冒険者ギルドへ

 朝になった。昨日は買い物で自分で思っていた以上に疲れていたようで、まだ寝足りなかった。体に関しては母に強制的に鍛えられていたのだが、慣れない買い物や街には多くの人がいて、身体的にも精神的にもくるものがある。

 あと少しだからと買ったものを部屋にある程度片付けていて、睡眠時間がいつもより短かったのも関係しているだろう。


 それでも私はこくりこくりしながら、体内の魔力を循環させ鍛錬する。昨日と違ってリューは起きていた。

 寝ぼけまなこでも何年も続けている魔力循環では失敗しないのだが、魔力を扱っていることから多少なりとも危険はあるので、リューは起きてと尻尾で私をペチペチ叩いた。



「冒険者ギルドに?」


 朝食を家にいる皆で取っていると、今日の予定についてスノエおばあちゃんがその行くと言ったので、私は聞き返してしまった。


「……なんで?」

「あんたが冒険者の方が都合がいいからさ」


 どうやらこの町で暮らすにあたり、永住権を取得しておいた方がいいからという理由らしい。冒険者になり活躍しておけば申請は通りやすくなる。店の手伝いをしながら冒険者を兼ねることになるが、常時発注している薬草採取の依頼を受ければ負担は軽くなるとのこと。

 非常事態に収集をかけられるデメリットがあるものの、滅多に起こるものではないらしい。

 

 私は世界を見て回るためにいずれ冒険者になろうとは思っていたので、登録することに了承を告げた。 

 冒険者ギルドに行く時間は人が少なくなる昼頃らしい。それまでは手伝いということで、皿を洗ったり開店前に店の商品を運んだりした。おばあちゃんが配慮したのか、お客さんに私の姿を見られることはなかった。


「リューはお留守番ね」

「……ガゥ」


 寂しそうにしているリューをおいて、おばあちゃんと共に冒険者ギルドへと向かう。リューはこのままだとずっと家にいなければならないのだろうか。相談すると、おばあちゃんは森に行くときにこっそり連れていけばいいとのこと。

 街に来てからリューとは離れて行動することが多いので、薬草取りが楽しみになった。


 冒険者ギルドは二階建で、建物内には冒険者と思われる男性が三人いた。私達は早めに昼食を食べてきて時刻はちょうど昼飯時だ。なおさら人がいない時間帯だった。


 おばあちゃんの後ろを歩いていると、「オッス」「こんにちは」といったように挨拶される。勿論、おばあちゃんに対してだ。私には視線でチラチラと見られる。

 いないものとして扱ってほしいがおばあちゃんは有名で、屈強な男達がぺこりと頭を下げるので無理な話で凄い光景だった。


「こんにちは、スノエさん。今日はどうされましたか?」


 受付の人は可愛らしい女性だった。当然のようにおばあちゃんの名前が受付の人に知られていて、有名なことが分かる。


 そういえば、私ぐらいの年齢の子に小遣い稼ぎとして、街付近で採取できる薬草の依頼をしていると聞いた。そして朝の薬屋を客に見つからないようコソッと様子を伺ったが、にぎやかなものだった。

 冒険者が朝は多く、回復薬が次々と売れていた。そのことを踏まえると、冒険者ギルド内でスノエおばあちゃんが有名なのが理解できた。


「はい、どうぞ」


 受付の女性がにこやかに紙とペンを受付台に置く。おばあちゃんが女性と話を進めていて、私のために踏み台も準備してくれる。乗ってみると、ピッタリの高さだ。礼を言い、冒険者になるべく必要な記入を書く。

 名前、年齢、性別、種族、出身地、得意な武器など、書く部分は少ない。

 それでも正体を隠すためには正直に書けないところは多く、必ず書かなくてはならなかった種族は人間とし、出身地は空欄にしておいた。


「終わりました」

「それでは、確認しますね」


 受付の女性が一通り目を通す。


「種族のことでですが、一応フードを下ろしてもらって見させてほしいのですが……」

「この子は人間さ」

「スノエさんが連れてきた子なので信用はしていますが、規則ですので」


 こんなところに伏兵が。自然におばあちゃんが必要ないだろう、と言うが、受付の女性は引かない。

 こんなことになると分かっていたら、ローブに頼りっきりにするのではなくて、ウィッグだったり髪を染めたりして対策をとっていたのに。


 ハラハラとしていると、おばあちゃんが「……ここだけの話にしてほしいんだが、」というところまで聞こえて、二人で内緒話をし始めた。

 私のことをバラしてしまうのだろうか。そこまで親しい間柄という訳ではなさそうなのに。


 だが、そういうことではないようだった。驚ろかれることも恐れられることもなく話は終わり、受付の女性が「ごめんね、そんな事情があったんだね」と哀れんだ表情で見てくる。「顔は見せないでいいよ」とフードの上から頭を触られ、これだけで種族の確認は終わったようだ。


「……何話したの?」

「なに、事前に用意していた話を聞かせただけさ」


 詳しく言うと、私が顔を見せたくない理由を適当にでっち上げて、物語風に聞かせたらしい。

 よく見ると、受付の女性が涙目になっている。


 後で口裏を合わせるためにその内容は聞くとして、心情はさておき種族のことに関してバレなかったのは良かった。


 受付の女性の目線が気になる中、重罪を犯したことはないか真偽をはかることになった。真偽が分かる魔道具である丸い水晶に手を置いて、質問に答えるだけの簡単なものだ。

 森での生活は暇なことが多く魔法に関する研究をしていた身としては、分解してどうなっているか確かめたい気持ちになってしまう。こういうところは似ているところなんだろうな、とまだ見たことがない父に思いを馳せた。


 冒険者としての説明や注意事項を聞き、登録料をおばあちゃんが払う。身分を証明できるタグをもらって登録は終了した。

 タグは他者から見える位置に身に着けておいた方がいいらしい。杖がある腰の辺りにぶら下げておくことにした。


 踏み台は片付けてくれるということで、依頼が張られている掲示まで見ることになる。私のランクはFランクで、二週間の間に一回依頼を受けなければ冒険者の身分は剥奪されてしまう。


「私ができそうなのは……薬草取りか掃除、それと動物を狩るぐらい?」

「Fランク以外にもEランクの依頼は受けれる。あと魔物の素材は依頼がなくても買い取ってくれるさ」


 おばあちゃんは冒険者ではないものの詳しいらしく、細かい点を教えてくれる。八歳という年齢に配慮して分かりやすく簡潔に受付の女性は話してくれたが、一気に言われたのでどこか一部抜けてしまっていた。


「前にも言ったが、クレアには薬屋で働く際は薬草取りから始めてもらう。弟子は皆そこから例外なくやっているからね。そのついでに常時依頼が出ている薬草を主に受ければいいさ」


 私はお手伝いという気分でいるから、弟子と言われても慣れない感じがする。おばあちゃんは誰に対しても、働いてもらうからには知識も技術もしっかり教える考えらしい。どのくらいの期間、おばあちゃんにお世話になるのか分からないが、弟子として扱ってくれるのならばその立場にふさわしい意気込みで教えられることを吸収したい。

 依頼を受けるには掲示されている紙を受付まで持っていかなくてはならないが、常時の依頼はしなくてもいいらしい。明日薬草取りをするということなので、私とおばあちゃんは冒険者ギルドを後にする。


 その次には衛所に行くことになった。永住権の申請はそこで行うらしい。

 冒険者として何も活躍していないので通るものかと不安だが、基本はスノエおばあちゃんのコネごり押しでいくらしい。なんて頼もしい。


「スノエさんと……クレディアちゃんだったな。二日ぶりですね」


 衛所には私が街に入るときに担当してくれた衛兵がいたので、今回の手続きも同様にやってもらった。待ち時間があったので、椅子に座ってぼうっとしていると「どうぞ」と愛想のいい先程とは別の衛兵さんがジュースを出してくれる。

 丁度喉が渇いていたのでありがたく、ごくりごくりと胃に流し込む。


「いい飲みっぷりだなぁ」


 ハッと気付くと、微笑ましく見られていた。恥ずかしい。八歳児ならよくあることだろうから、むしろ堂々とするべきだろうか。

 普段からもっと子供らしくするべきなのだろうかと、うんうん唸っていると手続きは終わっていた。


 帰る前に待っている間に話し相手となってくれたり飲み物をくれたことのお礼をいうと、よしよしと手続きをしてくれた衛兵が頭を撫でた。

 前回とは違い、力はそれほど強くない。優しい手つきでもないが、視界が揺れることはないのでちょうどいいぐらいだ。

 すると見ていた他の衛兵達がそれに習って私の頭を順番に撫で始めた。なんだこれは。面白がってやっているというのは伝わってくるが。


 嫌という訳ではないが、動物園で触れ合えるうさぎとかの動物はこんな感じだったのだなと実体験している気持ちになった。ただ新しい街の住人として歓迎していることが伝わって、フードの中で私は人知れず嬉しくて口が緩んだ。

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