春の風と異邦人

綾瀬 雅

第1話 春①

 『自分と瓜二つの人物を見た人は殺される』

こんなありふれた都市伝説、一年前の自分は一切興味を示さなかっただろう。

しかし、いま私は自分自身と対峙している。比喩的な表現ではなく、にナイフを向けられているのだ。

「あなたも私なら、こうなることは薄々わかっていたんでしょ?」

すっかり暗くなった寒空の下、彼女が問いかける。

「あなたは私を利用していた。でも、そんなことはどうでもいい。私だって華に喜んでもらえるのがうれしかった。」

「じゃあ、なんでこんなことを!」

いや、答えはわかっている。彼女は私なのだ。私を殺そうとするのは当然だろう。

「あなたには積み重ねてきた時間がるから余裕があるんだよ。突然現れたのは私の方。あなたのが有利な以上、奪い取るしかないでしょ。」

 奪い取るしかない――。

初めは協力関係だった。お互い愛しい人に振り向いてもらおうと必死だったんだ。しかし、胸の奥の大きな感情はやがて独占欲へと変わってしまった。


 私は覚悟を決めた。

「本当にいいの?最近あなた運動してないでしょ?」

私としても騒ぎを大きくしたくない。

「丸腰なのにずいぶんと余裕だね。さっすが私だ。」

だからこのまま二人だけで決着をつけなければいけない。

「わたしたち、どこで間違えちゃったんだろうね―――」

この世界に同じ人間は、二人同時に存在できない。


◇◇◇


 高校に入学して2度目の春が巡ってきた。いつも通りテニス部の朝練に参加するために朝早く家を出ると、そこにはいつも通り幼馴染の姿があった。

「おはよう、双葉。」

「ああ、おはよう。」

挨拶を交わしながら学校への道を歩き出す。

「今日の1時間目数学だ~!テンション下がるな~」

「そうだね、私も数学は苦手だから...」

他愛ない会話をしながら歩いていると少しずつ学校が近づいてくる。この時間は朝練のある部活に所属していない生徒しか登校しないため、校門に入る人影はまばらだ。

「じゃあ、私は部室で着替えてくる。華は先にコートに行ってて。」

「うん、またあとでね。」

中学の頃から華はテニス部のマネージャーをやってくれている。なんでも、私が無茶してケガをしないように監視するためだそうだ。たしかに小さな頃は落ち着きのない子だと言われていたし、事実転んでケガをすることも多かった。でも高校生になってまでお目付け役をするというのは過保護すぎやしないだろうか。まあ華は気配り上手で優秀なマネージャーだからほかの部員も助かっているんだけど。


 新学期が始まってまだ1週間の学校は何かと慌ただしい。今日は職員会議のため授業は午前で終わり部活もない。荷物をまとめて昇降口を出ると華が待っていた。

「待っててくれたんだ、ありがとう。」

「ううん、私が一緒に帰りたかっただけだから。」

二人並んで歩き始める。

「部活は好きだけど早く帰れるのって嬉しいよね。」

「うん、なんていうか特別感があるよね。ちょっとした非日常みたいな。」

いつも通りのなんでもない会話。そのとき私は靴紐が緩んでいることに気付いた。

かがんで紐を結びなおそうとしたその刹那、不意に春風が吹く。少し先を歩いていた華が立ち止まった私に気付いて振り返り、長い黒髪がわずかに舞う桜の花びらの中に翻る。

 時間が止まった気がした。

 華のことは小さい頃から見ていた。かわいらしい子だとは思っていたし、一番の親友として好意も寄せていた。しかし、この瞬間の華はあまりにも綺麗で心臓を鷲掴みにされたような衝撃が私を駆け抜けた。

「きれい...」

口をついて零れ落ちた言葉は風にかき消され華には聞こえなかっただろう。

そうか、私、華のことを好きになっちゃったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る