不自然な魔力の流れ

「きゃっ」

「うおっ、と。……大丈夫か?」

「うん。ありがとう」


 エリスが木の根に躓き、ニト先輩が受け止めた光景だった。

 エリスはニト先輩に助けられて、顔を赤らめている。ニト先輩はなんともない感じでいるが、エリスは偶然の好きな相手からの接触なのでしばらく受け止められたままでいた。


 なんて甘いのだろうか。隠しているのかは知らないが、エリスの好きだという好意が丸わかりだ。後ろから全てを見ていて、リューがいい感じでいる二人のところに飛んでいこうとするのを阻止するのに必死な私はそう思った。


 エリスが女の子をしている。恋を、オシャレを、きゃっという小さな悲鳴を。可愛い顔立ちのエリスなので、イオの例から分かるように同年代とかにモテてているのだろう。

 それに対して、私はどうだろう。男と間違えられて、咄嗟に可愛らしい声も出したことはない。私は一人の女として危機感を持った。


「ニト先輩は彼女はいるのですか?」


 何聞いてるの、と言ってそうなエリスは置いておいて、気になったことを尋ねる。「急な質問だなぁ」と呟きながら、「いない」と先輩は答えた。


「なら、今好きな人はいますか?」

「……クレディアちゃん、急にグイグイくるね。どうしたの?」

「深い意味はないですよ。ただ、ふと気になっただけです」


 本当のことだ。エリスの恋は実るかなと気になった。そんなエリスは私を止めようとするが、ニト先輩のことをチラチラと見ていて答えは聞きたい様子だ。


「うーん、今はいないかなぁ」

「前はいたのですか?」

「ちょっと、クレディアっ!」


 グイッとエリスに腕を引っ張られる。「何?」と恍けると、案の定「何聞いてるの!?」と小声で怒るという器用なことをされた。


「えっと、ニト先輩の好きな人の話?」

「それは知ってるよ!」

「話聞いてたもんね」

「そうだよ! ……って、え?」

「エリスも知りたいでしょ?」

「そうだけど、そうだけど……」


 聞きたいのなら、止めなければいいのに。

 私はエリスを放っておいて、「それでどうなんですか」と話を戻した。ちなみにリューはどうしたの? とエリスの様子を伺っている。

そういえば、魔物避けのお香リューは何も影響がない。種族が優れているから当たり前か。


「とりあえず、手を動かしてな」


 ニト先輩に怒られた。そういえば、薬草採取中だった。


「エリスもだからな」

「……はい」


「クレディアのせいで怒られた」とエリスに睨まれるが、全然怖くない。あと、私のせいではないと思う。薬草取りが中断されたのはエリスに腕を引っ張られたせいなのだから。


 そう言ってはまた怖くない睨みをもらいそうなので心の中にだけに留めて、もくもくと薬草を採取。この薬草は量が必要なのでけっこう続けているが、まだやるのだろうか。身体強化をしている訳ではないので、疲れてきた。

 それでも音を上げることなくやっていると「このぐらいにしておこうか」と作業が終わった。


 次は葉が一枚だけという希少な薬草を探すために、歩みを再開する。


「ニトは直ぐに女性の人に惚れるんだよ」


 本人からはその話の続きを話しそうな感じではなかったので続きの内容は諦めていたが、エリスがニト先輩の代わりに答えてくれるらしい。 


 コソコソとしながら二人で話す。リューはニト先輩の注意を引き付けてもらう役目をしてもらう。遊ぼう、と真っ直ぐに突っ込んで「グハッ」と背中を痛めている内だ。


「一目惚れしやすくて、直ぐに告白するの。それでよく玉砕してるよ」


 そんなことなら、ニト先輩が話したがらないのは当然だ。真っ直ぐに「付き合ってくれ!」と女性に言っているニト先輩が想像つく。

 まだ数日しか共に暮らしていないが、その間に思ったことがすぐ口に出ることを知っている。


「エリスはニト先輩のどこが好きなの?」


「痛いじゃないか!」と若干涙目になりながら、よく分からないと不思議で首を傾げているリューに抗議しているニト先輩は失礼ながらも格好良いとはいえない。

 それにエリスは好きな相手が自分意外の女の人に告白しているのを知っていてなお、好きだと想っている。


「頼りになるところ、かな。普段は情けないんだけどね、仕事に関しては真面目にやっていて、薬の調合のときはキリッとしていて格好良くて、それから――」


 惚れ話が長くなりそうだった。だんだんと話が進むにつれて、エリスの声が大きくなってきていたので、頃合いを見て話を止める。


「えっと、つまりエリスはニト先輩の情けないところも含めて好きってこと?」

「ざっくりまとめたね……まあ、そんなところかな?」




「あ、あった」


 話が終わって、ちょうどエリスがお目当ての薬草を見つけた。ニト先輩とリューを呼んで、特徴や効力を教えてもらう。繊細な薬草で、強く握るとすぐしなしなになってしまうらしい。そのためニト先輩が慎重に採取した。


「今回は早く見つけられたね」

「ああ。前はもっと何時間もかかったからな。運がいい」


 そんな話を聞きながら、暗さや雰囲気から大体森の半ばまで来たんだなと思った。冬の時期は寒さのせいで冒険者は森に足を運ぶ人が少なくなるので、よくここの辺りは来ていたものだ。

 だが冬に見た光景とは違い、実や茂る葉によって春の森は鮮やかに見える。森の中の家付近と比べても空気中の魔力の濃さが違うせいなのか暗く見えるので、よりそう見えた。


 一粒、近くに実っていたものをとってみた。赤く、さくらんぼよりも小さな実だ。しげしげと眺めていると、「それ、毒あるぞ」とニト先輩が聞こえた。


「毒があるんですか?」

「舌が痺れるぐらいだけどな。食べれないことはないが、味はあまりに酸っぱいし子どもだとどうなるか分からんから止めとけ」


 甘いものが好きな私なので、酸っぱい実を食べようと思っていた考えを止めた。よく思い出してみると、森の家での生活ではよく母が自然の実りを取ってきたものだ。

 その中に先程私が食べようとした実はなかったので、危ないことは分かっただろうに。


 数日ぶりの森に私も浮かれていたかもしれない。森は危険なところなのに。

 魔物避けのお香で少し気が緩んでいたところもあるだろう。私は緩んでいた意識を切り替えた。


「目的の薬草も採取できたから、そろそろ帰るか」


「はい」と答えようとした。

 エリスは「うん」と言っているのが聞こえる。

 だが先輩の言葉が言い終わった直後に空気中の魔力の流れが変に変わったことで、意識がそちらに向かってできなかった。


「クレディア、どうかしたの?」

「……なんでもないよ」


 気のせいではない。

 一瞬だったが、確かに魔力が森の深部から流れてきたのを感じた。だが、それで何も異変が起きるということはなかった。

 それにそのことを何も気付いていない二人に言っても、どうしようもならない。


「ほんと?」

「うん。お腹空いたなってぼんやりしていただけだから。だから、早く帰ろう」


 異変はないが、これから起こるかもしれない。そのことが私の様子で伝わったのか、お腹が異常に空いていると誤解されたのかどっちか分からないが、早く帰るということが決定した。


 だが、それは私達三人だけだったようだ。


「ガウー?」


 リューが魔力が流れてきた方向へと飛んでいったのだ。私と同様に気付いていたらしい。


「リュー!?」


 その方向は帰る道と逆だ。私は非難の声を上げるが、リューは戻ってはこない。


「待って! どこ行くの!?」


 エリスがリューを追いかけた。


「っニト先輩、私も行きます」

「え? オイッ、二人共!」

「荷物、お願いします」


 タイムロスの後、私もリューを追いかける。私達と頼んだ荷物の件で板挟みとなって先輩が嘆く声が聴こえるが、私はリューとエリスを追いかけるので答える余裕はなかった。


 リューとエリスはそれほど遠くには行っていなかった。

 リューは速く飛んで行っている訳ではなかったし、飛んでいく方向を正確に掴めていなかったのかきょろきょろとしているところをエリスが捕まえたのを目撃する。


「もう、リューはどこいこうとしてたの?」

「ガウッ、ガウガウッ!」


 リューは何かを伝えようとしているのでエリスが首を捻らせるが、今はそれどころではない。

 エリスの後ろから魔物の魔力の反応がする。何の魔物かは分からないが、私が遠くから声をかけてもエリスがそれを理解するまでに魔物に襲われるだろう。


 リューはいつもだったら魔物に気付いていただろうが、今の状態だとそこまでに気がまわっていない。エリスは魔法が使えると聞いたが、基礎の魔法が安定したと言っていて、それは私だったら風を生み出したりその場に留まらせるぐらいのレベルだ。木の根に引っかかるということから、魔物の襲撃に対して逃げることも叶わないだろう。


 私がやるしかない。

 私の位置からエリスの後ろの一直線上に魔物がいるため、中距離となる現在の場所からは魔法が放てないので、代わりに体に魔力を巡らして身体強化する。母のように体の一部にだけするということはできずに範囲が全身になるが、魔力が多いを通り越している私には今気にすることではない。

 すぐさま地面を踏みしめて跳ぶ。パサリと音がし、髪が強い風が吹いたときのように後ろに流れて乱れた。


 魔物はヘルハウンドだった。エリスへと襲いかかろうと茂みから飛び出してきたところを見て、自身の魔力を叩きつける。

 押しつぶすことはしない。エリスの目の前で無惨な殺しはしたくない。


 そうして標的を私に強制的に変えさせて地面に着地すると、ヘルハウンドは一度距離をとろうとするようだった。

 一瞬でけりをつけるのとリューがいるから大丈夫だとは思うが、私は「下がっていて」とエリスに言った。


 そしてヘルハウンドが私に飛びかかる前に、一思いに氷塊で殺した。何回も殺したことのある魔物だ。集団との戦いがあったことが多かったので、一匹だけなら相手にもならない。


 流血は少なく済んだと思う。とりあえず、他にこの辺りには魔物はいないが離れようと言うために、背後にいるエリスに振り返った。

 が、どうも様子がおかしい。驚愕していて、信じられないといった様子だ。

 それは一瞬で魔物を殺したことではなく、私自身に関することで。


「…………半魔」


 呟かれた言葉は私の動きを止めた。

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