第4話
この話には幾分かの憂鬱な描写が含まれます。
◇
「……」
漆黒の暗闇の中、グラハムは自身の機体から切り離された爆弾がビルへと向かっていくのを凝視していた。
やがて、彼の優れた視力をもっても、爆弾が闇に消えて見えなくなり、その数秒後、ビルに命中した。
ビルの灯りが激しく点滅した後、炎が上がるのが見て取れた。
「スニーヤ1よりフルミネ1、攻撃命中を確認しました。
まだ、構造は保っていますが、長くは持たないでしょう」
グラハムのホーネットの後ろから、四機のラーストチカがついてきていた。
彼らは空母カラコルムの本来の航空部隊スニーヤ隊だ。
「了解。
反転、離脱、カラコルムに帰還する」
前の戦争では訓練兵で、ほとんど実戦を経験していない四人の青年で構成されたスニーヤ隊の面々は、初めての実戦の前にどこかわくわくした表情を見せていた。
だが、今空爆の戦果確認の声は不安と恐怖に押しつぶされそうな音色だった。
それでいい、グラハムは心の中で頷いた。
空に取り残され、歪んでいくのは自分だけでいいと。
その時、ホーネットのRWR(レーダー警報装置)が警報を鳴らした。
「くっ、2時の方向、地上からレーダー照射!
地対空ミサイルだ。
連中、ついに目を覚ましやがったか!」
「4時の方向からもです!
今更ながら、国連軍のミサイルが稼働したようだ。
空爆された後に慌てて反撃しても、それはもう、言い逃れの出来ない失態だ。
とにかく、彼らのミサイルが空に撃ち上がってくる様子が見て取れた。
「一発、二発……いや、もっとだ!
10発近く撃ってきてるぞ! 」
「全機、速度を上げて、高度を下げて振り切るんだ!
海面まで出れば!」
「中尉殿、ご心配なく、我々の任務はこのためなのですから!」
精一杯の勇気を振り絞るように、スニーヤ隊のパイロットが力強く叫ぶ。
スニーヤ隊の任務はぞろぞろとグラハムの空爆を見学する為ではない。
ミサイル迎撃を受けた際、その囮となる為だ。
一機よりも四機で居た方が敵の攻撃を分散できる
とにかく、障害物の無い海面まで出れば、超低空飛行でミサイルのロックから逃れられる。
だが、そんな単純な作戦で皆揃って生還できるわけが無かった。
「駄目だ! スニーヤ3、フレア! 回避行動をとる!」
「ブレイク! ブレイク 、クソ、今のは近かった! 」
「新たなミサイルの発射を目視!
Manpads! 」
「フレア!フレア!」
放たれたミサイルが、グラハムのホーネットが後尾から射出されたフレアに惑わされ、あらぬ方向に飛んでいく。
たがほっとする暇もなく、グラハムは反対に旋回し、次のミサイルの回避を試みる。
スニーヤのラーストチカがすぐ上を掠め、グラハムは反射的に身をすくませる。
「くそ、空が狭い!」
簡単に背を向けて退却することも出来ず、ミサイルに迫られた彼らは急旋回での回避を余儀なくされる。
帰るべき海はもう少しの所なのに、彼らは延々と旋回せざるを得ない。
「こちらカラコルムより作戦参加中の各機! 周辺国から国連軍戦闘機の離陸を確認! 直ちに離脱を!」
「スクランブルを出すのか! 今更!」
そう、もう手遅れなのだ。
会議が行われていたビルは空爆された後だ。
今更、実行犯を撃墜した所で元には戻らない。
国連軍にとっても、ヴェルディアにとっても、そして、グラハムにとっても手遅れなのだ。
あとはあの時の隊長のように、彼は既に覚悟はできていた。
グラハムは息を吸って、吐いた。
「フルミネより全機へ。 俺が囮に――」
「スニーヤ2、私が囮になります!皆は帰還を!」
グラハムの覚悟を上書きしたのは、スニーヤ隊の若手パイロットだった。
「何を言っている、スニーヤ2。
出撃前、君は家族の写真を見ていたじゃないか?
心残りがあるんだろう、そんな奴を死なさ――」
「いえ、あれは死んだ家族の写真です。
もう、私に家族はいません」
青年の言葉を聞いてグラハムは思考が停止した。
「生きていればよいことがある、死ぬな」「君の家族もそんなことは望んでいない」、そんな言葉が思いつくが、あまりのやすぽっさに口にできなかった。
彼に取り残された自分のような空虚な人生を続けさせるのか?
「対空砲が撃ち上がってるぞ!」
「フレア、残弾無し フレアが無い!」
「中尉、私にご命令を!
ずっと、軍人に憧れ、戦後はその未練にかられたまま、幽霊のように生きていました。
最後に軍務を全うして死にたいのです!」
彼を差し置いて、自分だけ仲間を逃がして、英雄のような死にざまを望む。
そんなことは出来なかった。
「……。
分かった。此処で散ってくれ」
グラハムは命令を下した。
「了解! スニーヤ2、命令を遂行します!
中尉、どうか皆を導いてください! 」
彼は満ち足りた声で、そう告げると、機体を反転させてミサイルの発射元の方へと機体を向けた。
すぐに彼の元にミサイルが命中し、彼の乗機、ラーストチカが炎に包まれた。
「スニーヤ2!」
「まだです! よく見ておいてください!」
機体の垂直尾翼やエアブレーキがバラバラと砕けながらも、ラーストチカはまだ飛んでみせ、あるところに向かっていた。
彼の意図を察した国連軍は死に物狂いで、彼のラーストチカに攻撃を集中する。
「皆が、そこに。
クロエ、そこに居るのか……今そっちに居くぞ」
最後のつぶやきと共に彼の機体が爆散し、一つの火の玉となった。
そして、その火の玉は、国連軍の駐屯地へと落下した。
中型戦闘機の肉弾攻撃は、1000ポンド爆弾並みの火力だろう。
国連軍の迎撃は沈黙した。
「全機、今だ。海上に出る。
……スニーヤ2の死を無駄にするな」
グラハムは彼の死を無駄には出来なかった。
生き延びてしまった。
死に場所を求めていたのに、死ねなかった。
◇
ビルの空爆により、ヴェルディア政府関係者、招かれていた海外企業の重鎮、合計19名が死亡した。
先の戦争では、ヴェルディアから派兵された兵士は621人が死亡した。
これが多いのか、少ないのかは個人の受け取り方になるだろう。
ともかく、罪なき人々を殺めたグラハムと空母カラコルムの正体は報道機関によって暴かれ、国際的なテロリストとして大々的に報道された。
カラコルムが所属する連邦は国際的な非難を浴びた。
連邦はすぐにカラコルムの撃沈を約束し、周辺海域にいたアクラ型原子力潜水艦を差し向けた。
しかし。
「対潜戦闘用意! 対潜戦闘用意! アクラ型の推進音を探知!」
「敵艦の位置は!? 」
「4時方向、中距離!
敵艦、アクティブソーナーを打ち続けています! 」
カラコルムの艦橋では、潜水艦の音を探知していた。
巨大な空母だが、対潜戦闘殆ど皆無だった。
だが、ソーナー員はあることに気づいた。
「待ってください、艦長!
この音をお聞きください! 」
「むっ、モールス信号か? 」
「はい、敵艦。いえ、連邦海軍、アクラ型からのモールス信号です。
『我、貴官ラニ敬意示ス。武運ヲ』」
その言葉を聞いた艦橋の乗組員たちは温かな感動を覚えた。
同じく今の時代に不満を抱いていたアクラ型は攻撃命令を拒否したのだ。
アクラ型は攻撃に失敗したと虚偽の報告をし、離脱した。
若きパイロットが身を投げ出した英雄譚、他艦からの激励、カラコルムの乗組員たちには正義感が芽生え始めた。
『無意味に生きているよりも、有意義な死を』
それが軍艦という閉鎖空間で蔓延する、世間とは相反する価値観だったとしても。
◇
グラハムらは今度は堂々と、空母カラコルムの航空管制用の高域無線を使い、ヴェルディアに要求を伝えた。
『今回の空爆を行ったのは我々である。
貴国らが逮捕した退役軍人らは何ら罪もない。
即時、釈放を求める。
これは最後通牒である』と。
しかし、ヴェルディアはテロリストとは交渉しないと強気な態度に出た。
テロとは交渉しないというのは国家としての正論だが、無実の者を収監するというのは国家としての暴論だった。
これは怒りに膨れ上がった国民感情への配慮だった。
ヴェルディアが強気に出たのは、後ろ盾があった。
国連軍は空爆を阻止できなかった責任を認め、戦闘機部隊を含む、大規模増援を約束したのだ。
それが虎の威を借りる狐であっても、海外企業を引き留める為にも、全力で強気に出た。
そして、事件は起こった。
ヴェルディア当局は、グラハムらが退役軍人らの奪還に動く可能性を考えて、より厳重な刑務所へと輸送した。
その輸送車列を大勢の市民らが取り囲んだ。
「そいつらを引きずり出せ! 」
「俺達の生活を奪いやがって! 」
「ただじゃあ、おかないぞ!」
護送していた警官たちは、百名を超える暴徒と化した市民達に恐れ、一目散に逃げ出した。
いとも簡単に、護送車から手錠をかけられた退役軍人たちは引きずり出された。
彼らは戦争で負った傷が癒えていなく、痛々しい傷を抱えていたが、それが逆に市民達の逆鱗に触れた。
「見て、こいつら弱そう」
「背中を向けて戦場から逃げて来たんだ」
「赦さねぇからな!」
市民達はバットや角材といった粗末ながらも、致死的な凶器を振り上げた。
この一連の流れをヴェルディア政府は黙殺しようとしたが、偶然、その場にいた外国人ジャーナリストに撮影され、白日の元へと晒された。
◇
「……」
グラハムはカラコルムでその報道を知った。
彼は一人、甲板デッキのキャットウォークへと出て、夕日に照らされる海を眺めていた。
ヴェルディアから少し離れたこの海域では、まだ美しい海が広がっているが、工場群から汚染水が流れ続ければ、この海も醜く汚れるだろう。
「歪んだ世界を浄化するには、全てをリセットしなければいけないんだ」
グラハムは虚ろな目で静かに呟いた。
その翌日、彼はカラコルムの乗組員たちを全て集めて、こう問うた。
「どうか、自分の気持ちに素直になって欲しい。
次の作戦は、帰還・生還を考慮しない。
誰かが待っている者、命が惜しい者は下がってくれ」
その言葉を聞いて、十数名程が一歩引いた。
だが、殆どの者は腕を後ろに組んで、姿勢一つ乱さずに直立の姿勢でその場を動かなかった。
彼らの表情を見て、もう一度念を押すのは野暮だとグラハムは考えた。
「我々が戦ったあの時間を、忘却の彼方には置かせない。
我々が失った戦友達を、コンクリートの道端には捨て置かせない。
この原子力空母、カラコルムをヴェルディアの湾岸に突っ込ませる。
あの地に住む価値を持つ人間など最早存在しない。
ヴェルディアの地を、全ての戦友たちのメモリアルにする」
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