不憫な少年、再び

 おばあちゃんは仕事があるので、衛所からは寄り道しないで家まで帰る。その途中、私はとても困ったことになっていた。


「……なあ」


 睨みつけてくる少年はとても見覚えがある。エリスが好きということが本人以外にはバレバレとなっているイオだ。


「何?」

「お前、女だったのか……?」


 スカートを履いていることで気づいたのだろう。いや、完全に気付いていないか、疑問形だから。

 こんな反応をされると、地味にショックだ。この年で溢れ出る女の色気というものは出ないが、エリスに選んで買ったスカートを穿けばローブを着ていても可憐さは出ているはずだ。それに女性特有の声が高いというとはないが、衛兵さん達に性別を迷われることはなかった。


 失礼な少年だな。

 イオがエリスに好かれない理由が少し分かった気がする。


 おばあちゃんは「もう仲がいい同年代を見つけたのかい?仲良くするんだよ」と先に一人で帰ってしまった。仲良くないのに。

 ……ここは精神年齢が高い私が、大人の対応をして仲良くするべきなのだろうか。

 現在友達といえるのはエリスだけだしなあ。


「おい、聞いてるのか?」


 声をかけられて、意識が現実に引き戻される。

 いつの間にか距離が近づいていたことに少し驚いてしまって、パチリパチリと瞬きをする。


「名前。お前、名前はなんていうんだ?」

「……昨日、エリスが紹介してくれたよね」

「忘れたんだよ」


 私、恋の伏兵として認識されていたんだよね?誤解は私が女として解けたが、さっきまで重要な立ち位置にいた人の名前を覚えていなかったのか。


「イオはバカなの。ごめんね、バカで」

「バカバカ言うなよ!」

「しょーがねえよ。バカなのは事実だからな」

「ほんとよね。昔からバカなのは治らないから」

「お前ら……っ!」


 隠れていたイオの友達が私の前に現れて言った言葉にイオは憤り、「イオがマジギレした!」とバラバラに逃げていった。

 それをイオは追いかける。足が速い。


「ほんとにごめんね。イオは思ったこと、全部口に出ちゃうのよ」


 女の子が私に話しかける。イオは私達に背を向ける形で男の子を捕まえようとしているところだから、この女の子には気付いていない。


「性格が悪いわけじゃないの。だから許してあげて」

「……まあ、見ていれば分かるよ」


 そうでなければ、こんな友達思いの子がいるわけがない。

 きっとエリスと同じで、恋に関することになると盲目になったのだろう。私は恋というものは経験がなくてよく分からないので、どんな気持ちになるのか知らないが。それでも恋をしている人はその想いを叶えるために頑張っていて、好印象に映る。


「あの、一つ確かめたいことがあるんだけど、あなたは私の名前覚えている?」

「もちろんよ。クレディアでしょ」

「うん……良かった」


 イオの友達も私の名前を覚えていないかもという懸念していたことを確かめ、改めてたがいに自己紹介した。

 この子なら仲良くできそうだ。


「次、お前が鬼な!」


 イオが走ってきてその言葉と共に私に向かって手を伸ばすので、私は咄嗟に避ける。


「……は?」


 空振ったせいで、間抜けな表情と声をしていた。避けたときはスカッと効果音が出ていそうなぐらいだったので、私は心地よい。


「えっと、ごめんね?」


 どうやら状況を察するに、追いかけているうちに目的が変わって鬼ごっこになっていたらしい。それで鬼となっていたイオが私にバトンタッチしようとしたが、私が避けてしまった。

 なんか、申し訳ない。というか鬼ごっこ、この世界にもあるのか。


 そんなことを考えている間も、イオは私を鬼にするのを諦めていない。私はお母さんとの鍛錬の賜物の足さばきを披露して、次々空振りさせているのだが。


「〜〜くそっ! どうなってんだ!」


 隣にも鬼になれる子がいるのに、イオは私を標的にしたまま狙う。意地になっているなあ。


「わぁ!クレディア凄い!」

「すげー。イオがやられてる」


 ずっと攻防をしていたので、鬼ごっこが二人だけのものになり観戦されている。通行人にも見られてて、私達は目立っていた。


 目立つのは良くない。大人の人が「子供なのにすごいな」と私を見て言うので、もう鬼になればいいかと思い、避けるのをやめた。

 最後は呆気なく終わり、イオはしばらく黙りみるみる顔が真っ赤になった。


「大丈夫?」


 喜ぶと思っていたので、この状況についていけない。何が起こった。


「っ覚えてろ!」


 キッと睨まれ、イオは逃走していった。いや、ほんとに何が起こった。


「クレディア、あれはないよ」

「えっ。なんで?」


 ついていけてないの、私だけ?


 話を聞くと、今までイオは頭に関することは除くが、体を動かすことには誰にも負けたことがないらしい。それを私に完膚なきに叩きのまされて、あげく気を使われてわざと私が鬼になった。

 私はそんなつもりなかったが、周りにはそう見えたらしい。


「多分、イオはまた来るよ」

「勝負を挑みにねー」

「負けず嫌いだから」


 そうなのか。憂鬱だ。


 とりあえず、その場にいたイオの友達と名を再び名乗りあい、お喋りする。おばあちゃんの言うとおり、イオ以外と仲良くすることは達成できた。




 懐かしい風だった。完全に同じではないが、街では味わえれない自然を感じられる。

 懐かしいという思いは、森での生活ではなく母との生活に対してだ。 まだ一週間も経っていないのに、こんなにも寂しい。森から近くの、野原での風でそう感じるほどに。


「クレディアー! こっちだよー!」


 エリスの呼びかける声だ。感慨に浸っていたことで足が止まっていたらしい。私は背負うリュックを揺らしながら、駆け寄る。


「これが下級回復薬の材料になる薬草だよ」

「この辺り一面?」

「うん」

「たくさん生えてるね」


 辺り一面、その薬草だらけだ。森の中の家で住んでいたころに、本に書いてあったのとスノエおばあちゃんに教えてもらったから雑草ではないと判断できるが、何も知らなかったらそうとは限らなかったかもしれない。


「一束ぐらい、採取してみるか。冒険者ギルドに持っていく分は帰りにすればいいし」


 ニト先輩に言われて、私は根っこの上をもって鎌で薬草を採取する。


 冒険者になって次の日、私は弟子として薬草の採取の仕方、注意、群集の場所などについて教えてもらうことになった。

 スノエおばあちゃんはいない。今日は定休日になっていて、休んでいるということはなく薬の調合をしている。代わりに同じ師匠の弟子で私からすると先輩であるニト先輩とエリスに教えてもらっている。街から出て、こうして実践的にだ。誰かに教えることも大切だというおばあちゃんの方針で、互いに真面目に学びあっている。


 森から近い場所だが魔物との遭遇はない野原で生殖しているありふれた薬草なので、Fランクの冒険者が受けられる常時の依頼だ。

 家の手伝いや薬屋の商品を少し運んだぐらいしか家を移ってからやれることはなかったこともあり、薬草の採取の練習だということで一束採取するという弟子らしいことをして気分は上々だ。


「クレディアちゃんも子どもっぽいところがあったんだな」

「私、子どもですよ」

「そうだけど、子どもにしては落ち着いた雰囲気を持っているからな。少し安心したよ」


 前世の記憶があるせいで精神年齢は高校生だ。気分が高まったりすると体につられて年相応になりはするが、それはたまにしかない。

 もっと子どもらしくした方がいいかと考えるが、静奈だったころの時代も今とそう変わらない気がする。親の影響で色々と達観していたので、このままでいいかと結論を出した。


 それから森に移動することになった。野原辺りの薬草は誰でも採取しやすい薬草で、そういうものはおばあちゃんの薬屋では買い取っているらしい。

 街の子どもの小遣い稼ぎにもなる薬草採取なので、だから私達は採取の仕方が特殊なものだったり希少な薬草を主に採取しにいく。

 もぞりと背中で何かが動いたことで、そういえばと私は思い出す。


「リュー、そろそろいいよ」


 背負っていたリュックにそう言えば、その中からリューが飛び出てきた。


「苦しかったよね。大丈夫?」

「ガゥッ」


 パタパタ私の周りを一周飛んでいるのを見る限り、大丈夫そうだった。森の中だと人目はそうないので、冒険者にさえ気をつければリューは見つからないだろう。


「元気そうだね。街だと寝てばかりいたから意外」

「俺も。昼によく寝ている分、夕食時は起きてはいるがまた寝ていたからな」

「リューは寝るのは好きだけど、遊ぶのも好きだよ」


 ずっと家に閉じ込められる状態だったから窮屈で、寝るのを優先していたに違いない。溜まっていたのもあって、今はいつも以上に元気いっぱいだ。


「気持ちは分かるけど、危なくなるようなことはしては駄目だからね」


 この場所は森で、森の中の結界内という訳ではない。魔物がいる。注意を促すと、分かっているよと鳴き声が返ってきた。


「魔物避けをしているから、そう心配しなくてもいいと思うよ」

「森の深いところまでは行かないからな」


 森には魔物がいることから、魔物を遠ざけるお香を炊いている。そんなものがあることをさっき知って、便利だと思った。だけど弱い魔物にしか効果がないらしいので、楽観視はできない。

 再度私はまだはしゃいでいるリューに忠告して、止まっていた歩みを進めた。

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