第3話


「フルミネ1、カラコルム。

 着艦を申請する」


 グラハムが搭乗したホーネットは、二度目の慣熟飛行を行った後、空母へ帰還しようとしていた。

 継ぎはぎの戦闘機、やはりかつての記憶と比較すると、少々重くなった気がした。

 だが、戦える筈だ。


「こちらカラコルム航空管制、航空デッキクリア。

 着艦を許可する」


「了解、着艦体制に入る」


 グラハムは空母への着艦の為、カラコルムの右舷から近づき、艦尾を通り過ぎるタイミングで左に大きく旋回する。

 そして、フラップとスピードブレーキ、それからランディング・ギアを展開して360度旋回を行い、減速し、空母のアングルドデッキの向きと機体を進行方向を合わせる。

 海は少し波立っている、巨体な空母カラコルムも自然には抗えず、ぐらぐらと揺れている。

 今の空母との距離は300m程、着艦降下を開始。


「警告、東からの突風が吹き始めた。着艦のやり直しを検討せよ」


「問題ない、ファイナル・アプローチ」


 空母まで200m

 機体を降下させながら、やや右に傾斜させ、横風に抗う。

 100m、機体を水平に戻す。

 速度、200km。スロットルは80%を維持したまま。


 そして、空母のアングルド・デッキにタッチダウンした。

 カラコルムの全長は300m程度、到底、時速200kmの鋼鉄の塊が止まり切れるわけが無い。その為のアレスティング・フックが空母後尾に備え付けられたケーブルを捉えた。

 ケーブルがフックに引っ掛かり、ケーブルがぴんと張って、200kmの衝撃を僅か2秒で0kmまで強制的に減速させる。

 コックピットの中で、グラハムはコックピットの中で鋭い衝撃喰らうが、この感覚すらも懐かしい。

 グラハム機が停止すると、空母の甲板員たちがわっと集まる。

 機体を彼らに任せ、グラハムはかけられたタラップから降りた。


「見事な腕だ。変わらぬな」


「ミケルセン艦長」


 艦橋から現れたミケルセンに、グラハムは敬礼する。


「どうやら模擬空中戦では、我が艦隊の戦闘機スニーヤ部隊を一捻りにしたようだな」


「いえ、彼らはまだ若いので仕方ありません」


 丁度、彼らが会話する前で、海軍型のラーストチカが横風に煽られ、着艦やり直しをしているところだった。


「悲しいことだが、熟練パイロットは先の戦争で殆どがやられた。生き残った者の中には、戦犯として新連邦政府の手によって投獄された者もいる。


 ……して、本当にやるのか? 雷光の轟作戦を」


「もともと雷光の轟作戦は単機でレーダー網を避けて電波塔に近づくという作戦でした。 私一人でもやって見せしょう」


「しかし! 君が堕とされれば、フルミネ隊は全滅だ!

 君の隊長と私は戦友だった! 無謀な作戦で君が落ちれば、私は奴に顔向けできな……む、雨か」


 強い口調で諭そうとしたミケルセンだったが、突然の雨に顔を上げた。

 遠くの海の上ではフルミネが轟く。


「艦長、もう私はフルミネの一員であることに自覚が持てないのです。

 誇りに満ちた日々は嘘のように消え去り、雷のように戦った記憶は毎日薄れてゆく。

 今の私はただの小雨、いや、空に取り残された残渣Remainです」


「グラハム……」


 悲し気に告げるグラハムに、ミケルセンはかける言葉が見つからなかった。


「艦長、予定通り、明日の22:00に作戦は決行します。 

 きっとこの作戦で、祖国ヴェルディアは生まれ変わる。

 いや、古き良き故郷に戻る筈です」


 ◇


 翌日、天気予報通り、雷鳴轟く大雨。

 空母カラコルムは、連邦海軍本部に機関故障を伝達し、護衛艦たちを先に逝かせ、自身は単館でヴェルディア領海近くに留まった。

 老朽化したカラコルムが機関故障することは珍しくなく、連邦は特に怪しまなかった。ヴェルディアは無関心のようだった。


「ご一緒できず無念です、グラハム中尉!」


 若いパイロットが涙を流し、グラハムに敬礼した。

 彼は共に出撃を志願したのだが、練度不足であることを理由に参加を拒否されたのだ。


「大丈夫だ、必ず戻ってくる」


「ご武運を!」

「同志に栄光あらんことを!」

「連邦万歳!」


 乗組員たちが声援を背中に感じながら、グラハムはホーネットへと乗り込んだ。

 機体を発艦位置につけると、後部で排熱版ディフレクターがせりあがる。


「こちら発艦要員シューター、主翼を展開してください」


「主翼、展開」


 折りたたまれるように閉じていた主翼が展開される。

 翼端に自衛用のS-AAMが二発。武器はこれだけだ。内蔵されている電子戦システムで、電波塔のジャックを目指す。

 主翼の動作が良好なのを確認すると、グラハムは前を向く。

 空母カラコルムのスキージャンプ台が反り立つように、彼の発艦を待っている。


 グラハムの左手では、甲板の発艦要員がジェット気流に備えて、身を低くしていた。


「甲板前方クリア、ブレーキを展開しながら、スロットルを発艦位置へ!」


「フルミネ、離陸準備完了」


 排熱版がフランカーのアフターバーナーに熱せられる。

 発艦要員は左手を後ろに組み、右手で二本指をまっすぐ甲板と平行に伸ばした。

 それを合図にホーネットは、ブレーキを離す。


 加速と共に、スキージャンプ台を乗り越え、ふわりとした浮遊感と共にホーネットは空母から離れた。


 ◇


 現在のヴェルディア公国は自前の軍隊はない。

 戦争終結と共に解隊したので、国防を担っているのは第732国連平和維持監視大隊だ。

 戦後混乱が続く連邦領の平和を維持する為に国連が派遣する多国籍軍である。

 戦闘機などは装備していないが、対空監視用のレーダーと中域対空ミサイル”ホーク”や対空砲・歩兵携帯対空ミサイルを装備している。

 また、隣接する地域に展開する国連軍の戦闘機部隊を援軍として呼ぶことが出来るだろう。


 夜間、雨が降りしきる中、レーダー波を避けるために海面すれすれを飛びながら、グラハムは額にかいた冷や汗をぬぐう。


「何を恐れている、一度は死んだ身だろう!?」


 コックピットの中、自分を激しく叱責する。

 そして、海面の向こうにヴェルディアの灯りが見えた。

 それは昔はなかった忌々しい24時間稼働の工場群が発する光だった。


 それを見て、グラハムは覚悟を決めた。


「全ては散って行った同志の為。

 ホップアップ!」


 グラハムは掛け声とともに、操縦桿を手前に引き、機体を急上昇させる。


「ぅぅぅぅっ、まだだ!」


 激しいGに胃が押し込まれ、全身の力が抜けそうになる。

 それでもグラハムは、己の覚悟で乗り切った。

 5000ftまで上昇する。

 ここから市街中心のラジオ等まで接近しなければならない。


 幸運か、偶然か、国連軍のレーダーはまだグラハムを探知していないようだ。

 グラハムはせめてもの幸運を祈り、レーダー攪乱のための”チャフ”を散布しながら電波塔を目指した。


 アフターバーナーを使用しても、3分は掛かる。

 それまでに国連軍がグラハムに気づき、ミサイルを発射されれば、たった一機のホーネットは簡単に撃墜されるだろう。せめて、このメッセージを届けなければ。


 地獄のように長い三分間だったが、レーダー警報が鳴ることは無かった。

 そして、グラハムは雷雨の中、ラジオ塔の航空灯を発見した。


Music on電子戦開始! 」


 ホーネットの電子戦アンテナから、目には見えない電波が放出される。

 上手く行けば、メッセージをのせた電波がグラハムたちの言葉をヴェルディア国民に届ける筈だ。

 結果がどうなるか、それは今このコックピットからは分からない。

 グラハムは上手く行くことを祈りながら、空母へと戻った。


 ◇


 空母に帰還したグラハムは乗組員たちの歓声に出迎えられたが、本人にはそれに応える気力もなく、彼に用意された士官室に戻ると泥のように眠った。


 メッセージはおおむね、先の彼が行った演説の通りだ。


 軍人たちは確かに戦ったが、それは国に命令されたからであり、その国のトップを決めた人々全員に罪がある。軍人を含めた全員で反省し、二度と過ちを繰り返さないように呼び掛けた。そして、傷ついた軍人たちに支援金を払うことを要請した。


 もう一つ、ヴェルディアで行われる海外企業誘致の会議の中止を要求。

 今後100年、外国の資本家によって家畜のように飼いならされ、自然は完全に破壊される。あの美しく、静かだったヴェルディアは二度と戻らないことになるだろうと警告した。


 軍人の人権と、ヴェルディアを守る約束をしなければ、武力を行使すると。


 翌日、疲れのせいで10時ごろに目覚めたグラハムは、急いで衛星テレビのある食堂に向かった。

 食堂では大勢の乗組員たちが、テレビにくぎ付けになっていた。

 グラハムは人波を掻き分けながら進む。


「どいてくれ、どうなった!?」


「ち、中尉……」


 テレビに映し出されるニュースを見たグラハムは目を見開いた。


「本当、余計な事しかしないなって感じですよ」

「やっぱ軍隊って偏差値が低いんでしょうね」

「ああいう人たちのせいで、戦争で苦しんだと考えるとやるせません」


 TVキャスターが街行く人々に、グラハムのメッセージの感想を尋ねるが、誰もが冷笑し、呆れ切った声でそう答えた。


「会議は予定通り行います!

 身勝手な者達の戦争で傷ついた我が国の復興の為、さらなる工場建設をお約束します!

 武力をちらつかせたテロリズムには屈しません!」


 ヴェルディアの女性大統領は力強く告げた。


「警察当局は、疑いがもたれている退役軍人たちの家宅捜査を行い、全員を拘束しました。彼らは正当な理由もないのに、集団生活していて周辺住民から怪しいと……」


 警察の特殊部隊が、退役軍人たちを拘束していた。

 彼らは戦場での傷が未だ癒えてなかった。


 グラハムは机に拳を叩きつけた。


「どうして、こうなる!?」




 国連軍のレーダーに捕らえられなかったのは、偶然でも幸運でもなかった。

 そもそも、稼働してなかったのだ。

 戦争から5年経ち、戦争なんて起きやしないと国連軍は緩み切っていた。

 もしも、この豪雨でレーダーが壊れたら面倒だと、彼らはレーダーに保護カバーを被せ、トランプを楽しんでいたのだ。

 だから、そもそも、戦闘機が飛んでいたことをヴェルディア国民は知らなかった。


 てっきり、このメッセージを出したのは、雑多な銃火器で武装した冴えない連中なのだろうと思い込んでしまったのだ。

 そんな連中無視しても構わないと。



 しかし、グラハムもまさか気づかれなかったなんて知る由もなかった。


 傷病軍人は手当を受けるどころか、怪しいという理由で逮捕され、ヴェルディアの国土は犯される。


 そうなれば、宣言通り実行するしかなかった。


「……会議を空爆する」


 グラハムは改めて宣言した。


 ◇


 翌週、19:00。

 ヴェルディアの首都の国際交流センターという近代的なビルでは予定通り会議が開かれていた。

 幾つかの企業は危険を感じ、出席をキャンセルしたが、逆にその隙にビジネスチャンスを掴もうとした企業もいて、多くの関係者が集まっていた。

 ビルは警察隊によって囲まれていて、TVナレーターがその様子を生中継していた。


「ご覧ください、蟻一匹も通さないような警備を!

 結局、会議が開始される時間になっても、何か起きる気配はありません。

 これはテロリズムの敗北、そして、我々民主主義の勝利といっても良いでしょう。


 この会議で注目されているのは、大型ダム建設の案件であり……ん?

 なんだこの音は?」


 ナレーターが上を見上げる。

 何かの轟音が空に響いている。カメラマンが空を映すも、夜空ではなかなかその正体を見つけられなかった。


「ヘリの音じゃないよな?」


「違う、飛行禁止命令されていただろう。

 

 し、失礼しました。 えー、そのダムの入札に手を挙げたのは……次はなんだ?」


 今度は違う音がした。

 ひゅーんという何かが空気を切り裂く音だった。


 奇しくも、グラハムたちフルミネ隊が守り抜き、敵の魔の手を近づかせなかったヴェルディアの民はその音の正体に気づかなかった。


 2000ポンド無誘導爆弾が、空を切り裂く音だった。



 








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