第1話

 *


 ――つって、結局、これだもんな。


 現在に至る。


 長きにわたる人間軍と地球外生命体、ELエールとの戦争は、いよいよ佳境であり――人間側の絶対優位は揺るがないという状況まで達していた。ドイツのキリッヒ・ワルトシュタイン氏が開発した新動力――次元移動の際の空間のねじれが戻る時の反動をエネルギーに変換する、歪曲力エンジンの開発。日本の式島しきしま博士による、超弩級星間航行可能型戦闘船の開発が、一番の功績だっただろう。


 フワーリズミー。


 ガリレイ。


 甘徳。


 ニュートン。


 コペルニクス。


 ケプラー。


 カッシーニ。


 メシエ。


 史上の天文学者の名を冠した八隻の純型艦オリジナルモデル

 そしてコストを落とし装備を軽くした代わりに量産艦マスプロモデルに着手してからは、世界の宇宙工学の水準は相当推進したと言って差し支えないだろう。

 地を走り、海を渡り、空を翔けるのと同じように、宇宙をも、その手中に収めていた。


 そして二か月程前、研究チームにより、銀河の向こう側に――地球外生命体の本拠地が発見されたのだった。


 地球とかなり相似の環境を有しており、恒星を中心に周り、水もあるという。本拠地を潰すため、数週間前に人間軍は、そのほとんどの勢力を持ってその星へと向かった。


 最終決戦である。


 のだが。

 

 ――ったく、俺は何をしてるんだかな。


 ニビルは、決戦に参加することができなかった。


 地球赤道上にある衛星軌道基地――大気圏絶対防衛線にて、呑気に椅子に座っていた。


 自分が落ちこぼれであることは知っていたし、元々志願もしなかった。


 予想通り、彼は選ばれなかった。


 前線に行くことは足手まといとされ、衛星軌道上の基地に、置いて行かれた。


 絶対防衛線、などと名づけられているものの、そもそもそこまで一度だって――敵戦艦は到達したことがない。


 ホンダ級。


 アンノ級。


 マツモト級。


 三つの等級のある敵の船は現在、木星中間防衛線より先へは進入は許されないのだ。


 無数の対EL用小型破砕専用ブイが大量に展開されてあるお蔭で――近づくだけで船ごと崩壊する仕組みになっている。


 絶対不可侵の防御。


 苦しくも宇宙人との戦争が、ここ数十年の人間の科学技術を飛躍的に向上させた。


 異常に――と言っても良い。


 それがあるから、この衛星軌道基地は、実質お飾りのようなものなのだ。


 元よりELの艦隊には生体物質が使用されており、外殻を壊せば対処は容易であるのだとか。しかしそんな詳細な情報は、末端の末端であるところのニビルには伝わらない。


 ――科学の進歩って奴か。


 ――つまらなくなったものだ。


 ニビルの他にも、大気圏絶対防衛線に配属された者たちはいる。志願したけれど、役に立たないということで前線に立たせられなかった者たちである。


 ――その判断は、正しいと、俺は思う。


 ――戦争において一番危険なのは、無能な味方なのだから。


 成程、生まれて記憶力を獲得したあたりで、そのレッテルを貼られたニビルには相応しい場所なのかもしれなかった。


 ――ここでも俺は、何にもなれなかったな。


 そんな独白も、真空には響かない。


 もう防衛線にいるほとんどの関係者は、人間軍の勝利を確信し――戦闘中の戦艦からの映像を視聴覚ルームで眺めていた。


 ――ったく、宇宙戦艦のアニメでも見てる気分なんだろうな。


 新技術、歪曲力エンジンの応用――通信技術の発達である。


 どれだけ離れていても――時差は零コンマ以下に抑えられる。


「ったく、ここは絶対防衛線じゃねぇのかよ」


 独り司令室に残り、手遊びをしていた。


 何度かその映像を見たことはあるが、周囲の者たちの、何か映画でも見るような感覚についていくことができず、途中で視聴を辞めた。


 それくらいにあっさりと――地球外生命体ELの艦隊は蹂躙されていった。


 初めこそ残酷だと言う意見も聞いたけれど、徐々に人々は、


 皆で応援をするようになった。


 緊張感の欠片もない。まさに映画の応援上映である。


 目の前に見える地球と、その背景にある星を見比べ、見渡し、そして。


 ――こんな星、なくなってしまえばいいのに。


 そう思った。


 無論、彼の生い立ちを含めての話である。


 ニビルは一度だって、地球に救われていない。


 それは軍に拾われ、衣食住を確保されたのは感謝している。


 しかし過酷な試練、試験、訓練は、いつだって積み重なっていた。


 孤児院の時よりも過酷であった。


 何より皆は、愛する地球を守ろうとしているのである。


 愛する、などと――自分にはそんな言葉、嘘でも言えないなと。


 ニビルは思ったものだった。


 普通に幸せになりたい――そう願わなかったことはない。


 そして、それが叶わない夢だということも、既に彼は自覚している。


 だから自堕落になった。


 真面目にしなくなった。


 勿論階級は下がったし、上官からの評価も酷くなった。


 それでも良かった、どうでも良かった。


 生きている理由なんて、親に捨てられた時から見失っているのだ。


 だから――ならばいっそ、全てが終ってしまえばいいのにと、そういう気持ちを込めて。


 思っただけだった。




(続)

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