第4話

 それから30秒程――体感時間で3億年程の時間が流れた後。


 俺は司令室付近の録画、録音用のカメラの電源を落とし、通信を全てカットした。


 これでここの音声が録画されることはない。無論非常用電源が入るけれど、停電状態の時の音声は、録音されない。


 時間はない。


 今ここで。


「なあ、クオリア」


 ニビルは言った。自分でも声が、震えていることが分かった。


「お前、俺たちの世界を滅ぼしたいって言ったな?」


「ああ、言ったよ」


「俺たちに抵抗したいって、言ったな」


「ああ、言った。ただ、それはもう――」






「だったら、俺が手伝おう」





 ニビルがそう言った時、万能の宇宙人は、初めて――驚きの表情を見せた。


 ――なんだ、そういう表情も、できるんじゃないか。


 そう思った。


「え――、は?」


「だから、言ってんだろ。要するにお前は、戦いたいけれど、独りでは戦えないんだろ。だったら、俺がその理由になってやるって言ってんだよ」


「な――何を」


「安心しろ、ここの防御は手薄だ。木星と小惑星帯は今でも抜けられないと思われている。ここから内部で崩せば、一瞬だ。分かり合わず戦う種族だからな、俺達は。お前の読心や認識誤認があれば、余裕で地球人なんて終わりだ」


 ――


 自分でも不思議だった。ニビルの心は、今までにないような昂揚感で満たされていた。両親といた時も、放浪していた時も、拾われた時も、軍にいた時も、こんな気持ちになったことは、一度としてなかった。


 クオリアは驚いていた。


「き! 君は、何を言っているのか分かっているのかい! 君の生まれ故郷を、壊すということなんだよ! そんなことをしたら、君は帰る場所が、なくなってしまうだろう!」


「だから、言っただろ。俺は地球に思い入れなんてないんだよ。楽しいこともあったが、好きにはなれなかった。何もできなかった」


「何も……」


「それに戦争が終ったら――俺は帰る場所なんてない。分かってんだよ。俺は元孤児だ。お前と同じく、殺される身だろう。だったら、最後くらい楽しく生きてやりたいんだよ。自分のためにさ。あーあ、気付いてないつもりだったのにな」


「た、楽しいって! それで君は、全人類を敵に回すんだぞ! 独りで。僕は君らの種族を全て知っている訳ではないが、それがどういうことか、分かっているのか!」


「俺は一人じゃねえよ」


「何を!」


「お前がいるだろう」


「ッ――」


 更に、驚いた。


全能感のある宇宙人を二度も驚かせたのは、彼が初めてだろう。


 ――俺も、何を言っているのだろうなと思う。


 ――少女の姿の宇宙人を、篭絡ろうらくせしめようとしているのだ。


 ――馬鹿だなあ。


 ――俺こんなことやって、一体何かが報われるとか、思ってんのかな。


 ――それでも、不思議と後悔はねーんだよな。


 ――ひょっとしたら、俺も望んでいたのかもしれない。


 ――こうして、全てを壊してくれる可能性を持った、存在が来てくれるのを。


 ――俺の人生は、ずっと選ばれなかった。


 ――いつだって俺は、選ばれない側の人間だった。


 ――だったらここで、選ばなきゃいけないだろう。


 何よりも、クオリアの持つ共感能力、読心があったことが大きい。その作用の結果、ニビルが本心でそう望んでいることが――ニビルの真剣さが、ダイレクトにクオリアに伝達されていた。独りで宇宙を彷徨い、全てを諦めるまでに至った心境、せめて地球の大気圏に突入し自害しようとしていた過去。


孤独だった。


 だから――だから。


「き、君は――本当に」


「ああ。そうだ、お前が必要だ」


 それは、ニビルが一番、言われたかった台詞だった。


 その言葉を――一体クオリアがどう受け取ったのかは、定かではない。少女の形をとった偶像は――驚きの表情のまま、レーダーから降りた。


「……まったく、どうなっても知らないよ」


「俺も知らねーよ。まあそうだな。取り敢えず戦争が終わって安心してる奴らが帰ってくる前に、内戦でも起こさせっか。滅ぼした後は、宇宙船パクって、旅でもしようぜ」


「…………」


 逡巡しゅんじゅんがあった。


 今までの全てを反駁はんばくして、そして顔を上げた。


 その時のクオリアの表情を、ニビルは言語化することができなかった。


「いいよ。分かった――共に生きよう」


 二人は手を繋いで、前へ進んだ。


 青い地球へ、共に一歩。




(続)

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