第5話

 ヴェルディア領海内 晴天:10:57


 発艦要員は左手を後ろに組み、右手で二本指をまっすぐ甲板と平行に伸ばした。

 ブレーキを離す。

 加速と共に、スキージャンプ台を乗り越え、ふわりとした浮遊感と共にホーネットは空母から離れた。


 グラハムと、彼に続いて離陸したスニーヤ隊の3機は編隊を組み、カラコルムの周りを一周する。

 乗組員たちが拳を突き上げ、腕を振り、彼らの激励を送る。

 空母カラコルムはヴェルディアにその巨体をぶつけに行くため、最大船速で巡航している。この艦の姿を見るのがこれで最後だ。


 グラハムはバイザーを引き下げ、スニーヤ隊と自分に言い聞かせるように言った。


 「行くぞ、諸君」


 ◇


「カラコルム航空管制より、フルミネ、スニーヤ隊へ。

 北東からさらに国連軍機の増援、10数分で諸君らの迎撃に来るはずだ」


「了解。

 これで4個飛行隊分ぐらいか」


 国連軍の戦闘機、F-16、F-15、mirageなどの機体が、ヴェルディア上空でグラハムらを待ち構える。

 総数、60機程、更に増援もいる。4対60、絶望的な戦力差だ。


「だが、対空ミサイルは用意できなかったようだな」


 唯一の光明と言えば、国連軍が対空ミサイルを用意できなかったこと。

 スニーヤ2の特攻により、元からいた常駐軍のものは壊滅した。

 新たに配備しようとしたミサイル達は、ヴェルディアからの避難民の渋滞に巻き込まれ、到着しなかった。


「こちらミケルセン。

 カラコルムの防空ミサイルを、攻撃に回す。

 これで連中の出鼻を挫こうではないか」


「しかし、それでは、カラコルムの防御が」


「なに、CIWSがある。

 もとより、突っ込ませる予定なのだ。

 弾薬を惜しむな、派手に逝こう!」


「了解、航空目標、F-15 ボギー1から6! 艦隊防空ミサイル、攻撃はじめ!」


「撃てっ!」


 空母から撃ち上がったミサイルが、超音速でグラハムらを追いこしていく。

 様々な武装を積み過ぎて艦載機の搭載数が少なくなっているという非難があったカラコルムだが、単艦でのクーデターという限られた場面では大いに役立った。

 ミサイル群は国連軍の先鋒部隊に襲い掛かった。


 <アトランタ1がやられた! 隊長機ロスト!>


 <オーデンセ よりアトランタ隊へ、生きている者は我の指揮下に入れ!

 くそ、空母が厄介だ! 退きで戦うぞ!>


 国連軍機が背を見せて、撤退しようとしたのをグラハムは見逃さなかった。


「全機、槍を放てLanch your missiles


 グラハムの号令を受け、スニーヤ隊のラストーチカが中距離ミサイルを全弾発射する。国連軍機は、前のグラハムらのように迫りくるミサイルを回避しようと都市部上空で回避旋回を始めた。

 それに切り込みをかけるかのように、グラハムは一度バレルループを入れて、ヴェルディア上空へと突入した。


「フルミネより全機、帰還を考えるな」


 ◇


 <国民の皆様、部屋の中で落ち着いて、冷静に過ごして下さい。

 事態は国連軍の協力の下、アンダーコントロール下にあります。

 私も、ヴェルディアを離れませんので冷静に……>


 ヴェルディアの防災無線では、大統領のメッセージが繰り返し流れている。

 しかし、幹線道路は乗り捨てられた車で埋め尽くされており、

 グラハムの放ったサイドワインダーAAMにより、翼を失ったF-16が、外資企業のトラック製造工場に墜落し、激しく炎上した。

 あちらこちらで、黒煙が上がっていた。


 <AWACSより、国連軍所属の全機へ。 

 人口密集地での戦闘は避けるんだ!>

 

 <完全に市街地上空に入り込まれている! どうしろって言うんだ!>


 <命令は絶対だ! 空き地などの人通りがないところで撃墜せよ!>


 <滅茶苦茶言いやがる!> 


 グラハムは敵を欺く為、工場から延びる煙突の隙間をすり抜けて見せる。

 文字通り、スズメバチのような俊敏さ。

 誰も彼のホーネットについていくことが出来ない。

 

 <クソ、追いつけない!

 こいつとんでもない所を……命が惜しくないのか!?>


「ああ、惜しくなかったよ。もっと大事な信条があった」


 グラハムは敵から混線してきた無線に、届くかどうか分からない返事を返した。


「スニーヤ3、敵mirageを撃墜! しゃあ、見たか!」


 グラハムの冷え切っていた感情は、少しだけ魂が熱くなっていた。

 この感覚、ずっと、5年前から待ち望んでいたものだった。

 ヴェルディアを守るために、飛ぶ。その根本が覆り、何もかもが狂ってしまったとしてもだ。


「スニーヤ1よりフルミネ! レーダーに海上からカラコルム迫る敵航空機部隊を補足! きっとP-1とF-2で構成された対艦攻撃部隊です!」


「……! 護衛戦闘だ、連中を叩き落と――」


「その必要はない、例え艦橋が潰されようとも、この重航空巡洋艦カラコルムは沈まぬ! 」


「ミケルセン艦長! 」


「役目は果たすさ!

 お前たちは、こうなった元凶を潰すのだ!

 大義を果たしてくれ、全ての死を無意味に返すな!」


 ミケルセンの声を受け、グラハムは決意する。

 その時、偶然下を巡らせた目に、あるものたちを捉えた。

 この国の女性大統領と、閣僚、さらには外資系企業の重役たちだった。

 彼女達はSPに護られながら、輸送ヘリへと走っていく。


「ヴェルディアを離れないと言っておいて……! 自分は逃げるのか!」


 <AWACSよりエリア8A展開中の各機、離陸するヘリを死守せよ!  

 発砲自由! 最重要目標だ!>


 ホーネットは鋭く旋回し、ヘリのいる方角へと向かう。

 ヘリは大統領たちを乗せ、ローターを回し始めていた。


 <了解、命令を遂行します!>


 勇ましい声を上げた国連軍のF-16のパイロットが、グラハムの進路をふさぎ、ドックファイトを仕掛けて来る。


「何の為に戦っているんだ!? 」


 グラハムはやり切れない思いを吐き捨てる。


「スニーヤ隊、援護します! 中尉殿行ってください!」


 <デンバー隊、あの愚連隊どもを止めるぞ!>


 グラハムは迫りくる敵のミサイルを直線的に回避しつつ、ヘリに迫る。

 一発のミサイルが主翼付近で爆発し、ホーネットの主翼にいくつもの穴をあけ、トリムで無理やり調整し、飛び続ける。

 同時に、ヘリも飛び上がる。




「スニーヤ4、4番機? 逝ったか……」

 <被弾した! クソ、テロリスト共め! >

「スニーヤ3、エンジンロスト! 最後は盾になります、ううぉお――!」

 <ええい、何をしている!? 奴をとめろ!>


 そして、グラハムは遂にヘリをガンの射程圏内に捉えた。


 <ま、待ちなさい。私が話します! 

 私はヴェルディア大統領、クレア・エリザベートです。

 話せば、わか――>


「ガン・ファイア!」


 ホーネットの放った20mm機関砲は、ヘリを瞬く間にズタズタにして、火だるまにした。


 <ぎゃ、あああああああああ、ああああああああ>


 大統領の断末魔が響くと、戦場は静まり返った。

 誰もが時間が止まったかのように、攻撃するのを忘れ、ただ茫然と飛んでいた。

 グラハムは上昇して、周りの状況を確かめる。


「スニーヤ隊? 誰か生きているか?」


「……」


 スニーヤ隊の姿、見えず。


「カラコルム、ミケルセン艦長! 私はやりました! 誰か聞こえるか!? 」


「……」


 海上に見えるカラコルムの艦橋はミサイル攻撃により抉られており、至る所から、炎をあげながらも、沈むことなくヴェルディアへと進んでいた。



 誰も残っていなかった。

 ホーネットも右主翼は穴だらけであり、左垂直尾翼は外れ、ミサイルは残っておらず、満身創痍だった。

 グラハムはそれでも、決意を口にした。


「俺は空で死ぬ。

 燃料切れでは、死なない! 俺はここで死ぬ! 」


 だが、国連軍機は蜘蛛の子を散らすかのように、撤退し始めた。


 <空母カラコルム、阻止限界点を突破!

 大統領閣下とも連絡が取れない、作戦は失敗だ……!>


 <こ、こんなところで死ねるかよ!>


 <AWACSより各機、作戦本部から撤退命令が出た。一時撤退せよ!>


 グラハムは底冷えした。

 味方は全滅、敵も逃げ出す。

 また、空に取り残されるのか?


 その時、ホーネットのレーダーは別方向から、近づく複数のシグナルを捉えた。


「……敵機か!?」


 言葉とは裏腹に、グラハムの表情はまるで一筋の望みを縋るような顔つきだった。


 だが、それは敵では無かった。


「いいや、敵ではない!

 我らの英雄よ! 我々は連邦の離反兵だ!

 君の事を知って生きる勇気を得た! 

 我々と共に行こう!」


「新時代の英雄! 死なせはしませんよ!」


「武力の行使によって、世界は変わる。そうでしょう?」


 連邦から離反した戦闘機部隊だった。

 あの命令を拒否したアクラ型潜水艦のように、現状に不満を持つ兵士達が、グラハムを英雄視していたのだ。


 だが、グラハムは激しい頭痛を覚え、頭を抱える。


 ……死にに来たんじゃないのか、この戦場に。

 また、仲間が死んだ中一人だけ生き残るのか?

 しかし、自分を助けに来た無垢な兵達を見捨てるのか?

 武力の行使によって、世界は変わる? そんなこと言ったか?

 軍人の人権と、ヴェルディアを守る為の行動だった筈だろう?


「グラハム中尉、どうしたのです? 返答を?」


 何故、こうなる?

 言葉で、行動で示した。

 一体、何処に間違いがあった?

 意味を持たせようと戦ったのに、意味を誤解されている。


 最初から、意味なんてなかったのか。


 ははは、はははははははは、はははははははははははははははは。

 グラハムは久しぶりに、声を上げて笑った。

 一つも楽しくないのに。


 ああ、歪んでいるのか。この世界は。


「グラハム中尉、負傷しているのか? 応答してくれ」


「いや、大丈夫だ。

 共に行こう、同志よ」


「嗚呼、同志よ。我らも導いてくれるのか?」







「ああ、行こうか。

 この歪んだ世界をリセットしよう」


そう答えたグラハムの表情からは、一切の感情が消えうせていた。





 


 

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