ミーアさんと依頼

 森にきてリューにリュックから出てもらうと、以前とは違い落ち着いていた。勝手に一匹で飛んでいった結果、エリスを巻き込んで魔物に襲われそうになったことをスノエおばあちゃんが叱り、今日もしつこく言われていたから当たり前かもしれないが。

 それでも瞳はキラキラと輝いているので注意しておこう。


「……やっぱり話を聞くよりも、生で見たほうが実感が湧くね」

「そうですか?」

「だって、クレアぐらいの子がこんなにバッタバッタ魔物を狩ったりしないから」


 私達の周りには魔物の骸が転がっている。まだ生きていてピクリと動くのもいるが、自然な流れでミーアさんが剣でとどめを刺している。


「冬と比べてみても、やはり魔物の数が多いです」

「向こうから大量にやってくるから、依頼は直ぐに終わりそうだけどね」 

「魔物に関する依頼ならこれで終わりました」

「あとは兎の捕獲のものだけかな? 難しそうだね、まだ動物は一匹も見てないし」


 大量の魔物を恐れて隠れているか、それとも食べられて数を減らしたためか、そのせいで動物の気配がしない。魔物と違い魔力量は限りなくゼロに近いので、魔力を探ってみても見つけられない。


 動物のことは一先ず置いておき、魔物の討伐証明となる部位をとることになった。

 魔物というのは、空気中に漂っている魔力が淀んだり濃縮されて固まってできた魔石を核を元にして発生している。それには魔力以外にも負の要因やらが必要となるようで、自然にしか発生はしない。自然発生以外にも繁殖行為をして数を増やすことも出来るが、この方法にも親が子に魔力を注ぎ誕生することになる。


 つまり、言いたいことは全ての魔物は多かれ少なかれ例外なく魔力を持っているということだ。そして魔物が死ぬと魔力は空気中に戻り、また核の魔石となったりしたりと循環する。


 魔物は死ぬと殆どが魔力に還元され、三日から四日ほど経つと魔石を残して消えてなくなるが、魔物の体内に魔力が多く含まれている部分は、その部位に残ることとなり魔石と共に残されることとなる。爪、皮膚、骨などだ。優れている器官が多い。

 素材として使われ、肉だったら食用として食べられ、あとは討伐証明としても使われる。


 今回の場合はゴブリン数匹討伐依頼を受けていて、証明として耳を剥ぎ取っていかなければならない。見た目からして気持ちがいいものではないが、やらないと依頼完了と認められないので嫌々行う。

 ミーアさんは無情にも手伝ってくれなかった。


「ミーアさん、酷いです」

「リューが手伝ってくれたから、私は必要なかったでしょ?」

「でも耳を剥ぎ取る作業は私だけですし」

「まだ魔石の分がないからマシな方だよ。ほら、頑張って!」


 ゴブリンは魔石は欠片ほどで、探り出すのが大変なことと利用価値など屑同然なので放置だ。

 リューは討伐証明の部位を入れる袋を持っているだけだが、血があまり好きではないので「ガゥー……」とミーアさんが手伝ってくれないことで項垂れていた。


「そういえばさ、クレアは人前では魔法の詠唱したほうがいいと思うよ」

「……目立つから、ですか?」

「高位の魔法使いの中でも優れた者しか無詠唱は出来ないからね。せめて口元を動かすぐらいはしたほうがいいよ」


 実は詠唱は長年使っていないことで、忘れているところもある。詠唱は魔法を発動させるための補助みたいなものなので、魔力操作を毎日練習しているお陰でなしでも魔法は使えるようになっている。

 森にいたときより行動範囲は広くはなったが、周りの目を気にしなければならないというのはだいぶ面倒だと思った。


「あ、兎発見」

「えっ、どこですか?」

「あそこ。全体は見えないけど、きっとそうだよ」


 白くてモフモフしたのが草むらに隠れていた。リューも見つけたようで、ぴょんと跳ねる様子を見て駆け寄ろうとしているのを私は咄嗟に抑える。


「逃げてしまうから駄目だよ」


 なんで、と不思議そうだった。リューは逃げたのを追いかけて遊ぶだけだからいいが、私は依頼達成のためにも捕まえなければならないのだ。


 ペット用に兎が欲しいという依頼の内容なので、怪我はさせないようにしなければならない。忍び寄って捕まえるというのは逃す自信しかないので、魔法を使うことにする。

 檻で閉じ込めるのが一番確実かと考えていると、リューがバタバタと暴れた。

「おばあちゃんに言われたこと忘れたの?」と言ったら落ち着いたが、しょんぼりとしているのを見ると心が痛む。


「うーん、ならリューが捕まえる?」


 追いかけることから最初から捕まえるという方向にするなら多分翼ではなく魔法を使うことになるので、確実に兎は逃げ出せなくなるだろう。

 そう提案すれば、途端に元気になった。変わり身が速い。


 念のため追いかけ出さないように腕でリューを抱えていたのをそのままに、音を立てないように近づく。兎に気付かれないような距離まで行き立ち止まると、リューは心得たとばかりに魔法を発動させた。


 植物が意思を持ったように動いた。もう何度も見て慣れた光景で、あっという間に兎の胴体をぐるりぐるりと巻いてしまう。

 やったあと言わんばかりに尻尾を大きく動かすリューを褒める。私もこれで依頼は全て達成だと思っていると、ミーアさんが遠慮そうに私達に声をかけた。


「あー……喜んでいるところでごめんなんだけど、これ兎だけど魔物の方の兎だった」

「え」


 少しの距離が空いているのを歩みよって縮めると、額に角が生えギラリとする大きく鋭い瞳のアルミラージだった。自分の体に巻き付いて離れない植物から逃れようと暴れている。


「ああ、ごめんっ、そんなにがっかりしないで!」

「……いえ、確かめなかった私も悪かったので」


 だが依頼が終わったら、おばあちゃん達へのお世話になっているお礼の贈り物をゆっくり選べれると考えていたので、がっかりな気持ちは抑えれなかった。

 兎を見つけるのは大変になりそうだと一つ溜息をついてしまう。ミーアさんは「頼りにならないって思われた!?」と誤解しており、「そんなことないですよ」と言うが聞こえていないようだった。


 そんなやり取りをしている間にも、アルミラージが暴れ続けている。魔物だからスタミナがあり、捕まった状態から逃げたくなるのは当たり前のことだが、いくらやっても胴体に巻き付いた植物からは逃れることはできていない。捕まえた側としても哀れだった。


 さて、この哀れな兎をどうしてしまおうか。目的だった動物の兎でなかったからと逃がすのには勿体ない。そういえば、この魔物は額の角と肉が取れるのだったな。母が今より幼かったころにとってきてくれて、そのときに食べたお肉の味はとても美味しかった覚えがある。

 何かを感じ取ってブルブルと震えだすアルミラージだが、安心してほしい。残るところなく美味しく食べてあげる。お肉好きなニト先輩にお世話になっているお礼にあげる贈り物としてもいいかと、結局は食べてしまうことには変わりないことで考え込んでいると、アルミラージの震えが限界を超えたのか失神してしまった。


「……クレア」

「私のせいではないです」


 多分。リューもつついても動かない様子が残念なのか訴えるような目で見てくるが、違うったら違う。


「もしかして死んでるんじゃ……?」

「いや、流石にそれは」


 ない、と言おうとして、リューが首をブンブンとふったことで、私の言葉は出すことなく否定された。


「……これは責任をとって美味しく食べるしかないですね」

「元々そうするつもりだったよね?」


「高級肉だから気持ちは分かるけどなぁ」と羨ましそうにちらちらと見られたので肉は半分あげることにし、残りは私が食べたいことから今夜の夜ご飯にとスノエおばあちゃんに託すことにした。


 魔物だからいずれ血とかが魔力に還っていくが、それまで待っていると肉の鮮度が悪くなる。そのためまずは血抜きをしようと剥ぎ取り用のナイフを手に持って近づくと、死んでしまったアルミラージに駆け寄る白いモフモフが二つあった。


 一回り小さい兎だった。親子だったのか、アルミラージの前で守るようにして私の前に立ちはだかっていて、キューキューと鳴く様子は私の罪悪感を強く刺激する。だがそれはリューが新たな遊び相手を見つけたことで追いかけるまでだった。


「え、あ……。リュー駄目!」


 精神的ダメージがあって止めることは遅かった。その兎は魔物ではなく動物だ。依頼達成のためにも無事捕まえなければ。


「ガウー! ……ゥ!?」

「はい、捕まえた」


 幸い、ミーアさんが直ぐにリューを捕まえてくれた。首の辺りを掴まれていて、ぶらぶら揺れている。兎二匹も同様に捕獲したようで、守ってくれたことが分かったのか、腕に抱えこまれているだけだが逃げる様子はなかった。


「すいません、ミーアさん。ありがとうございます」

「全然いーよ。私は頼りになるからね!」


 溜息の誤解をしたままのミーアさんがアピールをする。私は否定せず、「はい、頼りになります」と答えた。


「このアルミラージは動物だったのが魔物化しちゃったんだろうね」

「魔物化ですか?」

「空気中の魔力が多かったら、魔物に変異してしまうことがあるの。だから新たに発生する魔物が多くなって依頼の数が多くなったのかな?」


 なるほどと思い、ふと森で起こった魔力の不自然な流れのことを思い出した。その流れが起こったのは一週間前で、魔物が増えはじめたのも一週間前だって冒険者のおじさんが言っていた。


 何か関係してそうなものだが、そのことはおばあちゃんに頼んである。原因を知っている者に心当たりがあると言っていたが、その人に会うには距離が離れているのだろうか。まだおばあちゃんからは何も聞いていないので、会っていないのだろうとは思う。


 まあそのうちおばあちゃんが話してくれるだろうと結論づけ、私はミーアさんが抱えている兎に癒やされようと手を伸ばすが噛まれた。「この子達の親を殺しちゃったから仕方ないよ」ともふもふを味わいながら慰められたので、捻くれてアルミラージの肉はあげないと言うと慌てた様子になって面白かった。

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