守る者 ※メリンダ(母)視点

 メリンダは一児の母をやっており、森の中にある家で赤ん坊の娘と一緒に暮らしていた。

 目の離せないような年頃の娘であるが、滅多に泣くことがなく、大人しい子なので負担は少ない。流石、私とあの人の子。

 私一人であるが、子育てはなんとかやってのけていた。


 そんな我が子、クレディアだが、手がかからない代わりにあまり甘えてこない。だが、ふとしたときにぎゅっと抱きついてくることもあるのがとてつもなくかわいいのだ。

 今だって手を広げてよちよちと歩いていて、私のところにまで到達すると、ふにゃりと笑った。かわいい。それ以外に言葉が見つからない。


 幸せに浸っていると、ドンドンと力強く何かを叩く音がした。玄関の扉を叩く音で、この家に訪問者が来たことを表している。


 緊張が走る。私達が住んでいる家は森のそこそこ深い場所にあたる。 

 広大な森で迷いやすく、強い魔物が出ることから訪れる者など滅多にいない。


 守らなくては。

 娘を見られたら、どんな事をされるのか分かったものではない。


 まずは娘を隠さないと、と行動をする前に焦った男の声が聞こえた。


「メリンダ、いるか!? いたら返事をしてほしい!」


 その声は見知ったものだった。

 私は頬を緩ませ安堵するが、次の内容を聞いて顔を引き締めることになる。


「怪我をしている者がいるが、手持ちに回復薬がない! 助けてほしい!」


 私は娘の頭を撫でる。事情を知っている者だから、もう隠れる必要はない。心配すべきは怪我をしている人だが、流石に危険な人を連れて来ることはないだろう。

 私は部屋を飛び出した。




「ネオサス、怪我人はどこ!?」


 私は友人の名前を呼びながら、回復薬をもって玄関の扉を勢いよく開けた。

 そこの場にいたのはネオサス、同様に友人のミーアだった。

 二人のどちらかが怪我人かと不思議に思ったが、見たところそうではなさそうだ。


「すまない。急に押しかけてしまって」

「大丈夫よ、誰だとは思ったけど。それよりも怪我人は?」

「この子だよ。……人ではないけど」


 そう言ってミーアは手に抱えていた、布に包まれた小さい生き物を見せた。


 私は驚愕する。傷の酷さに対することではない。

 魔物にやられたのか、小さい体には剣ではない深い傷を負っていて息も絶え絶えの状態だ。だが、私が持っている回復薬で跡も残らず傷は癒えるだろう。

 問題はその怪我をした生き物についてだ。


「これは龍!? いえ、今はそんなことを言っている場合ではないわね」


 私は持ってきていた回復薬ですぐに手当をする。傷にふりかけると徐々に傷は塞がっていく。完全に治るにはもう少し時間がかかるので、血など汚れているところを布で拭いてから包帯をする。

 それが終わった後は、どういう事か説明を求めた。


 龍は絶対的な強さをもつ魔物だ。小国ならば簡単に滅ぼすことが出来るほどの脅威だ。

 その龍と友人がなぜ関わり合いになっているのか。


「親は太古の龍だろう。森の中で倒れていたんだ」

「暴れられて街に被害が出る可能性があることもあって助けたんだけど、手持ちの回復薬は切らしてて……。ごめんね、メリンダ。助かったよ」


 太古の龍とはこの森の奥に住んでいる、有名な龍だ。温厚なので手を出さなければ襲われることはないが、子に手出しされては黙っていないだろう。


 実際、大昔に子が亡くなり暴れまわった龍の話がある。

 街が近くにあるので、子を失った悲しさで暴れられないよう配慮したのだろう。そうでなければ魔物など助けたりはしない。


「事情は分かったわ。でも、龍がこの状況を見たらどうするつもりなの? 下手したら子どもを奪われたと勘違いされて、襲われても仕方ないわよ」

「だからってそのまま放置という訳にはいかなかっただろう」

「街へ連れて行って大事になったら面倒くさいし、この家のほうが近かったしね」

「そのことが原因で道連れになるのはいやよ。私だけならともかく、ここにはクレディアがいるのよ」


 大切な大切なあの人との子どもだ。

 何があっても必ず守ってみせると決めた。その為ならば自分の命だってあげれられるし、なんだってできる。


 その強い意志を感じ取ったのか二人は申し訳なさそうな顔をする。言い過ぎたかもしれないが、謝罪はしない。

 だが、この二人は昔から一緒にやってきた友人で、返しきれない恩がある。仕方がない、と腹をくくる。


「まあいいわ。二人には今までお世話になってるしね。こうなったら一蓮托生よ」

「やった! ありがと、メリンダ」

「すまない、恩に着る」



 三人の雰囲気が和やかになったところで、私は腰を落ち着けて話せるよう家に入るよう勧める。

 だが、家に入って一番にミーアが何か異変に気が付き、震えた声で言う。


「ねえ、あれってもしかして……」


 私とネオサスも気が付く。棚の前で倒れている小さな姿がある。


「クレディア!?」




 暗闇を漂う意識の中、遠くで誰かが私の名前を呼んでいた。最初はよく聞き取れなかったが、声に引き寄せられるようにだんだんと言葉がはっきりする。

 私はこの声を知っている。誰にも愛してくれなかった私を愛してくれた、慈悲深い人だ。 


 ゆっくり目を開き、ぼんやりとしながら瞬きを数回する。その様子を心配そうに見守る人達がいた。

 誰かと言おうとしたが、まだ「う?」という言葉しか出ない。未だ前世の名残で普通に声を出そうとしてしまうな。


 目の前には母が、その横には見たことがない男女の二人がいた。顔面偏差値が高い三人である。

 皆揃いも揃って顔が整って並んで私を見ているので、なんだかすごくドキドキとした。


 私はボケっとして眺めていると、母が急にきつく抱きしめた。苦しかったのでバタバタと暴れると力は弱めてくれたが、なかなか離れてくれない。

 嫌ではないのだけどどうしたのかと母の顔を伺ってみると泣きそうになっていた。


 ……そういえば私は倒れたのだっけ。体に何も異常を感じなかったのでで忘れていた。母は暫くの間、抱きしめ続けた。



 丸い机を囲むように座っている。椅子は三つしかなく、私は母の膝の上にいる。

 私は元いた部屋に連れて行かれそうになったが、私が軽く暴れて拒否を示した

 ためこのようになった。

 母は私の体調を心配したのだろうけど、気絶しただけだ。倒れた理由はよく分からないが、動き回って疲れてしまっただけだろう。それに気絶していたのは少しの間だけだと思うので、大人しくしていれば大丈夫だ。多分。


 母は他二人と熱心に話していた。どうやら気心がしれた仲のようで時々冗談を言い合っているのか、よく笑っている。


 そんな母を見たことがなかったので複雑な気持ちになり、ムスッとなる。すると隣側に座っていた男性が乱暴に頭を撫で、髪がぐちゃぐちゃになる。赤ちゃん髪で少ないからやめてほしい。

 がっちりと私は母に固定されているので無駄なあがきだが、私はその手から逃げようともがく。その様子を見て女性が笑い、男性はしょげていた。


 この四人の他に生物が一匹いる。机の上に置かれた毛布の上におり、長い尻尾を丸めてすやすやと眠っている。


 初めて見る生き物だった。私よりも小さく、かわいらしい。見ているだけで癒やされる。

 和んでいるとその生き物がパチリと目が覚め、大きな瞳と目が合う。


 母は起きたのを見るとを席を立った。どうやらミルクをあげるらしい。私を女性に預けて、戻ってくる。

 その間女性に頬をつつかれたりして遊ばれ、大変な目には合う。


 母は浅めの皿に入れたミルクを生き物の近くに置いた。よっぽどお腹が空いていたのか直ぐに飲み始め、目に見える速さでミルクはなくなっていく。よい飲みっぷりだ。

 飲み終わるとお腹いっぱいになったのかあくびをし、毛布へと戻って再び眠り始めた。


 私はそのあくびが移ってうつらうつらとなる。耐えようとしても、赤ちゃんの身としては難しい。

 眠りに抗おうとしてできなかった私を見ていた三人は、クスクスと笑っていた。

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