第2話 春②

 校門を出てからのことはあまり覚えていない。華への気持ちに気付いてからずっと上の空だった。道すがら交わした会話で変なことを言っていないか、そればかりが気になって玄関先で華と別れてからずっと着替えもせずにクッションに顔をうずめていた。上手く取り繕えていただろうかという疑問と華は私のことをどう思っているのだろうという不安に苛まれていると、彼女が振り返った一瞬の映像がフラッシュバックしてまた最初に戻る。

 一時間くらいそうしていただろうか。自分のお腹が鳴った音で現実に引き戻された。そういえば朝から何も食べていなかったことに思い至る。両親は海外赴任中で不在のため、食べるものは自分で用意しなければならない。冷蔵庫を開けると空だったので仕方なくコンビニまで出かけることにした。 そういえば、華は料理得意だったよな。私がしばらく一人暮らしになるって話した時も晩御飯作りに行こうか?って言われたっけ。 当時の私は「そんなの悪いし、なんか恥ずかしいし。」と言って断ってしまった。ああ、なんであの時素直にありがとうって言えなかったんだろう。でもそんな提案をしてくるなんて、もしかして華も私に気があったりするのかな? 希望的観測からくる、少し気持ちの悪い妄想を振り払うように玄関の扉を開ける。

 

 買い物を終えて帰路につく頃には少し冷静さを取り戻していた。考えるべきは今後の計画だ。私は華に振り向いてほしい。私のことを恋人として好きになってほしい。私にできることなら何でもしてあげたい。そんな気持ちがこみあげてくる。 でも私は華にあげられるものなんて何一つ持ってない。得意なことなんて部活でやってるテニスくらいしかない。

 どうしようかと考えながら歩いていたら突然クラクションが鳴り響いた。気が付くと車通りの多い近所の交差点まで歩いていた。そういえば去年ここで轢かれかけたんだった。あの時も確か華とコンビニまで歩いていた。おどけた拍子にバランスを崩した華を私がかばい道路に飛び出しかけたんだった。幸いお互いにケガをせずに済んで本当によかった。華はしっかりしているようで意外とそういう一面もあるのだ。まあ、そういうところが本当にかわいいんだけど。ダメだ、何を考えていても結局また華のことで頭がいっぱいになってしまう。

 ああ、もし神様がいるなら私になにかきっかけをください。

 都合のいいことだと分かっていても、そう願ってしまうくらいには今日の光景は衝撃的だった。華は一番の親友ではあるけれど、今の距離を長く続けていたせいでどうしたら先に進めるかが全く分からない。普段は全く信じていない神様にすがってしまうくらいに、今の私は華に夢中みたいだ。


 買い物袋をぶら下げて家に帰ってきたとき、何か違和感を感じた。今は私しか住んでいないはずのこの家に誰かがいるような、そんな感じがするのだ。買ってきた弁当をそっと食卓に置くと足音を殺して階段を上り始める。私の部屋の様子を見に行くべきだと直感が告げていた。ドアの前に立つと私は耳を澄ます。何かを書きつけるような音がする。冷汗が背中を伝った。確かに玄関の戸締りはしたはずだ。どこかの窓を開けた記憶もないし、ほかに鍵を持っている両親は来年まで帰ってこないはずだ。第一、うちの親は私の部屋には入らない。では、この中にいるのは泥棒?いや、じゃあこの音はなんなんだ?家探しをするような音ならともかく、盗みに入った先でノートをとるような泥棒がいる?

 恐怖でしばらく動けなかったがその間も書き物は続いていた。動転した私は一度台所に戻り、包丁を取ってくると意を決して自室のドアに手をかけた。

 音もなく開いたドアから見えたのは勉強机に向かってなにやら書いている私と同じくらいの少女の後ろ姿だった。

「ねえ、あなた私の部屋で何をやっているの?」

侵入者に包丁を向け、私は問いかける。驚いて振り向いた少女の顔をみて、さらに驚いたのは私の方だった。

 そこにいたのは北見双葉、つまり私だったのだ。

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