歓迎と買い物
ニト先輩がようやく正気に戻り、エリスの頬がほんのりと桃色に残るぐらいとなって、「食事にするよ」とおばあちゃんが声をかけた。
「はい」「分かりました」「はーい」「ガウ」
それぞれが返事をする。正直、ものすごくお腹が空いていたのだ。
道中は満足に食事を食べれていないし、街の中ではどこからにでもおいしそうな匂いが漂っていた。朝からも母がいない寂しさで食が進まなかったことから、そのことに拍車をかけている。
……ん?
「ガウ!」
ごそごそとおばあちゃんが持っていた鞄が動き、ひょいっとリューが顔を出した。そのことで先ほどの違和感は消えた。
私はリューが食事という言葉を聞いて起きたのだと一人で納得していると、リューのその姿に弟子二人は「かわいい!」「龍!?」と瞳をキラキラとさせたり、驚いたりする。そして私とおばあちゃんはリューについての説明を求められることになる。私は食事になるまでが長引いてしまいことになって、地味に辛かった。
食事は楽しいものだった。私の歓迎会ということで豪華な食事が机の上に並び、会話が途切れることはなく賑やかなものだった。
ただローブが大きめのサイズで慣れないながらも食べていたことから、途中でニト先輩から「フードぐらいとって食べたら?」と問われてヒヤリとした。何とかおばあちゃんのフォローでうまくかわすことが出来たが、これから正体がばれないようにしないといけないことで気が重くなった。
皆で綺麗に食事を平らげた後は、私は部屋に案内された。食事を用意して祝ってもらったからお皿洗いぐらいは手伝おうとしたが、子どもの体には今日のことで疲れて眠たくなってしまったからだ。好意的に受け入れられて安心してしまったこともある。
だから、うつらうつらとしながらも二階にある自分の部屋にまでリューとおばあちゃんと共に移動し、ベットに倒れこんだ。
「風邪をひくよ」
「ぅん……」
反射的に返事をしたが、内容は理解していない。無理やり起こされ、「皺になる」とローブを脱がされたことまでは覚えている。
そして気が付いたら、朝になっていた。
「……鍛錬しなきゃ」
隣で寝ていたリューを起こさないように気を付けながらそう呟く。
今では習慣となっているものだ。体内で魔力を循環させる繊細な魔力操作で、魔法を使うにあたって最初に取り組んだことだ。
失敗して地味な痛みに苦しんでいたことが遠い過去のように感じる。今では補助の役目をする魔道具は必要なく、いとも簡単に出来てしまう。
他にも鍛錬は棒術や剣術がある。それは母の指導がある中で行ったので、昼の時間が多かった。これからの生活でどのくらい自由な時間が取れるかは知らないが、忙しかったと理由をつけて疎かにしてしまったら母に叱られてしまうだろう。
私は魔法を主にする戦闘スタイルなので、棒術はともかく剣術は気のりはしないが、時間を見つけコツコツとやらなければならないなと思った。
取りあえず、まずは体を清潔にしようと行動する。昨日は朝からずっと歩きっぱなしだったので、ずっと気になっていたのだ。
あやふやな記憶を頼りにしながら階段を下りる。もちろんローブは忘れない。
「水が出る魔道具ってある?」
「あるが、なにをするんだい?」
「体を拭きたいの」
薬屋の仕込みでおばあちゃんがいたので聴いてみたが、呆れたように「井戸にまで汲みに行きなさい」と言われた。
魔道具はあるらしいが、核となる魔石が小さいらしく、あまり多くの水は一気には出ない。
それに魔力を消費しなければならないので、それなら面倒だが井戸にまで行ったほうがいいらしい。
私はそのほうが面倒だと思いながらも、外にまで水を汲みに行った。幸い井戸は家から近く、予想以上に楽だった。だが人とすれ違う度に、好奇な視線を感じて身を小さくすることになって、森の家で使っていた魔道具を持ってくればよかったと後悔した。
私は買うか元の家に戻れないか考えながらいると、家の中でまだ眠そうなニト先輩に会った。どうやらおばあちゃんにたたき起こされたようだ。朝に弱いことが窺える。
水で濡らした布で体を拭き、鍛錬も終えると私はぐるりと部屋を見渡し、埃がうっすら溜まっていることが気になった。
厳しい姑と言う訳ではないが、自分の部屋は綺麗にはしたい。そこで窓を開け、風で埃や小さなゴミを外に出そう考えた。風魔法が使える母と私にとっては定番の掃除方法だ。
決めたらそく行動だと思い、ふわりとやわらかい風を発動させる。
そしてゴミが一か所に集まり、ぽいっと外に出そうとするが、確か窓からのぞいた景色は人通りがある道だったことを思い出し、ゴミ箱はなかったので取りあえず部屋の隅に寄せた。
「よし」
自分の出来ばえに満足気な声を出す。が、唸るようにして怒っている声が聞こえた。私はその発生源を見て、ほこりだらけになっているリューを見て顔を引きつらせる。
「なんでそうなっているの?」と言おうとしてぎりぎりで踏みとどまる。そんなの私にしか原因はない。
その後、怒り狂ったリューに体当たりをされ、私も同様にほこりだらけとなった姿が、おばあちゃんに見られた。
そうして一人と一匹はそろっておばあちゃんにしこたま怒られることになった。
「買い物?」
「ああ、そうさ」
朝の食事を終え、今日から始まるだろう手伝いで私はやる気に満ちていた。いつまでか分からないが、お世話になる身としてはお荷物だけの存在にはなりたくない。
それに薬草について教えてもらっていたから、すこしぐらいは役に立てるはずだ。そう思って朝から手伝おうとして「まだ寝なさい」と一度断られ、現在言われたのが買い物に行ってこいというものだ。
「何を買ってくればいいの?」
「おまえさんの必要なものさ」
「……いるものあったっけ?」
「服とか家具とか、いろいろあるだろう。自分のやることをやってから、手伝いは言いな」
家から必要最小限は持ってきていて何とか生活はできるから、自分のことは気にしていなかった。まだ昨日来たばかりで、何が足りていないのかが分かっていないからかもしれないが。
でも、一つ言いたいのが。
「私、一人で買い物出来ない」
お店の場所やお金、物の相場など何も分かっていない。お金なんて、見たことすらない。
「別に一人で行けとは言っていないさ。エリスを連れて行かせる。この街は治安がいいから、子供二人でも安心できる。……それにこれまで年の近い子はいなかったんだ。楽しんできなさい」
おばあちゃんは顰めっ面を緩め、優しく微笑んだ。
「スノエさん、行ってくるね!」
「ああ、気をつけて行くんだよ。クレアのことは頼んだからね」
「うん、私に任せて!」
支度を終わった頃に丁度よくエリスが家に来て、早速買い物に行くことになった。リューは何をするにもいつも一緒だったので連れて行こうとしたが、街が騒ぎになってしまうということで留守番になった。
……あまりに悲しそうな顔をしていたので、お土産を買ってこよう。
「クレディアは魔法使えるの? 昨日も杖をもってたけど」
私は念のため武装をしていた。短剣は買い物するには重いので置いてきているが、杖は腰に差さっている。
「うん。魔法は使えるよ。得意だし、好きなんだ」
「すごい! 私もなんだ。頑張って練習していて、ようやく基礎の魔法が安定してきたの」
唖然した。私は才能があって、人よりも努力をしてきたと自負している。それだけのことをしてきた自信があるからだ。
だけど、それは他の人よりも少しリードしているぐらいだと思っていて、だから母から同年代の子の実力よりあると言われもそこまで気にしてなかった。
しかしエリスの言葉から読み取れる常識を知って、焦ってくる。
バレたら目立つし、引かれる。他者とは違うということはそういうものだ。
私は慌てて、「最初はどこにいくの?」と話を変える。
エリスには少し変に思われたが、そんな私の様子を聞くことなく「服屋だよ」と言う。
「ほら、ここ」
指さされたところを見ると、子供用の服屋があった。ひらひらとした、ピンクが多そうな店だ。
「クレディアに似合いそうな服、いっぱい選んであげるね」
「……お手柔らかにね」
私はあまり服には興味がない。だから選んでくれることは嬉しいが、なんだか人形のように飾り付ける想像をしてしまって、顔が引きつってしまった。
「ありがとうございましたー!」
店員の声に見送られながら、服屋を出る。これで5軒目だ。
「エリス、もう無理っ。休憩しよ」
「じゃあお昼ご飯にしよっか」
体力が有り余っているエリスは、日の位置を確認してそう言った。
服の買い物は最初の一軒までは順調だった。エリスは自分の好みを強要することはなく、私に合いそうな服をいくつか候補として選んでくれた。
その選択肢の中から気に入ったものを選ぶだけなので、私はとても楽だった。それにローブを脱げと言われることがなく気遣ってくれたおかげで、安心して服選びをする事ができた。
私はいくつか服を買うことが出来て、満足していた。
だがエリスは違った。私が選んだ服が少なかったからなのか、「まだ足りない」と別のお店に向かうことになったのだ。
そこからは最初の服選びに戻ってエンドレス。エリスは私が持っている服の倍以上を持っているらしく、もう要らないと言っても「遠慮しなくても大丈夫だから!」と誤解された。
おばあちゃんに渡されたお金が、大金だったのもいけない。そのせいでこれから買う予定のものを含めてもお金は余るので、点々と服屋を巡ることになったのだ。
お店の店員さんが気をきかせて、買った服を家に届けてくれることにならなかったら、物量で私は潰れていた。そのぐらい買ったものは多かった。
昼食にと連れられて着いたオススメのお店は、ご飯時は過ぎていたが客がちらほらといた。空いている席に適当に座ると、私は店員さんから飲み物とお店で一番人気のあるものを頼んだ。
エリスも飲み物の種類は異なるが、同じものを頼んだ。
「私ね、家族とよくこのお店に来るの」
エリスは自身の親のことを語る。それは親が好きなこと、親から愛されていることが伝わってくる。
今、何してるのだろう。
私は急に母のことが恋しくなった。嬉しそうに話すエリスと現在の私をどうしても比べてしまい、寂しさを感じてしまう。親からの愛情を知らなかった前世では考えられなかったことだ。
そんなことを考え、こうしてみると今世は幸せだと思った。寂しさを感じるだけで、それはもう贅沢なものだから。
母と前世のことを思い浮かべて話を聴く。そんな中、「お父さんだ!」という声で私は声の向かう方へと意識を向けた。
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