母の友人と不憫な少年
店に来店したばかりの客の男女に向けられた、エリスの「お父さん」という声に男性が反応した。そして嬉しそうに手を振っているエリスを確認すると、男は女に一言二言告げてこちらに向かってきた。
私は男の姿に見覚えがあった。それは女の人に対しても同様で、どこで見たかなと記憶を探ったが、昔のことでもやがかかったように何も思い出すことはできなかった。
「今日は仕事じゃなかったのか?」
エリスに似て器量が良い男は咎めるようなものではなく、純粋に疑問に思って問いかけたようだった。
「仕事だったよ。でも買い物を頼まれて、今は休憩中なの」
「買い物? 必要な材料とかかい?」
「うん、そんなところだよ。薬屋に必要なものじゃなくて、クレディアのだけど」
エリスの視線で、同じ机のところに座っていた私に男は気付く。
「はじめまして、クレディアです」
「そうか、君が……」
無難な挨拶をすると、相手は私のことを知っている様子だった。私は惜しいところまで来ているが、やはり相手の人達については分からない。
「そう言えば、挨拶がまだだったな。私はエリスの父でネオサスだ」
「私はネオサスの仕事仲間のミーア」
エリスはミーアさんとは初めて会ったらしく、「父がお世話になってます」と返した。
「実はクレディアちゃんとは一度あったことがあるんだけど……さすがに覚えてないかな?」
「確か歩けるようになった頃ではなかったか? そうすると、年が経つのが早いように感じるな」
「……あ! リューを連れてきた、お母さんの友達ですか?」
疑問形だったが、確信がある。私は赤ちゃんだったころから前世の記憶をもった自我をもっていたが、今となってはそのころの記憶は忘れている部分が多い。
それでもネオサスさんとミーアさんのことは覚えている。二人とも方向性は違うが器量が良かったし、退屈していたころに森の家に来たから印象が強いのだ。
「私達のことをメリンダから聞いていたのかい?」
「は、はい。そうです」
危なった。二人を覚えていると知れたら、異常な子だと思われてしまう。
それに大丈夫、嘘は言っていない。母は自身が冒険者や傭兵だったころの話をよく聞かせてくれた。その話の中に二人のことはよく出てきたものだ。
「お二人のことは気の置けない友人であり頼りになる仲間だと言っていました。何度も助けてくれた、とも」
「そうか……。なんだか照れくさいな」
「そうだね。私達の方がよく助けられれていたのにね」
母が信頼を置いていた友人は嬉しそうだった。
「私の知らない事ばかり話していてずるい」
私のローブを軽く引きながら、エリスはぷくっと可愛らしく頬を膨らました。
「じゃあ、ネオサスの昔話でも聞く? お父さんの知らない一面、教えてあげる」
「わあ! 聞きたい!」
困っていると、ミーアさんが助け舟を出してくれた。私はこっそりウィンクしてきたミーアさんにお茶目なところがあるということを思い出し、ふふっと笑ってしまった。
美味しい昼食を食べながら話で盛り上がっていると、時間はあっという間に過ぎた。ネオサスさんはくたびれた様子だったが、私は将来世界を見て回るという夢に役立ちそうな話を聞けて満足していた。
「困ったときはいつでも相談してほしい」
エリスとミーアさんが二人で話している中、ネオサスさんが傍に来てそう言った。
「実はメリンダから君のことを頼まれているんだ」
「お母さんが?」
「ああ。だから遠慮せずに言って欲しい。……半魔だと苦労することはあるだろうから」
半魔という言葉で、ネオサスさんの顔を思わずまじまじと見てしまった。
「なぜ知っているの」と口を開こうとしたが、そういえば赤ちゃんの頃の私の容姿を見ていたしなと思ってやめた。
「私は娘と嫁がいるから、これは自分のことだからとメリンダ一人で戦場に向かわせることになってしまった。だから、せめて君のことはメリンダの償いとしてなんとか力になりたいんだ」
「……ネオサスさんがそこまで気にしなくても大丈夫だと思います。どう言ったとしても、母は譲ることはなかったと思いますし、迷惑はかけられません」
「それ抜きにしても、子どもを助けるのは大人の役目だろう?」
互いに譲らない口論の末、結局押し切られる形となってしまった。言い負かされた感に苛まれてうなだれ、ネオサスさんはそんな私の頭をぽんぽんとした。
「クレディア、そろそろ行こう?」
買い物の続きをするために、ネオサスさんから逃げるようにエリスに駆け寄る。その途中でミーアさんにも「頼りにしてね」と言われ、居たたまれなくなり小さく「はい」と返した。
「何話してたの?」
「……内緒」
人差し指を立てて口元にもってきて、意地悪く笑う。エリスは私がそう返すとは思わなかったのかきょとんとしていて、私はそれが面白かった。
母の友人と別れた後は、午前中の服屋でつぶれた時間を取り戻す勢いで必要なものをそろえていった。
エリスにあれもこれもと言われながら買っていくので、当然荷物は増える。動きが制限されるので服のときと同様に家に送ってもらったが、今頃大量に届いて騒然となっているだろうか。薬屋を営業しながらそれらに対応しなければならないので、家に帰ってからが怖くなった。
屋台での美味しそうな匂いにつられて衝動買いし、食べ歩きをしているときだった。
「エリス!」
声のする方を見ると、一人の少年が先頭にして男女が複数人いる子どもの集団がいた。エリスの友達らしい。
「なあ、今日仕事は?」
くしくも、ネオサスさんと似たような言葉だ。最初にこう言われるぐらい、エリスは仕事ばっかりしているのだろうか。ちょっと不安だ。
「今が仕事中だよ」
「焼き鳥食ってんのに?」
美味しそうな匂いにつられて焼き鳥を買ったのだが、男の子に食べている姿を見られると恥ずかしくなってくる。だが相手の視線はエリスに多く集中している。さっきからエリスに話しかけている少年は特にだ。
私はさっさと食べてしまおうと口にほおばり、もぐもぐする。するとエリスはネオサスさんと同じように説明したので、皆の視線が一気にこちらへ向いた。
「……お前、誰だよ」
「クレディアだっていったじゃない。だからお前って言わないで。私の友達なんだから」
「ふーん」
少年の視線がやけに攻撃的だ。ぐさぐさと突き刺さってくる。この目は見たことがある。エリスが嫉妬して見せたものと同じだ。
つまり、少年はエリスが好きってこと?
エリスは可愛いから、納得できる。
だがエリスはニト先輩が好きで。
つまり三角関係!?
頭がぐるぐるしてきた。
私よ、待て。ニト先輩が誰が好きかは知らないし、いるかもどうか分からないからその考えは早計だ。
とりあえず、ごくりと口に入っていた焼き鳥を飲み込む。このままじゃ、のどに詰まらせてしまう。
ここは冷静に周りの様子を確認。母が言っていた。
正しい判断が出来なくなったまま行動すると、最悪の事態となってしまうと。私はまず少年の後ろにいる子供達が囁き合って何か話しているので、風魔法を用いて音を拾った。
「まさか伏兵がいるとは」「仲良さそうだよ」「杖を持ってる」「魔法が使えるかも」「怪しげなのに」「顔がいいかもだよ」「フード取ったらカッコよかったりして」「二人で買い物って、デートだよね」「イオは気を引こうとして精一杯なのに」「エリスの前だと強引なところがあるよね」「それでちょっと避けられてる」「男子はバカだから」「俺らもか!?」
私がいつの間にか恋の障害となっていた。森での生活で訓練ばっかりだったせいで、私服はズボンが多い。今日も女らしさがないズボンだから、男と間違えられたのだろう。
エリスとイオという名前らしい少年を見ると、どうやら私のことを話しているらしい。エリスはイオが私に良くない印象を持っていると感じたのか、私の魅力について語っていてイオは不満げに聞いている。
それは逆効果だ。どんどん私を見るときの顔が酷くなっていくことがそれを証明している。
私が女だって教えればいいんだけど、会話の入りどころが見当たらない。聞き役が多い私なので、こういうときは困ってしまう。
「もうイオなんて知らない!」
内心オロオロとなっていると、エリスが怒った。ずっとどう話しかければいいか考えていたので、どうしてそうなったか分からない。
そしてエリスは私の手を引っ張ってイオ達から離れていった。
「エリス、どうしたの? 何をそんなに怒っているの?」
「クレディアはなんで怒ってないの? イオは悪口ばっかり言ってたんだよ」
私の為に怒ってくれたということだろうか。私は嬉しいけど、イオはショックだろう。エリスに強引だったということから好感度が元々低かっただろうが、今回のことでさらに悪くなった。イオが不憫すぎる。
「別に私は気にしてないよ。相手は意地になっているだけだから」
「……クレディアは優しいね」
フォローしたが失敗する。
「もしイオがまた何か言ってきたら、私が守ってあげる。だから安心してね」
逆に安心出来ない。余計にこじれてしまう。
私は意気込んでいるエリスにそう言えないまま、残りの買い物を済ませた。
幸いイオ達とは会うことはなく、ほっとしながら新しき家へと帰ると、おばあちゃんが仁王立ちしていた。その近くには、魂が抜けているニト先輩もいる。
「買いすぎだ! このバカ弟子が」
ゴンと拳骨が下る。こうして私は夜遅くまで買ったものを部屋に整理し続けることとなった。エリスも途中まで手伝ってくれたが、自分の家で食事をすると逃げた。リューはお土産を買い忘れたことから、手伝ってくれない。
散々な日だとと全体的に今日のことを振り返って、私はこれからの生活に不安を抱いて眠った。
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