静者を統べる者 -狼男と学級合戦-

みずり

序曲 変わりゆく夢現


 ここは夢だ。


 「やぁ。こんにちは。不純な血インブラー」


 ある取り巻きを引き連れた男が、白銀の髪を持つ少女に向かってそう言った。

 小さな少女が振り向いたのをいい事に、彼の取り巻きの数人が一斉に喚き出す。


「本当だ。魔女ウィッチ・魔法使いウィザードの面汚しめ」


「血を全て抜いて戻ってこい」

 

 不純な血、Impurity of blood 。訳してインブラーその名の通り、純粋な血液を持たざる人々をさす言葉である。

 

 ひそひそと。そしてこそこそと。野次馬達の負の感情がこもった声が何個も聞こえてきた。


「不純な血インブラーなのに魔法も対して使えない」


「しまいに、こいつ親と全然似てないんだぜ?」


 じくじくと、ひだまりのように暖かかったはずの心が氷のように冷たくなり、砕け散る感覚に陥る。


 (違う違う違う違う!私はそんなんじゃない!)


「私は、ただの魔女ウィッチ見習いなの。不純な血インブラーだなんて」


 男が少女の目前へと突然接近する。


 魔法だ。


 そして少女の喉元に、人差し指を突きつけて吐き捨てるようにこう言った。


「お前に出会ったせいで、俺は本当に酷い目にあった!」


 そう言われ、ハッと口を塞いだ。

 そして、この言葉は大きな呪いとなるのだ。

「流れていない」と言えるのだろうかと考える。

 他の人よりも血の気のない顔。輝く髪。他人の魔法よりも弱く、どこか代わっている魔法。


 (一体、私が何をしたっていうのよ……!)


 これは現実だ。

 逃げ場はない。

 なぜって、ここは彼女の心情の一部なのだから。


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


 ドカーン!!!


「う、うるさぁい……」

 

 小さな木造の家に大きな爆発音が響きわたる。銀髪の少女リアーナは思い切り飛び起きる。彼女の小さく簡素な部屋の天井から、ポロポロと木屑が落ちてきて頭に降りかかってくる。


 この家では三ヶ月に一回はこのように、キッチン横の謎の部屋から爆発音が聞こえることで有名だ。


 (……やだ。母さまパンを爆発させたの?)


 そんなことを呆然と考えながら、夢見心地なリアーナは慌てることなく頭を振って木屑を落とした。


 まずはさっきの木屑を床に落とす。そしてかけていた布団をふわふわと浮かせて、器用に角と角を合わせて畳み、足元へ置く。枕の内側から空気を仕込み、枕をふわふわをパンパンに膨らませる。快適な睡眠をとれるかは、朝の神経質なベッドメイキングにかかっているのだ。

 魔法が生活の基盤となったこの世界で、ベッドメイキング全てを魔法で済ませるのは、リアーナのポリシーに反している。なので、後は全て手作業だ。

 シーツをビシリと揃えてカバーを掛け直し、枕を定位置に。さき程魔法で簡単に畳んだ布団を手・作・業・で畳む。

 綺麗になったベッドに座り込み、ぼんやりと夢を思い出す。


 (いやなゆめ)


 なんだか今日はいつも以上に鮮明に思い出される夢だ。普段は起きたら忘れてしまうのに。

 だがしかし、夢になんか構っている暇はない。優しい家族がダイニングで素敵な朝食を作ってくれるのだから。

 とらわれるな。頭を思い切り振って顔を引っ叩く。

 どうせこれはすぐに、今日学校で行われる魔法実技の授業によってあの夢は正夢となるのだから。考えたところで無駄なのだ。


 (忘れる忘れる!)

 

 夢で不純な血と呼ばれていたリアーナの容姿は少し特徴的だ。他の人よりも血の気のない顔。輝くグレーの髪。彼女の年齢層の人に比べて少ない魔力、けれどどこか代わっている魔法を使う。そういった少し変わった血や魔力を持つ人のことを、この「リベール王国」では「不純の血」と呼ばれる。国では遥か昔に禁止用語となっていて、今では明確な意味こそ持たない言葉だが、悪意がたっぷり練り込まれている。


(不純な血インブラーって……)

 

 でも、リアーナには友達もいるからそんな事を気にしているばかりではない。ただ、ほんの少し胸の蟠りとなっているだけだ。

 

 そんなことよりも、リアーナは母親と父親の作る朝食を食べる方が大切なので、身だしなみを整えるのも程々に、とりあえず真っ白なシャツにジャケットにプリーツスカート、所謂制服に着替えて部屋を出る。

 彼女はいつだって遠い未来は見ずに、足元の最優先事項と後ろにある過去だけを見つめている。


 (母さま、パンを焼くお部屋だけは開けるなって言うし。よほど汚いのかしら……)

 

 加えてなんたって、食べ盛りの13歳。ほんの少し低い身長も、朝に栄養と牛乳を摂ればしっかり伸びると信じているから。早く食べないと身長が伸びなくなってしまう!ベッドメイキングも程々にしなければ。

 

 小さな木の家の階段をパタパタと駆け下り、鼻で大きく息を吸う。……焦げ臭くはない。

 トーストとベーコン、そして今パチパチと香ばしい音で焼かれているのは、卵。スパイスの効いた香ばしい香りは、鼻と全身をくすぐられる。


「あら、リアーナおはよう。よく眠れたかしら?」


「おはよう母さま!父さまも!うん。もうぐっすり」


 声をかけたのは、金色の髪を後ろで緩くお団子に結って、軽快な仕草で料理するモシュネ・クラーク。

 少なくとも、パン爆発させるようには見えないが彼女の母である。

 厳しいが、愛故の家族にしか見せない優しさが詰まった瞳がリアーナのお気に入りだ。


「おはようございます。髪くらい整えて降りてきなさいと言っているでしょう?」


 プラチナグレーの髪をオールバックにして、シルバーフレームのメガネに黒いジャケットスーツをきっちりと着込み、足を組みコーヒーを飲みながら今日の朝刊の新聞を読んでいるエドゥアルト・クラーク。彼女の父である。

 彼も同様にかなりのスパルタ加減だが、実はかなり甘やかしてくれるのをリアーナはちゃんと理解している。

 ついでに、重度の愛妻家なのだ。


 リアーナは父の向かい側の席の椅子を引き座ると、モシュネが牛乳を運んでくる。そして、エドゥアルトがリアーナの髪を手櫛で整え、髪を編んでいく。

 2人にお礼を言って、運ばれてきた牛乳をリアーナは一気にがぶ飲みし、「ぱふーっ」と独特な言い回しで息を吐くと、追加でもう一杯牛乳を注がれる。

 そして、それをありえないといった顔で眺めているエドゥアルトを差し置いて、リアーナは今朝の爆発について質問する。


「母さま、朝の……」


「爆発はパンを焼いていたら失敗してしまったワ」


 噛みついて割り込むようにモシュネはやけに早口で言う。恥ずかしさからか、彼女の口調はなんだかカタコトだ。


 (なんでパンだけは上手く焼けないんだろう。パンを焼いて爆発するなんて……いや、母さまは完璧だから、このくらい出来ないことがあってもギャップなのか)

 

 そして、モシュネは気まずそうにチラリとダイニングにある扉に目をやる。その隙間からは怪しい黒い煙が出ていたが、消臭魔法でも使ったのだろう。煙が出ているだけで匂いはしなかったのが幸いだ。


「モシュネはパンだけは焼けませんからネェ。そんな所も、愛おしいですが」


 なんだか序盤、これまたカタコトだ。しかしその後のエドゥアルトの口説き文句をモシュネは華麗にスルーして、リアーナの前に食事を運ぶ。


 (あれ?いつもなら父さま、もっと母さまに愛を囁くのに)


 普段の2人にしては少し静かな様子に、リアーナは心の不安がジワリと広がっていく。いつもなら、エドゥアルトの長文口説き文句をモシュネが煙たがって無視をして、エドゥアルトが焦るまでが日常なのに。

 もうこの話はおしまいと言わんばかりに、モリモリとリアーナの食器に目玉焼きがのせられる。


 そうだ。3人が食卓につけば、幸せなひと時が始まるのだ。

 この日常は絶対に手放したくないと、リアーナは常々感じている。マザコン、ファザコン上等だ。


「いただきまーす!」


「あ、そうだ。リアーナ」


「今日のご飯も美味しいよ〜!母さま!」


 目玉焼きを頬張ってライスを口に入れる。ベーコンをフォークに刺して、大口を開けて食らいつこうとしていた時、モシュネの口から衝撃的な一言が発せられた。


「リアーナ、別居よ。次の満月の日から」


 ぼとり。


「……わたし、まだ13歳だよ?半年と二ヶ月前に入学したばっかりの子どもだよ?」


「えぇ。もちろん知ってるわよ」


 口に入れようとした厚切りベーコンが真っ白い制服に落ちるのをギリギリで手で掬い上げ、サラリと皿に戻し凝縮する。


 おかしい。普段ならここでモシュネはマナーについて口酸っぱく怒るはずなのに。

 

 モシュネは何食わぬ顔で、上品にナイフで切った目玉焼きを口に運んでいる。


「な、な、な、な、な、な、なんでぇ!?!?」


 願った途端に、平和な生活を取り上げられてしまった悲痛な叫び声が、小さな家中に響き渡った。


「あぁ、荷造りはある程度しておいてちょうだい」


「え、決定事項なの!?む、む、む、無理だよぉ!?」


 バン!!


「ふぐっ……げほっ」

 

 小鳥とそれに乗った小さな妖精が窓に思い切り衝突し、その音に驚いたリアーナはむせ返る。リアーナの物心ついた時から、あの鳥達は性懲りも無くこの家の窓に衝突を繰り返している。学習能力があまりないらしい。

 それをみたエドゥアルトは「あぁ、今日は忙しい日になりますねぇ」とぼやいていた。


 騒がしい家の中とは対照的に、外では柔らかい風がただ静かに家を包み込むように吹いていた。

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