第13話 報告、相談
深夜、羽音に窓を見ると
急いで窓を開けると、すっと部屋に舞い降りる。
本当は羽音を立てずに飛べる鳥なのに、私に気づいてほしくて羽ばたいていたのね、本当に賢い。
足には文が括りつけられていた。
「ご苦労さま」
それを取り外し、頭を撫ぜると夜鳴鳥は気持ちよさそうに目を細めた。
かわいい。
その羽の美しさに、貴族でも飼っているのを見たことがあるが、本来は皮の保護手袋をしないとお世話できない鳥だ。
だけどこの子は、嚙むとかひっかくとかしない頭のいい子のようだ。
文には、なにか変わったことはなかったかと書かれていた。
そのたずね方は、まるでなにかあったか知っているような聞き方にもとれた。
私は天秤を取り出して、テーブルの上に置く。
すぅっと天秤が輝くと、クリアリが現れた。
『どうしたの? リーディア……夜鳴鳥!?』
私に微笑みかけたクリアリが、夜鳴鳥を見て顔をこわばらせた。
夜鳴鳥の方も驚いて、クュアァと叫んでいる。
「え!? 女神と夜鳴鳥って相性悪かった!?」
クリアリがつつかれちゃったりする!?
焦って天秤をしまおうとしたけど、クリアリは「大丈夫よ」とこわばった顔のまま私をせいした。
『動物は嫌いじゃないわ』
クリアリは自分から歩み寄って、夜鳴鳥をぽんぽんと叩いた。
夜鳴鳥の方も落ち着いて、クリアリに撫でられている。
『ただね……』
撫でながら、クリアリは観察する。
『この夜鳴鳥、魔術の気配が残っているの。お前、どこから来ているの?』
「あぁ」
イリがやっぱり飛ばしているけど、飼い主はモアディさんなのかもしれない。
私は、街で出会ったふたりのこと、そしてイリの力を借りてお金を稼ごうとしていることをクリアリに説明した。
『ふぅん』
クリアリは夜鳴鳥を座らせ、そこに寄りかかりながら聞いていた。
その姿は、ふかふかの長椅子に埋もれているかのよう。
「お茶でも飲む?」
あまりの安楽ぶりにそう提案してみると、クリアリは目を輝かせた。
確か、お母さまと子供の時に遊んでいた手のひらサイズの小さい茶器があったはず。
まだ整理していない荷物箱の中から、カチャリと私は思い出を取り出した。
「ちょっと待ってね、お湯を沸かしてくるわ」
本来、使用人にひとこと「お茶を淹れて」で済んだけど、ここではお茶ひとつ飲むにも自分が動かなきゃいけない。
特にこの数日はやってきた親子をもてなすために、離れの使用人まで借られていてこの離れにいまは私一人きりだ。
信用できない使用人といるより気楽と思うようにしているけど、まだこの離れにも作業にも慣れていない。
『懐かしいわね』
テーブルの上に置いた茶器を、クリアリは手に取っていた。
「えっ!?」
目の前でみるみる、湯気が立ち、茶色の液体がカップに満ちた。
そんな能力もお有りで!?
『アーリアが、私のためにと用意してくれたもののひとつよ』
「お母さまが……あ、お茶菓子もあるの」
敗れた紙袋から、焼き菓子を取り出して小さく割って皿に乗せた。
夜鳴鳥には水と木の実を用意する。
『美味しいわ、いいお店を見つけたのね』
手渡したクリアリにはちょっと大きいかな、という一口サイズの焼き菓子を頬張る。
『ふぉごふぉご……』
頬張りすぎて、ちょっとなに言ってるのか伝わらないけど。
「そうなの。お店の人もいい人たちでね……あ、そうだ」
言わなきゃ。
話していて、早く報告したほうがいいと思った。
「その帰りに、襲われたの」
『え?』
私の言葉に、クリアリは瞳を大きく開いて、手が止まった。
『どういうこと?』
そう聞かれても、それは私の方が知りたい。
「犯人は逃げてしまったし、私は知らない顔だったけど……男たちは私を殺すと言ってた」
『殺すなんて、穏やかじゃないわね』
殺すという強い言葉に、クリアリは顔をしかめる。
「とりあえずイリにも……あ、イリっていうのは協力してくれてる魔法師の護衛の人ね」
『魔法師の護衛? どこでそんな輩と……魔法師もあなたに?』
眉をひそめたクリアリに、私はお金を稼ぐために酒場に行って出会ったと説明した。
余計に眉を顰められたけど。
「うーん……モアディさんは違う、かな」
どちらかというと、モアディさんは巻き込まれて迷惑顔だった。
イリを止めようともしていたし。
『魔法師に護衛がなぜ……』
クリアリは顎に手を当てて思案し始める。
「私の方から声をかけたから、そんな作為はないと思うけど」
店には他にも出入りがあったけど、タイミングと勘で私がイリに話しかけた。
『偶然? 下心があるに決まってるだろ』
クリアリの声が、低い男声になる。
初めて聞いたから、びっくりしちゃった。
「へ、変なことなんてされなかったよ」
『いまは、ね』
それはそうだけど……。
『で、その男が助けてくれたの? 護衛ってことは腕っぷしがいいのよね』
話の流れからだと、そうなるけど。
「助けてくれたのは………」
私はひと呼吸おいた。
「4年後に私を殺す人」
『え?』
驚くクリアリに、結婚予定であったユハス・モリアネが私の斬首に挙手したこと。
私とは政略とはいえ良好な関係だったはずなのに、義妹に心が傾いてしまうことを話した。
「まだユハスさまはあの親子に会っていないし、私は王子暗殺の計略していた罪をきせられていないから、助けてくれたのかと」
『あなた、そんな冤罪を背負うのね』
王族は国の太陽。どんなことがあろうと曇らせてはいけない存在。
本当にそんなお恐れたことを企てたのなら、死罪は免れないけど、私は誓ってそんなことはしていない。
目の前の、審判の女神に裁かれても真っ白だと言える。
「今日のユハスさまはお優しくて、素敵で、私のことを本当に心配してくれた。殴られて負った痛みを、自身に移されて治してくれたの。昔を思い出して、懐かしかった」
『そんなに素敵な人なの?』
興味あるのか、クリアリは前のめり気味に聞いてくる。
どんな仕組みなのか、飲んでも減らないお茶を片手に。
ユハスさまの端正な顔立ち、乗馬の技術、剣術も鍛錬されていること、王子の補佐官にまで上り詰める聡明さ、女性に―――――私にとても優しいこと。
クミンに惹かれる前のユハスさまを、私との時間を、クリアリに語った。
クリアリは、楽し気に時にほぅと頬を赤らめて話を聞く。
意外と色恋沙汰の話しが好きみたい?
『私も会ってみたいわね、ユハス・モリアネ』
できないことを口にして、クリアリは残念がる。
面と向かって会えなくても、さっきユハスさまが言った通りなら近々届けものをしにここに来るだろうから、隠れて物陰からなら見られるのでは? と思った。
見るだけなら。
「ユハスさまは犯人の顔を見たというから、犯人捜しをすると申し出てくれたけど……」
『危険ね』
私のために危ないことはしないで欲しい。
専門の人を雇えればいいのに。
お金があったらできるのにな。
『ユハスはいまのところは信用できるのね』
私はうなずいた。
ユハスさまの態度が変わるのはもう少し後。
いまは大丈夫な、はず。
『………………』
クリアリが、私の顔をただ見つめる。なにか言いたげに。
「言って。なにか言いたいんでしょ?」
『うーーん……』
言いにくそうにしていたけど、私もクリアリをまっすぐ見つめ返していたら、肩をすくめて優しく微笑んだ。
『好きな気持ちはどうしようもないけれど、いまはいいわ。でも、心のどこかには、起こったことを留めておいてね』
「……うん」
まるでお母さまに言われたような気持になった。
隠せない気持ち、か。
話しただけでクリアリに伝わってしまうほどの。
「でも、よく知らないイリよりは……」
どこかでまだ信じたい自分がいる。
ユハスさまを。
悪いのはぜんぶあの親子で、ユハスさまは騙されただけと。
『なら』
クリアリは、天秤を指さした。
『いまはどちらを頼るべきか、天秤に聞いてみなさい』
クリアリのその提案に、私はうなずいた。
そうよ、私がいまいちばん信用できるのはクリアリと天秤の力。
お母さまが残してくれた、救世器。
「わかった」
私は紙を取り出すと、そこに『ユハス』『イリ』と名前を書いた。
『用意はできた?』
うなずいて私は、右にユハスさまを、左にイリを置いた。
「いいわよ、クリアリ。お願いします」
クリアリはうなずくと、天秤の前に立ってなにかの力を受けるように両手を広げる。
『審判』
光に包まれた天秤は、動かない。
「どうして……?」
お母さまの薬については、すぐ傾いたのに。
『天秤だって悩むわ』
ユハスさまに傾いてと願っていた。
でも、天秤が悩むほどの審判なの?
『裁決が出るわよ』
クリアリの言葉の後、天秤はゆっくりと左に傾いた。
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