セスティームという町

「……大きい」


 町に着いたころには夕方となっていた。

 現在、私は自らの身長をゆうに超える門に圧倒されていた。飾りっ気のないものだが、実用性重視に作られているせいで重圧を感じてしまう。分厚く作られているため、どんな魔物でも通さないという意思も感じられた。

 それは半魔の私も同様で、街に害を与える者の侵入さえも阻むものとして聳え立っている。


 そんな私を尻目に、衛兵とおばあちゃんは話をしている。衛兵はお兄さんと言えるぐらいで、知り合いなのか親しげな様子だ。


 私はその二人から離れたところにいた。ただぼうっと見上げていた内にそうなっていただけで、このことに特に意味はない。だがそこから近づくことはない。

 街に入る手続きは任せてあるし、おばあちゃんは私を知り合いの娘という設定で通すつもりだ。余計なことをして辻褄が合わなくなるようにはしたくない。


 しかし思っていた通りには物事はうまく進まない。おばあちゃんに近くに来るように呼ばれた。本人からも何か話さなければならないようだ。

 ギュッとフードを掴み、顔が隠れていることを確認してからおばあちゃんの斜め後ろに立つようにする。心臓がうるさいぐらいに鼓動し、破裂してしまいそうだ。


 バレてしまわないだろうか。


 フードさえとらなければ、顔をはっきりとは視認出来ない。ローブにはそういう効果があり、私が街で生活していくための生命線だ。

 だがそんな効果があることは話に聴いただけだ。安心させるためにか衛兵がしゃがんで顔をじっと見てくる中、本当に効果を発揮しているのかが疑わしくなってくる。


 怖い。

 半魔だとバレてしまったら。私はこの衛兵に、人間になにをされるのだろうか。相手の一挙手一投足が見逃せない。


 手が私に向かって伸ばされる。

 何をする?

 何をされる?

 どのようにされても反撃できるよう、武器に手を添える。だから、衛兵がフードごしに頭を撫でた行為は咄嗟には理解出来なかった。


「え……?」


 衛兵はガシガシと頭が揺れるぐらいに強く撫で、ニカッと笑う。


「嬢ちゃん、だよな。名前は?」

「……クレディア」

「そっか、いい名前だな」


 より一層、強さが増した。少し痛いぐらいだったが、どうやらバレていなくて歓迎されているようだ。体の緊張が溶け、ほうっと息が出た。

 そこからは確認の為か、ここに来るまでの事情を話すことになった。私はおばあちゃんからこう答えるように言われていた内容だけを話す。不自然はなかったのか衛兵は満足そうに頷いた。


「よし。もう行っても大丈夫です」

「済まないね。こんなギリギリの時間に手間をらせてしまって」

「いえ、仕事ですから。逆に長い事引き止めてこっちが悪いぐらいです」


 重厚な門が開く。と思ったら横の壁に同化していた扉が開いた。


「…………そっち?」


 こんなにいとも容易く、パカッと効果音でもしそうなぐらいあっけなく開いたことがに対して、私は呆けて口が開いてしまった。



 町は活気づいていた。日が沈む直前だったのだが、想像以上の多くの人が行きかっている。種族は人族ばかりで、というか人族だけで、地味に期待していた亜人が見つからなかった。


「見るのは構わないが自分の物を取られないようにするんだよ」

「治安が悪かったりするの?」

「そう言う訳ではないが、今のあんたは狙われやすい」

「……つまり?」

「田舎者丸出しってことさ」


 意味を理解して、私は顔を赤らめた。物珍さできょろきょろと見渡していたので、周りから見たらいいカモと思われてしまうだろう。

 それに背負う大きい荷物のせいで余計目立ってしまっている。知らぬ土地ということで気分が高まっていたことに気付き、恥ずかしくなった。


「そう言えば、リューは大人しいね」


 話題をリューに変える。そうしなければおばあちゃんの生暖かい視線に耐え切れなくなったからだ。


「確か門のところにいた時は微かに動いていたはずだけど」

「そうさねぇ。目を輝かせながら、飛び交っていそうなもんだが」

「あ、もしかして寝てるかもしれない。今の時間帯はいつもそうだったから」


 鞄の中に押し込んでいるようなものだ。

 暗くて狭いことで苦しく、動くなとも言われているから、お得意の睡眠をとtっているかもしれない。


「あの子は一体、何時間寝れば気がすむのだろうねぇ」

「気付けば寝てるからね」


 呆れたようにするおばあちゃんに、私はそうと返すことしか出来なかった。


 門から少し歩いたところに、私達が住むこととなる家はあった。建てられてから長年経っていることが分かる使い込まれた家ではあったが、丈夫に作られているのかしっかりとした印象を受けた。そして家の前には看板が置かれていることから、薬屋としても使われていることが分かった。


 スノエおばあちゃんは家兼薬屋の扉を押し、かららんと音を響かせ中に入っていく。私も躊躇いながらもそれに続く。 


 入って直ぐにカウンターの奥の棚に置かれている数々の薬に目を引かれた。色鮮やかで透明な液体が瓶に容れられ、店内を照らす光を反射し輝いて見える。種類は豊富で、ほとんどが見たこともないようなものだった。中には黒っぽい濁ったような色をした怪しげなものもある。他にも植物が観賞用に飾られていたりして見ていて飽きない。


 私は店内をぐるりと見渡していると、とたとたと軽やかな足音が聴こえてきた。店の奥からガチャリと扉が開けられて出てきたのは私より二歳ぐらい年上の少女だった。


「お帰りなさい、スノエさん。えーと、その子が?」

「遅くまですまないね。この子が朝言っていた娘さ」


 ずいっと前に出され、挨拶するように促されれる。私は事前におばあちゃんに二人の弟子がいることを教えられていた。思っていたよりも幼い女の子だったことに、多少戸惑いつつも挨拶する。


「クレディアです。これからお世話になります」


 私はおばあちゃんの家で暮らすことにあたって、仕事の手伝いをすることになっている。

 人手が足りないようで、使えるもんはなんでも使いたい現状だそうだ。これから何度も顔を会わすだろうから、好印象に映るようしたがどうだろう。フードを被っているが、怪しいとか失礼な奴だとか思われてないだろうか。


「私はエリス。弟はいるけど妹はいないから、嬉しいよ」


 にっこりと花のように笑う様子から、心からの言葉だと分かった。こんな顔の見えない人にそう言ってくれるなんて、なんて心が綺麗なんだろう。

 私だったら絶対に怪しむ。



「スノエさん、帰ったんですか?」


 また店の奥にある扉が開き、背の高い男が登場する。この人も弟子だろうか。


「あれ、だれです? そのちっさい子」


 男はそう言う。私のことは知らない様子だ。


「あんた……話を聞いてなかったのかい?友人の娘の子さ。朝話しただろう?」

「なんか話していた気がしますけど、薬の調合で忙しくて……」

「ニト、忙しくてもちゃんと話は聞かないと。それだから頼りないってよく言われるんだよ」


 ニトと呼ばれた男は、二人に呆れたように見られている。これだけでなんとなく人柄が分かる構図だ。だけどそこには良い関係が築かれている。


「ああもう、そんなこと言われなくても分かってますよ。気にしてるんですから。ええーと名前は………そう、クレディアちゃんね。俺はニト。一緒の家で暮らすことになるのかな? これから宜しく」


 スノエさんの家ではニトさんも住んでいるようだ。エリスさんは家が近いようで自宅から通っているようだが、これまでいたらしい弟子は共に住んでいたようだ。

 なら私もスノエさんの弟子のような形になるようなものだろうか。年の近そうな幼いエリスさんはともかく、ニトさんは先輩とか言ったほうがいいのだろうか。

 丁度、高校生男子とニトさんは雰囲気が似ていて先輩と呼んでも違和感はない。


「よろしくお願いします。ニト先輩」

「先輩!? あと女の子!?」


 先輩は予想以上に驚いていた。

 男と勘違いされていたことは、服装や荷物の多さ、初めて言葉を発したことから不愉快はない。顔を隠しているし。

 だが先輩呼びは駄目だろうかと思ったが、戸惑いながらも喜んでいるようだった。「響きがいい」「頼りになる感じがする」と先ほどから呟いている。嫌がっている様子ではないのでほうっと息を吐いた。


「私はエリスで呼び捨てでいいよ」


 先輩は放って置かれ、にこやかにエリスは言う。笑顔が似合うなぁと和んでいると、「負けないから」と耳元で小さく言われる。

 よく分からなくて首を傾げると、視界に先輩がいることを見て何のことか理解した。


「エリスは先輩のことが好きなんだね」

「声が大きいよ!?」


 エリスの方が声が大きいが黙っておく。幸い、先輩は未だ自分の世界にいて私達のことは気付いてはいない。


「大丈夫。ニト先輩のことは何にも思ってないから」


 あえていうならいい人そうだなという感想だけ。嫉妬したんだろうなあ。

 私は前世から恋はしたことがないし、正直にいうとよく分からない。だが恋する乙女の大変さは、友達や読んだことのある本の内容からなんとなく分かる。


 先輩を奪われないように必死な様子に思わず生暖かい目で見ると、早とちりをして自分の好きな人がばれてしまったエリスは顔を真っ赤にしてもじもじと恥ずかしそうにした。

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