第3話
*
彼らは色々なことを話した。
家族の話、友達の話、周りの話、好きなことの話、下らない話、興味深い話。
お互いにまるで自分とは違う人生、環境、世界、倫理観であったけれど、不思議と二人は通じ合っていた。
ニビルはその生い立ち故に、言語表現能力に少々欠陥があるけれど、それは宇宙人の読心により補完された。
環境こそまるで違うけれど、クオリアの言語の相互認知により、お互いがお互いを分かり合っていた。
分かり合う。
そもそもクオリアたちの種族は、争いを好まず、共調、共感を主とする種族なのだそうだ。
故に――これは不思議などではない。
クオリアの種族の特性が生む、必然なのである。
「ああ。僕らは分かり合おうとした――けれど、分かり合えない種族がいるということを、僕らは分かっていなかったんだな。愚かしいことだ。笑ってくれ」
まるで遺恨の念すら感じられず、クオリアは笑った。
年相応の笑みのように、ニビルには見えた。
「…………」
「いやいや、君のせいではないし、そこを責めるわけではないよ。間違いなく、先にそちらの人間を殺してしまったのは僕らだ。僕らにとって、死はとても迂遠な存在だったからね。分かり合おうなどと言いつつ、価値観の違いをも分かっていなかった」
攻撃性がなく――だからこそ、ほとんど抵抗することなく、蹂躙された。
――人間が簡単に勝てるわけだ。
――フィクションのように、全面戦争でもない。
――ただ、相手が戦おうとしていなかった。
――それだけなのだ。
「まあ、滅びの時だ、必然だ、などと言って自らを悲観する者が多くってね。そんな中で、僕ら――僕らは種族の中では若い部類に入るのだが――そこで、抵抗を試みたのさ。戦おう、とね」
「周りの奴は。戦わなかったのか」
「僕の種族では、それが正しいことなんだよ。戦わない、争わない、抵抗しない、受け入れる。そういう風に歴史が紡がれてきた。戦闘用の兵器なんて、大昔のもので止まっている。正しさがどれほど恐ろしいかってことを、君の種族も、知っているんじゃないかな」
「……ああ、それは、確かにな」
――あの親は、一度だって自分が間違っているとは思っていなかった。
――子どもの才能を発掘してやる、そして育てる。
――才能のない子どもはいらない、それが奴らの世界では正義だった。
「ま、結果がこのザマだよ。仲間を失い、友達を失い、世界を失い、滑稽なことこの上ないね。こうなることが分かっていれば、老人たちのように残り、死を選べば良かったよ。笑ってくれ」
「……笑えねえよ」
「おや、そうかい、君は優しいねえ」
「…………」
ニビルは、なかなかどうして過酷な環境に身を置き続けたからか、倫理観や価値観が一般的な人間より歪んでいることがある。見ず知らずの宇宙人と共感し、感覚を共有したとしても――罪悪感は抱かなかった。ただ、共感していた。それはニビルにとって、初めての感覚だった。
――世界はずっと、俺の敵だと思っていた。
――何一つとして上手くいったこともなかった。
――誰もが俺を嫌っていて、だからこそ俺も、そんな世界が大嫌いだった。
――いっそ異星人に攻められて終わってしまえと、思っていた。
――だったら、これは必然だってことか。
――世界の外側の奴に、俺が共感してしまう、ってのは。
笑みを浮かべてはいるものの、クオリアの心とやらが、言葉から、伝播してくるようだった。
自分よりもずっと人らしい、人ではない生命体に対して。
「さて」
と、あらかた話が終わり、5秒程無言の時間があった時の話である。
まるで自分の終わりを悟っているかのように、少女はレーダーの上に立ち上がった。
「そろそろ終わりにしようか。君のお仲間がいつ戻ってくるか定かではないし、戦争も本当に、終幕のようだから。君の評価が下がるのも忍びないしね」
初めとは一切変わらない笑顔を浮かべ、少女を模した宇宙人は、眼を閉じた。
「僕のことは、気にしなくていい。滅びるべき定めだった。それに抵抗した僕が、間違っていた。もう僕には、何もないんだ。さあ、僕を殺してくれ」
「……ああ」
言われて、そのまま、銃口を構えた。幾度となく訓練した。目標に照準を合わせ、呼吸を同調させて、引き金を引く。後は射撃用に自動で誤差修正が行われ、狙った箇所に確実に命中する――だから引き金を、引くだけでいい。
笑顔のまま、死ぬ。
こいつは、誰にも望まれないで、独りで、死ぬ。
それで良いのだ。
それが、世界のためだ。
それが、この世界の正義なのだ。
正しいことをしろ。
ここで逃せば、いつこの地球に侵略してくるか、分からないのだ。
そうだろう。
そうだよ。
そうなんだよ。
「…………」
(続)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます