最悪の日

 冬が終わり、暖かくなってきた。

 私は三歳となり、いろいろな疑問を持ち始める時期だ。

 だがそれは一般的な三歳児にとってであり、その頃の私は既に母や本からだいたいの疑問解消していた。


 森の中にある家ということで娯楽が少ない我が家で何をして過ごそうかと悩んでいたとき、家に尋ねる者がいた。


「おい、誰かいるか?」


 その声は中年ぐらいの男のもので、私の知らない人のものだった。

 現在、母は街まで出かけて家にいない。こういった場合、私は母から居留守を使うようにと言われている。

 この世の中は物騒であるそうだ。私は母の言いつけをきっちりと守り、居留守を決め込む。


 だが、誰が来たのかは気になる。この家に訪れる人など、ネオサスさん、ミーアさん、スノエおばあちゃんの三人しかいなかった。森の中にある不便な家であるので、他の人が来ることなどないのだ。

 私は来訪者に興味津々だった。音を立てないよう扉の方へ行き、耳を澄ます。


 声から判断するに、訪ねてきたのは二人の男のようだった。

 会話していた内容から母の知り合いという訳ではなく、自分達より強い魔物に追いかけられて逃げていたら、この家まで辿り着いたらしい。


 男二人は気付いていなかったが、家を囲むように結界がある。そのおかげで男達は結界内に入れない魔物から無事逃げることが出来たのだろう。運が悪かったら魔物に食べられていたはずだ。

 私は窓から魔物の姿を見たことがあるが、見ただけで頭に警報が鳴り響いた。魔物は禍々しい雰囲気をもっていて、殺気をとばしてきた。

 きっと相手にとって、私など餌にしか見えていないはずだ。結界がなかったらと考えると、鳥肌が立つ。



 話半分で呑気にそんなことを考えていると、二人の会話から家に入ってみようという、とんでもないことを聞いた。かけてある鍵を壊してまで、入ろうとしていたのだ。

 この人達は悪党だ。家に金目がないか探すつもりだ。


 そんな悪党にだが、三歳の私が一人立ち向かってもどうしようもできない。

 急いで隠れないと。


 その際、リューを忘れない。

 リューはマイペースでのんびりとしている性格だ。 よく眠る子なので、今も夢の世界の住人となっている。

 ふかふかの毛布の上でいつも通りのリューを叩き起こし、同じ場所に隠れる。


「おとなしくしててね」

「ガゥ」


 龍は知能が高いので、私の言う意味は理解している。ちょうど物陰に隠れたところで、男達は玄関を蹴破って家に侵入してきた。



 息を殺し、相手の様子をこっそりと窺う。

 男達は興味深そうに部屋を見ていた。金になりそうなものを見つけると、ニヤついた顔をして奪っていく。リビングは荒らされてグチャグチャだ。



 このままではいけない。

 そう思うも私ではやはりどうしようもなく、母が帰って来るのを待つしかない。

 母は剣の腕が立つ。森の魔物を撃退して街まで往復出来るのだ。魔物から逃げるあいつらなら、余裕で勝てるはずだ。


 時間的に母が帰ってきてもおかしくはない頃合いである。家を荒らされるのは我慢出来ないが、見つかったらどんなことをされるか分からない。

 私は現状を維持し、怒りを耐える。


 ここで予想外のことが起こる。リューが男達の前に出てきてしまったのだ。おそらくリューは私の様子を見て、飛び出していったのだろう。

 その優しい心は嬉しいが、まだ幼い龍なので男達には勝てないはずだ。

 実際思った通りで、リューは一人の男にぶつかっていったが、直ぐに起こり狂った男に捕まえられた。


「まって!」


 私はそのことに対し飛び出した。考え無しの行動だったが、リューが捕らえられてついに我慢出来なくなった。

 そうして男達は私の存在にようやく気付き、目を限界まで見開いて驚愕した。


 私はその様子に、誰もいないと思っていた家から龍と子供一人がいたことに対してだと考えた。

 だが違った。


「なんでお前のような奴がここにいるんだ!」


 男は酷く怯えた状態だった。


「……どういうこと?」


 それはこっちのセリフだ、と言い返したかったがここは冷静に、話をして時間を稼ぐようにする。こんな状況になってはしまったが、私も捕らえられて奴隷や殺されたりしたくないのだ。

 物語の本から奴隷が存在していることは知っている。奴隷の扱いは酷く、人間として扱われない。


 私は平和に生きたいのだ。だが男達は混乱していて、私の声が聴こえていない様子だった。


「っ!?」


 私ははっと息を飲む。男の一人が剣を抜いたからだ。


 その光景はあの時と似ていた。鈍く光を反射する剣。私を見る目。

 細かいところは違うものの、私の目には前世で殺された記憶と重なって見えた。


 私はその場から動けなくなる。今でも夢で見るぐらい、トラウマになっているのだ。

 現在はない、刺された傷があったところから幻覚の痛みが襲う。


 男が何かを言いながら近づいてくる。話している言葉を理解できない。

 頭が真っ白だ。


 男は剣を振りかぶる。

 勢いは速い。その剣は私を殺せるものだ。


 私はその剣を見ていた。

 死を待つその瞬間は、とても長かった。


 剣が間近に迫っている。思考は加速し、周りが止まっているように見えた。


 死にたくない。


 死ぬ間際で考えることは前回と同じだ。私はあの時と何も変わっていないのだろうか。



 瞬間、爆発が起こった。


 否。実際には違う。私はその場から何かの衝撃で飛ばされ、そう感じただけだ。それは私だけでなく、男達もリューも同様だった。床に勢いよく転げ回る。

 幸い、軽い打撲だけで怪我はない。だが剣を振り上げていた男はその程度ではなく、壁まで弾き飛ばされて頭から血を流していた。


 ポタリ、と血が床に落ちる。私はそれをぼんやりと見ていた。

 何が起こったのか分からない。ただ男が痛みに呻き、離れて私達を見ていたリューともう一人の男が床に倒れ伏しているのを傍観していた。



「このっ、てめえ!」


 男は痛みで呻いていたが、落ちていた剣を拾って構える。その声に放心していた私は現実に引き戻された。


「ダルガ、やめとけ!」

「バカ野郎、こんなガキにやられたままでいてたまるか!」


 ダルガと呼ばれた男は私を睨みつける。

 意味が分からない。私が何をしたというの?

 ただ、普通の幸せな生活をしていきたいだけなのに。

 失いたくない。こんな男に、私の人生をめちゃくちゃにされてたまるものか。



 頭が冴え渡る。すると私の中にある何かを感じられた。

 それだけじゃない。空気中の、植物、男二人、リュー。この部屋の中の範囲で今まで見えていなかったものが感じられる。私は本能で、これが魔力ということが分かった。


 あぁ、そういうことか。

 先程の爆発のようなものは私の魔力が起こしたものだ。そのせいで、床に私の魔力の残滓が散らばっている。


 自分の中にある魔力を使えばいいんだ。相手が死ぬかもしれないが、私とリューが助かりさえすればそんなことどうでもいい。

 あいつらなんて、生きていたらまた同じことを繰り返すのだから。


 自分の魔力を相手に叩きつける。やり方はなんとなく分かる。とにかく力強く、上から圧力をかけるようにして動けなくする。

 制御が難しい。一つ間違えれば、私もリューも死んでしまうと理解していた。


 男達は苦痛の声を洩らす。床に縫い付けられているかのような体制で、指一本動かすことも難しいようだ。

 ダルガはまだ諦めていないようだった。もう一人の男は私に恐怖を感じていて私の魔力に抗う様子はないが、ダルガは目に反抗の色を浮かべて落ちている剣を拾おうとする。


「リュー、おいで」


 私はリューを呼び、男達の側から離れさせようとする。

 私は魔力制御に手がいっぱいで動けない。リューはフラフラとしながら飛んで私の元にやってくる。


「……ふざ、けるな。こ、ろ……す。ころすコロス殺す殺す殺す殺す、殺してやるっ!」


 ダルガは呪詛を口に出す。それは不気味で気圧され、私は魔力の制御が乱れる。

 一瞬だったので魔力が暴走することはなかったが、男の圧力が緩んだ。


「……こいつだけでも!」


 ダルガはその一瞬をついた。剣を持ち、リューに斬りかかるのはそれだけで十分だった。


「リュー!!」


 避けられなかった。胴体に受けることはなかったが、翼を片方斬られる。

 私は魔力の制御など忘れて、リューの元に駆ける。圧力をかけていた魔力は拡散しており、きらきらと舞って消えた。


 腹を蹴られ、体に衝撃が走った。咳をする。呼吸が苦しい。涙目になりながら痛みにくるしんでいると、体が宙に浮いた。


 私はダルガに持ち上げられていた。首に手をかけられ、締められる。手の握力は弱いが、絞め殺せれる力だ。


 ダルガは罵声で罵るが、私は苦しすぎて内容が入ってこなかった。ただ一つ「次はあの龍だ」という言葉だけは聴こえた。

 私は魔力を必死に相手に叩き込む。


 男は苦しそうにして手を締める強さが弱くなったが、私の魔力が弱々しく、相手の執拗に殺そうとする執念のせいか。首は依然として絞め続けたままだ。


 限界が近い。視界がぼやけ、魔力の圧力もさらに弱まっていく。

 ダルガは私が死にそうになることが分かると、息をこぼして歪んだ笑みで笑った。


「は、はは。ははははは! これで俺は、英雄だ!」


 そして、風が吹いた。

 暖かな風だった。私を取り巻いて守る、強さがかった。


 首を締められていた手が風によって弾かれるように離される。重力に引き寄せられるままにドサリと落ちた。首を締められている感覚が残っている。

 酸素が足りない。必死に、精一杯息をする。


「お、かあ……さん?」


 息も絶え絶えの中、誰かが側にいることが分かった。視界は潤んでいて断言出来ないが、佇まいから母だと思った。


「おかあさん」


 掠れた声だった。

 大粒の涙が大量に溢れ出る。駆け寄り、抱きしめる。


「遅れてごめんなさい」


 謝る母に「そんなことない」と言おうとするが失敗する。しゃくりあげていて、上手く言葉で言えない。


「もう大丈夫よ。すぐに終わらせるから」


 そろそろと母の側を離れる。私が居ては、邪魔になってしまう。



 リューを探すと、片方の翼を必死に羽ばたかせながら私の元に飛んできていた。見ていられなくなり、宙から落ちそうになったリューを抱える。

 傷を見て顔を歪める。

 私もどこかしら骨が折れていたり罅があると思うが、リューの傷は目に見えるため私よりも酷いものだと感じた。

 ギュッと大事に抱える。このとき母は腰にあった剣を鞘から抜き、ダルガに構えていた。


「絶対に許さないわ」

「お前もそのガキと一緒に殺してやる」


 お互いに言葉を交わし、静寂が訪れる。

 勝敗は一瞬だった。母の姿が掻き消えて、後に残ったのは剣で斬られたダルガのみ。


 辺りに独特の血の匂いが漂う。吐き気を催すもので、どんどんと血の海が広がるにつれて強くなった。

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