第14話 招待状
天秤は、イリを選んだ。
ユハスさまを選んでほしいとどこか願ってしまったけど、叶えられなかった。
『天秤も悩んだぐらいよ』
私の落ち込みを悟られたのか、クリアリは慰めるようにそう言った。
『ふぅ……ちょっといつもより力を使ったから疲れちゃったわ』
いつもより?
天秤の裁決によっては、クリアリを疲れさせてしまうことになるの?
女神と言っても、無尽蔵にその力を使えるわけではないだろうけど。
『この結果が、あなたに重要なことは確かよ』
「うん」
天秤に委ねたのだから、私はその結果を受け止めなきゃね。
そう自分に言い聞かせた。
『またお茶に誘ってちょうだい』
ひらひらと手を振って、疲れ顔のクリアリは姿を消した。
天秤がそう下したのなら、それに従う。イリを頼る。
私はそう決めた。
私の想いは、結果と違う。いまも未来も。
私は夜鳴鳥に託す文を書いた。
帰りに襲われたこと。
ちょっとあざといと思いながらも、「怖い」と付け加えた。
か弱い乙女が襲われて怖がっている、となったらより力を貸してくれるのでは? という期待を込めて。
「これは……」
三日後、荷馬車は三台でやってきた。
「やぁ、お嬢さん」
満面の笑みでミト商会のひげ男が降りてきた。
「す、凄い量ですね」
早まった納期と予想以上の量に、顔が引きつってしまった。
いまお父さまたちは、貴族仲間に新しい妻子を紹介行脚に忙しく留守がちなのは助かった。
ある程度資金が回りだしたら街はずれにでも倉庫を借りたほうがいい。
「あの、えーと……」
会社の名前しか知らないので、このひげ男をなんと呼んでいいかわからない。
ミト商会ってことはミトさん? でも、この男が主人とは限らない。
困っていると、察して名乗ってくれた。
「俺はカーネリア・ミト。こっちがザン」
契約の時にもいた、背の高い男も紹介してくれる。
ザンはぎこちなく会釈だけよこした。
「これぜんぶ私の買い付けでいいんですか?」
「ああ。良かったな、去年より卸価格が安かったぜ」
安く済んだのはいいけど、量が……。
頭の中で、販路を開くまでどこにしまっておくかを考える。
下手したら、主に使っている部屋にも置かないといけないかもしれないわね。
そんな量だ。
「中を確認してもよろしくて?」
「あぁ、もちろんだ」
荷馬車の幌を開け、積まれた毛や毛皮を束ねている紐を切り、捲って見せてくれる。
正直、品質などは私は見ただけではわからなかったけれど、石とか枝とかで重量は誤魔化していないようで安心した。
「これでいいなら、納品させてくれ」
「お願いします」
私は笑顔で応えた。
荷物は空いている部屋にとお願いしたら、馭者とザンがきっちり空部屋に収めてくれた。
主屋が圧迫されないで済んでよかった。
「ありがとうございました」
納品書に記名して、残金を支払い取引は終わり。
あぁ、私の現金がわずかになってしまった。
早く売りさばかなきゃ。
あと少しは、お父さまに頼めば現金を与えてはくれる。
はず。
「思っていたより早く納入していただいて、感謝します」
物があれば、早くに次に取り掛かれる。
「うちは北との貿易に強いからな。顔見知りに声をかけたらすぐさ」
北に強い?
イリはそれを知っててミト商会を紹介してくれたっていうの?
天秤が示す通り、少し乱暴だけど私に好転をくれてる。
「ミトさん、魔炭て仕入れられますか?」
「魔炭だと? そんな高価なもの…まぁ、多少は心当たりがある」
「ほんとに!?」
私は小躍りした。
魔炭は、生成が難しく量が少ないから高価なのだ。
なにせ、一度火を付けたらひと冬消えない炭で、その炎も赤や青、金色や銀にと日によって変化して、目にも楽しいものだから貴族が買い占めていていつも高価だ。
「あと綿と水鳥の羽なんかも?」
「できるよ」
思い出したことがある。
あの人がたくさん死んだ冬のあと、綿と水鳥の羽を混ぜたものを防寒着にするのが流行ったことを。
貴族は水鳥だけで作っていたけど、庶民は手が出なかった。
混合なら価格は抑えられるし、もうとにかく重ねて着てもらって暖をとってもらうしかない。
魔炭ほどじゃないけど、石炭も高価だからひと冬は越せないから。
「資金を作ったらすぐ連絡します」
「あぁ、お待ちしてるよ」
「またよろしくね」
心なしか荷が軽くなってホッとした顔の馬を、ポンポンと労ってミト商会を見送った。
見えなくなるまで手を振って、さぁ部屋に戻ろうとしたら馬車がこちらにやってくるのが見えた。
「あれは……」
記憶が確かなら、モリアネ家のもの。
「ユハスさま?」
どきどきと、胸が高鳴ったが、違った。
馬車はモリアネ家のものだったが、ユハスさまの姿はなく、ただの使いのものしか乗っていなかった。
「申し訳ありません。ユハスさまは外せない要件が入ってしまい、私が代理でやってまいりました」
私、がっかりした顔を見せてしまったのか、そう頭を下げられてしまった。
「いえいえ。それで今日は……」
初老の男性は、ユハスさまの家の主任執事さん。
いちばんの使用人をおくってくれたことが、嬉しかった。
「主人からのお届け物をお預かりしております」
物腰の柔らかい執事さんは後ろを振り返り、馬車の中から大きな紙袋と、白い箱を取り出した。
「どちらの部屋に置かれますか?」
「あ、こちらに……」
今度は主部屋に案内する。
執事さんは、ゆっくりとした歩みで私の合わせて歩く。
こんな優雅な執事さんが、うちにもいてくれたらいいのに、といつも思っていたな。
うちの執事もいい人だったけれど、お母さまが亡くなってすぐ、お父さまに暇を出されてしまった。
あとで聞いた話では、新しい妻を迎えるのは喪があける来年にと進言したのが気に食わなかったからだという。
私が生まれる前から仕えてくれていた穏やかで優しい人だったのに、簡単に。
「こちらでいいですか?」
「はい」
主室の、テーブルの上に荷物を置いてもらった。
高価な調度品などひとつもない部屋、執事さんはなにも言わないけどユハスさまに報告しちゃうだろうな。
それが仕事だもの。
「これは?」
封がされていない袋の中には、パンが半分飛び出ていた。
届けると約束してくれた食料。
でも、この白い箱は?
「ユハスさまからのプレゼントでございます。どうぞ開けてみてください」
「はい」
勧められて、私は箱を開けた。
「うわぁっ!!」
声が出てしまうほどの驚きだった。
「綺麗な色……」
箱から取り出して、うっとりと見入ってしまう。
淡いブルーの、羽のように軽いドレス。
いまの流行りのデザインで、胸は控えめ背中は大胆に。
身体のラインが試されるドレス。
「こちらもどうぞ」
差し出された封筒。
白い封筒のふちには金の装飾。
封の蝋印には、モリアネ家の家紋。
この封筒には見覚えがある。
差出人、ヒイロ・モリアネの記名があった。
開封すると、優しい花の香りと一輪の押し花。
お茶会への招待状。
ヒイロさまはユハスさまの妹。このお茶会は、ヒイロさまのお誕生日会だ。
「このドレスでお越しいただくのを、ヒイロさまもユハスさまも楽しみにしております」
にこやかに言われた。
刻戻り前の私は、そんな気持ちにならなくて行かなかったお茶会。
あの時は執事さんではなく、文だけが届けられたのだけれど。
「お心遣いありがとうございますとお伝えください。私も楽しみにしております、と」
これは好機だ。
ぴっと頭にひらめいた。
お茶会に集まった貴族に、「今年の冬はすべてが凍り付くような冬になるそうよ」と囁く。
貴族たちは噂好き。すぐ広めてくれる。
あぁ、そうだ。ヒイロさまへのお祝いは仕入れた毛皮で肩掛けを作って贈ろう。
目の前で素敵な毛皮を見につけたら、きっと私も私もと言い出すに違いない。
市販にはない、ひとりひとり違ったデザインのものを作ると言えば、人とは違うものが好きな貴族は飛びついてくる。
私には勝算がある。
だって、このあとに流行るものを知っているから。
あの嫌な日々を過ごした記憶が、いまの私の助けになる。
思い出したくない日々だけど、記憶を探れば未来を覆す鍵が落ちてる。
幽閉される前までだけど。
原料があるのだから、あとは仕立て屋に依頼をかければいい。
紙を取り出し、簡単に絵を描いてみる。
ああしよう、こうしよう、とお洋服のことを考えるのは楽しい。
将来、生きていればこういう道もいいわね。
どれぐらいぶりだろう、こんなに胸躍るのは。
いいもの作ってお金を稼ぐぞ!
コンコン。
「ひゃっ!」
決意を胸に腕を振り上げた瞬間、窓が叩かれた。
夜鳴鳥が来た?
振り返ると、そこには。
「イリ!?」
ニヤニヤとしたイリが窓の外に立っていた。
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