこのようなことになるだろう。油断すると震えそうになることは、絶対に情けないとは言わせない。

 現に隊長は体をガタガタとさせている。自分とミーアよりも十代以上年上で経験豊かであるが、それでも目の前の存在の前ではこの場の騎士は皆非力だ。


 スノエさんはそんなことなく、その者とは対等に話している。時々笑い声が聴こえているが、こちらの自分を入れて三人の為にも早くこの時間を終わらせて欲しい。これは公爵様直々の依頼であるのだから。

 それなのに報酬である秘蔵の酒を早速開けて会話を弾ませているのだから、大変だ。もう今すぐにでも帰って妻と娘に会ってごく普通の家庭の暮らしをしていたい。


 二度とここには来たくはないと思っていた。それなのにスノエさんが自分とミーアを指定するから、こんな寿命が縮みそうなことを雇い主である公爵様に頼まれることになった。


 適任であることは分かってはいる。目の前の者に話す内容として森での魔物の増加については置いておくが、目の前の偉大な存在である子に関することについての事情を知っているのは限られた人である。情報を広めないためにも、事情を知っているものだけで動くべきだ。


 スノエさんはその子に関することで森の異変は起こったと確信しているからのこの選抜なのだが、隊長を歓迎してはいなかった。

 自分とミーアだけで十分であると公爵に訴えたそうだが、弟子にした半魔であるクレディアの素性を隠していることで疑われていることから、無理やり隊長を押し付けるようにされてこの顔揃いとなった。


 クレディアは優れた冒険者として有名だったメリンダの娘というところは正直に言っているらしいのだが、顔を隠しているという点から色々なところで探りを入れられている。

 この前は自分に直球でクレディアについて尋ねられたから、余計なことを口を滑らせないことでいっぱいであった。切れ者である公爵様だから、一つのことで命取りになるから肝が冷えた。


 そこまで公爵様が気にするのはセスティームの街で効力が随一な薬を扱っているということから、公爵家が定期的にスノエさんの店で取引しているからだ。その薬に毒が入っているとかなわないので、公爵様は長くやり取りしていることからスノエさんは信頼しているようだがその新しく入った弟子は分からないということでこんな状況となっている。


 公爵様は悪いお方ではないのだ。

 ただ街に害をなす可能性があるならそれを放置してはいけないというだけ。そのため表面にははっきりと現れていないものの対立気味になっている。


 そのせいでスノエさんの護衛をすること、情報を得るという命令を受けているだろう隊長は、半魔がいることを隠している自分達のことを最初は目を光らせていて、とても居心地が悪かった。

 現在はそろそろ震えも目にはっきりと見える形でヤバそうだが。というか本当にヤバくないだろうか、あれは。


「隊長、大丈夫ですか。……隊長? 隊長!」


 隊長が泡吹いて倒れた。 白目になっていて、声をかけるが反応がない。


「ああ、やっとかい」

「スノエさん、隊長が……」


 ミーアは涙目になって言うが、スノエさんは落ちついた様子で生きているかを確かめるように促した。見た目が酷いことにはなっているが、気を失っているだけのようだ。


 するとそれまでスノエさんと楽しげに話していた者は、手加減はしたということを言った。それは自分とミーアを含んでいたので、思わず身をビクリと揺らしてしまう。

 怯えなくてもいいと言うが、これは人間の本能からくる抑えようがないものだ。怯えさせないようにと配慮してくれているのは分かるが、それでもやはり恐怖を抱いてしまう。


「あのう、スノエさん。やっとかいって言いましたけどそれって……」

「べリュスヌースに頼んだのさ。あの騎士がいたら、ろくに話が出来ないだろう?」


 べリュスヌースと呼ばれて、目を細めて嬉しそうにしていた。その名は認められた者にしか呼ぶことはできない。もし仮に誰かがこの方に呼んだとしたならば、即座に首を飛ばされるだろう。

 それを想像して、スノエさんはやはり凄い人だと日頃思っていたことを再認識した。


 ミーアが騎士を介抱する傍ら、スノエさんは本題だということで森での魔物の増加について訪ねた。その増加の前触れではないが、感情の揺れとして起こった森での魔力の流れが一瞬変わったことをクレディアとリューが察知していたということについては驚いていた。

 ぽつりぽつりと感情を吐露する様子を見ると、こういう悩みをもつことは自分達とは変わらないのだと少し親近感を感じた。それでも恐怖が和らぐことはなかったが。


「そんなに気になるのなら、龍祇祭のときに見に来ればいいさ」


 気がかりだが合わせる顔がないというべリュスヌースに、その恐怖を抱かせる魔力はそのときであれば街の中に紛れることはできるだろうとスノエさんは言う。確かにそうだと頷いていた。

 三年に一度ぐらい、これまでやってきたことだったらしい。知らなければ龍祇祭で家族と楽しんでいる最中気にしなかったことだったので、自分は力なくうなだれた。


 そうしてスノエさんはしばらく相談にのり、またべリュスヌースに頼んで無理やり起こした。自分は公爵様にどのように報告しようかと、話すべき内容とそうでないものを仕分けながら護衛の任務を果たした。


 *



 あれから兎に関するミーアさんとやり取りを終えた後、一度薬屋でもある家に一度帰った。そんなに時間はかからないだろうが、依頼の報告などの間の時間にリューが隠れることで窮屈な思いをしないようにするためだ。あと意図せず殺してしまったアルミラージを置くことも。

 自分で思っていた以上に高級肉として知られていたようで、その場にいたエリスも食べたいということから今夜はエリスをいれての夕食となりそうだった。


 そうしてミーアさんの腕に収まっている兎を、噛まれながらもなんとか自分で抱え、まずは兎の飼い主になる家へ向かった。そこで驚いたのが、依頼主がイオの友人である女の子であったことだ。ミーアさんに咳払いをされるまで話は盛り上がってしまい、「また今度話そうね」と約束し別れた。

 だが兎を渡して話すだけ話して去ろうとして、依頼主からのサインをしてもらうのを忘れそうになった。


 呆れられながらも、私は冒険者ギルドで依頼達成の報告をした。受付嬢は「早かったですね」と言う。高ランクのミーアさんに手伝ってもらったことがあったので、規則としては問題ないのだが背徳感があった。

 依頼の報酬は難度の低い依頼だったため少ないものだったが、道中倒した魔物の数が多かったことから魔石を売ることでまあまあまとまったお金を手に入れた。だが魔法陣の本を買うぐらいのお金は調べたところ高価なものなので、それだけではスノエおばあちゃん達への贈り物の分でなくなってしまうぐらいだった。


 予想以上にお金を稼ぐことを甘く見ていたことで唸っていると、ミーアさんが「時間あるし、また森に行く?」と誘ってくれた。どうやらミーアさんの実力だと暴れたりないらしい。私も一発の魔法で沈む魔物には感じるところがあったので、その意見には賛成だった。


 そういうことで、軽い昼食を食べて私達は森へ潜った。リューは一旦家に帰ると寝ていたので、二人での戦闘だ。

 剣士と魔法使いという組み合わせは母で経験していたので、即刻で組んだにしては上手くいったと思う。連携とまではいかないが、一人で相手取るよりは効率良く魔物を狩ることができた。


 ただ前衛であるミーアさんをすり抜けて、中・遠距離で私の魔法で倒しきれなかった魔物は杖や短剣でいなす事があった。久しぶりだったので、へっぴり腰になってしまった。

 ミーアさんが駆けつけるまで初級魔法で威嚇しながらだったので何とかなったが、そのことが原因で「そういえばメリンダから、接近戦教えてあげてって頼まれたんだよね」と思い出さなくてもいいことを思い出させてしまった。


「実戦が一番だよね」という言葉の元、魔物の目の前に放り出されて戦わされた。

 そのおかげで私は元の感覚を取り戻すことができたが、ミーアさんにはそれ以上の技術を求められる。

「もうやりたくない」「接近戦は嫌い」と駄々をこねた結果なのだが、甘い精神を叩き直す為にと魔物の集団と戦わされた途中で私は嫌々メーターが振り切れた。


 もう技術とかなにそれ面倒くさいという考えで、力に任せて杖で突く。すると無意識で身体強化を限界まで魔力で補強したせいか、魔物の体に穴が空いた。そこでミーアさんは変なスイッチが入って厳しかったのが正気に戻った。  


「才能はあるのにそんなこと言うから、無理やりにでも伸ばしたくなったんだよね」


 ミーアさんは後ほど原因を自分で語る。


「魔法で精一杯ですので、ある程度の技術で十分です」

「そりゃ魔法の才能はとびきりあるからそれでもいいけど、勿体ないよ」

「性格的に向いてないんです」

「最後の穴を空けた一撃のときはスッキリしてたのに?」

「それはそれです」


 ときには力の限りにぶっ飛ばしたいときもある。

 魔法でだと土地が見るも無残な光景となってしまうから、こういう形でしかストレスが溜まったときはできない。

「口では言うけど、そんなことなさそうなんだけどなぁ」と呟いているが、スルーする。少なくとも闇魔法が他の属性と同じぐらいの完成度となるまでは、やっている暇はない。



 そんなこんなで、夕方になるまで魔物を狩った。魔石やら高い値段で売れる毛皮などで、私が目立たないようにするためにもミーアさんに換金してもらうと結構な額となった。

 山分けにしてお金を得た私は、閉店になるまでに急いで元々目星をつけていた物を買った。帰宅してまだ夕食までには時間があったことからラッピングをしたところでご飯だと声をかけられる。


 アルミラージの肉をメインにした夕食はと美味なものだった。昔食べたときはただ焼くだけで一種類の料理だったが、今回は煮込んだり調味料で味付けがしてあってとても美味しい。

 スノエおばあちゃんがいつも遠慮して好きなお酒を私の前では飲まないのだが、今日はワインを夕食に出してニト先輩に勧めるぐらいのものだった。いつかこんな料理をつくれるようになりたいものだ。


 食後、お世話になっているお礼だと買った品を渡した。そんなこと気にしなくてもいいとスノエおばあちゃんはいうが贈り物のお酒をあげると嬉しそうにしていた。

 私はお酒を飲める年齢ではないのだが、人にあげる用だと言うとお店側は売ってくれた。


 ニト先輩やエリスにはハンカチだ。手触りがよいもので、「ありがとう」と笑顔で受け取ってくれた。そしてこれだけでは物足りないかと思って、三人にはプラスでリューと共同でつくったポプリをあげた。

 どの花がいいかを毎日悩み、何回も失敗して作り上げたものなので、いい匂いだと言ってくれてとても嬉しかった。


 こうして私の休日は終わった。

 次の日からは気を引き締めて薬屋のお手伝いに精を出し、用事があるということでスノエおばあちゃんが一日留守にするときはいつも以上に張り切り頑張って働いた。薬の調合で魔力を使うものは安定して良い品質のものができるようになったので私の担当となり、役に立てているという実感をもてた。 

 そんな日々を何日か過ごし、今日はお昼にいつもより長い時間の休憩をとれたことから、魔法陣に関する本を買いに行くことにした。

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