大書庫(独房)送り


「か、母さま!どうして急にそんなこというの!」


 リアーナは怒っているのだろう。しかし、彼女の持つ持ち前の明るさ故か、ただ喚いているようにしか聞こえない。2人はいつもよりも突き放したような態度だ。

 いつもの優しい2人はどこにいってしまったんだろうと、リアーナは不安にかられる。きっと朝に見た夢の影響もあるのだろう。そんな事を言わないでほしいと、彼女はひたすらに抵抗を続ける。


「……早く朝食を食べなさい。そして学校の支度が終わったら、きちんと話すわ」


 ぴしゃりとそう言われて、リアーナは少しびくりとする。


 (大丈夫、きっと合宿みたいなものだよね。しばらく経てば、またこの生活に戻れるはず!)


 と一瞬そんな考えがよぎったが、いつもの暖かかい雰囲気を感じられないあたり、もしかしたらただ事ではない何かが起ころうとしているのかとしれないと、リアーナは思った。しょんぼりと萎みきってしまった心を必死で宥めながら、お行儀よく朝食を黙々と食べ続ける。

 

 チラリとエドゥアルトを見てみるが、エドゥアルトは既に食事を終えて、また朝刊と睨めっこしている。

 と思いきや、ちゃっかり羽ペンを持って毎朝モシュネに送っている「everyday lover Letter」を書いていた。

 おそらく、今は宛名を書いているのだろう。普段なら心ゆくまでに殴り書いているが、心なしかいつもよりもゆっくりと、そして丁寧且つ理性的に書いている様に見える。それを書き終えると、指を一振りして、箒一本分程の長い紙が宙に浮き出し、くるくると筒状に束ねられた。そしてそれを、スーツのジャケットの懐にしまい込む。魔法のジャケットの懐は、何をしまっても不恰好に膨らんだりはしないのだ。仕上げに羽ペンを胸ポケットに挿せば、エドゥアルトの朝の日課は終了だ。


 普段と変わらない様子に少し安心しつつ、リアーナも食事を終えると、皿を重ねてシンクに持っていく。そして洗浄の魔法を使おうと、呪文を唱えて指を3回ほどくるくると回す。けれど水だけが水滴の様に踊り出してしまい、やはり魔法をうまくは使えなかった。 


 ため息を吐きそうになっていると、ダイニングとリビングの繋ぎの場所でモシュネが立っていた。エプロンを外し、簡素な服装をしている。


「リアーナ、こちらへいらっしゃい」


「……いかなきゃだめ?」


 一か八かでそんな事を聞いてみるが、モシュネは厳しい表情で首を振る。リアーナはモシュネの元へと歩いていくと、リビングのソファに隣り合って座ると、モシュネがリアーナの右手を両手で包み込む。ほんの少しひんやりとしている手。リアーナはその手が大好きなのだ。


「急にこんな事を言ってしまってごめんなさいね」


「別居って、どうして?私、どこにいくの?」


 モシュネは少し考える素振りを見せた。

 おかしい!いつもなら迷いなくリアーナを導くモシュネが狼狽えている。リアーナの心は今にもはち切れそうなくらいにドキドキしている。


「優秀な魔法の使い手のいる大書庫ですよ」

 

 いつのまにかエドゥアルトが2人の座るソファの背もたれに左手で身体を支えながらそう言った。逆の手に持っていた杖ステッキを左掌に2回トントンと叩くと、リアーナとモシュネの前に、周りが蔦に包まれているタワー状の建物のミニチュアが幻で映し出される。

 古めかしいレンガが積み重ねられて円柱型の塔は、所々に装飾があるが、蔦のせいで少し見えずらい。


「あなたはここにいる魔法の師としばらく共同生活をしていただくのです。なに、もう一生ここに帰って来れないわけじゃないですから。ねぇ?モシュネ」


「……そうね。そう、一生というわけじゃないから……」


 妙に歯切りの悪いモシュネに、エドゥアルトは「寂しいのもわかりますよ。私だって同じです」と、モシュネの両肩を包み込む様に手を乗せて寄り添う。


「そ、そんな……」


 リアーナは縋るようにモシュネを見やるが、モシュネもエドゥアルトが決まった事を捻じ曲げるような人じゃない事を、リアーナが1番よく知っていた。だからきっと、従うしかないのだという事はわかっているのだ。


 リアーナの魔法は不安定だ。

 朝のベッドメイキングの魔法は完璧でも、食器洗いの呪文はうまくいかない。実際、実技の魔法試験は毎度ぶっちぎりで最下位なのだ。生身で空を飛べても、箒で飛ぼうとすると箒が暴走するし、魔法の杖はもう両手で数えきれない数をダメにしている。

 このままではダメだという事を、彼女が1番わかっているはずなのだ。いつまで経ってもこのままではダメだと心では分かっていても、なかなか練習する魔法はうまくいかなかった。

 モシュネとエドゥアルトも、いい機会だと思ってくれたのだろう。これも2人の愛故だ。


 リアーナはこの気持ちを最大限受け取らなければいけないと感じた。


「魔法がうまくなったら、ここに帰って来れるって約束してくれるのなら、いく」


「えぇ、もちろんよ。愛しいリアーナ」


「それでこそ!あなたならきっと大丈夫」


 そういって3人でハグをして、リアーナは学校の時間が近づいていたので、重い足取りをなんとか軽く見せるように、家を出た。


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


「……これでいいのですか。モシュネ」


「なんのことかしら」


 モシュネとエドゥアルトは、リアーナを玄関から見送った後も暫くその後ろ姿を目で追っていた。

 モシュネの目には、涙がうっすらと浮かんでいる。

 エドゥアルトはそんな彼女にぴたりとくっついて、温もりを分け与えた。


「いえ、これも運命なのでしょうと思いまして」


 ピピィ!


 先刻、人の家の窓に思い切り衝突した青い鳥が、ゆらゆらと空を飛んでいた。

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