第2話

グラハムは、ミケルセンの手引きで連邦に渡った。

いかにミケルセンが艦長とはいえ、今はもう他国の民間人となったグラハムが空母に容易く乗り込めるはずがない。彼はどんなスパイ映画のような展開が待っているのかとはらはらとしたが、「私の友人だ」とミケルセンが言えば、海軍基地の守衛も、空母までむかう輸送ヘリのパイロットも不審な顔一つせずにグラハムを通した。


ヘリのキャビンで、グラハムは興奮気味に尋ねた。



「大佐殿、これは一体どんな手品を」


「手品ではないさ。

 連邦の敗戦後、おごっていた我が国は反省をし、新たな国に生まれ変わる筈だった。しかし、貧しくなるとますます汚職と賄賂が横行した。

 栄えある我が空母カラコルムも海軍高官達の小遣い稼ぎの為、大金を払った世界各地の軍事マニアたちを乗せた。


 ……カラコルムは、遊覧船となったのだ!」


ミケルセンは額に深い皴を寄せた。

グラハムにはかける言葉も無かった。

やがて、ヘリの窓から空母カラコルムが見えて来た。

かつては鉄の城を思わせていた念入りに磨き抜かれた船体は、ボロボロに禿げ、あちこちが黒ずんでいた。甲板の艦載機もたったの3機しか駐機していない。

長らくメンテナンスがされていないのだろう、ボイラー部からはもうもうと黒煙が立ち上っている。

空母を守る艦隊もたったの2隻だ。


まるで堕ちた廃城。

それはかつて、ヴェルディア海軍の軽空母と行動を共にし、グラハムたちが何時かあの船で発艦しようと夢見ていたものの成れ果てだった。



グラハムとミケルセンは、ヘリから甲板に降り立つ。

だが、乗組員たちは顔を隠すように敬礼し、そそくさと離れていく。


「彼らの無礼を赦してくれ。

 彼らは金持ちたちの相手に疲れたのだ」


「ですが、あの空母カラコルムがこんな様に……くっ、耐え難いものがあります」


「そんな顔をするな。

 見せたいものがある。格納庫へ案内しよう」


ガタガタという今にも壊れそうな音と振動を出すエレベータに揺られ、二人は勘内部の格納庫に辿り着いた。

船の中とは思えない程広い空間はすっからかんだった。

スクラップのようにバラバラになった戦闘機やヘリが乱雑に置かれていた。


けれども一番奥には大勢の整備士たちに囲まれたれっきとした戦闘機が鎮座していた。


「あれは!」


その正体に気づいたとき、グラハムは年甲斐もなく走り出した。

機体を目の前にしたときには、うっすらと涙がにじむ程だった。


「F-18 ホーネット。

 俺の戦闘機が!」


「そうだ、正真正銘、貴官の乗っていた機体だ」


「故郷に逃げ延びた後、スクラップにされたものだとばかり」


「その通りだ。

 戦後、我らに与えられた任務は放棄された兵器をスクラップ上に運ぶ任務だった。その際にこの戦闘機を拾った。

 戦友である君たちフルミネ隊の戦闘機をスクラップ送りになんて出来なかった。書類を偽装して、今日この日までこの艦で保存していたのだ」


「大佐殿」


「長らく放置されていたが、心配ない。

 我が艦の整備士たちが、全力でかつてのフルスペックの状態を……」


「か、艦長申し訳ありません!」


ミケルセンが雄大に語る中、意を決したように一人の整備士が声を上げる。

他の整備士たちも気まずそうに、手を止める。


「何だ?」


「とてもではありませんが……元の状態に戻すことはできませんでした。

 物資も、工具も何もかもが不足していて……!」


「何だと。出来ると言ったのは貴様らではないか!?」


「わ、我々も全力を尽くしたのです!」


ミケルセンが激高し、整備士たちが狼狽える。

ミケルセンも短気な艦長ではない。

だが、かつての友人を失望させたと思い、思わず感情に流されてしまったのだった。


だが、グラハムは機体をゆっくりと一瞥する。

機体の全体はグレーだが、一部パネルが青色になっている。

恐らく、スクラップと化した戦闘機のボディを切り取り、移植したのだろう。

アンテナの長さや、ウェポンステーションもそうだ。


その為、ボディのカラーは斑で統一感が無く、幼稚園児が自由に描いた塗り絵の様だった。保守派のミリタリーマニアが見たら鼻で笑うだろう。


だが、グラハムは心からの声を上げた。


「素晴らしい」


「え?」


「大佐殿、整備士を責めないでください。

 

 彼らは素晴らしい仕事をした」


「どういうことだ?」


ミケルセンではない、整備士や状況を遠巻きに見守っていた空母の乗組員たちもがグラハムのことを見る。

グラハムは彼ら全員に声が届くように、スクラップの山に登り、声を上げた。


「アルタイル連邦と、ヴェルディア公国この二つの国は確かに政治的に合併された国々だ。私腹を肥やす事しか頭にない連邦指導部の命令で戦わなければいけない俺はそのことに憤りを感じていた。


 だが、その怒りは当時の指導部に対してだ!

 君達と共に戦ったことは今でも誇りに思っている!

 この継ぎはぎもだ!」


空母の人々が徐々にグラハムの周りに集まる。


「戦争末期、燃料やスペアパーツを失い、俺達は粗悪な燃料や旧式のパーツを付けて飛んだ。戦争を過去だと思っている連中はそれをつぎはぎだらけの惨めな欠陥兵器・突貫兵器として笑う!

 だが、それらのつぎはぎは、俺達、此処に居る皆を今日まで生かしてきたんだ!

 

 あの地獄のような戦争を俺達は創意工夫で戦い、死の魔の手に勝利した!

 それを欠陥兵器なんて言わせない!」


グラハムの格納庫に響く雄弁な語りに、まるで雷鳴のように人々の魂を揺さぶり、共鳴するような喝采が次々と湧き上がった。

自分には空しかないと考えていたグラハムではあったが、自らも知らない才能があった。

演説の才能だ。

彼の雄弁な口調は人々をひきつけ、彼の演説中の立ち振る舞いは人々を熱狂させたのだ。


「汗と涙の結晶で、あの地獄のような日々を生き抜いて来た俺達を、弾劾する権利なんて誰にもあれはしない。

 我々の戦ってきた戦争を無意味だとは言わせない、言わせてなるものか!


 そうだろう、同志諸君!」


『同志』兵士達を扇動した言葉として、現在使うのがタブーとされている単語を、あえて叫んだ。

そして、グラハムが勢いのままに拳を突き上げると、人々は歓声を上げと拳を上げ、涙を流した。




乗組員たちはグラハムの所へ集まり、口々に嘆いた。

傍から見るとそれは、神へ懺悔する民衆の様だった。


彼ら曰く。


連邦でも、ヴェルディアと同じようなことが起きていた。

かつて人々の憧れと敬意を集めていた軍人たちは、今や、侮蔑と軽蔑の対象となっていた。

戦争で負傷した傷痍軍人たちは、病院に行けるだけの金もなく、道端で飢えていく。

命に係わる状況でも治療を断られるケースすらあり、荒廃した街の不良たちに度胸試しとして襲われ息絶える者もいるという。

一方、戦争中に指揮官として無策な作戦を命じていた指揮官や政治家たちは賄賂を使って刑務所を抜け出し、ぬくぬくと裕福に暮らしている。


それを聞いたグラハムは怒りに震えた。


「あってはならないことだ。

 大佐殿、我々は彼らを戦った全ての人々を救わなければなりません」


ミケルセンはごくりと唾をのむ。


「それは覚悟している。

 その為に貴官をこの船に呼んだ。

 して、何をする?」


「人々の目を覚まさなければならない。


 故郷、ヴェルディアではまた外資系企業を呼び寄せ、あの美しい台地をコンクリートで固めようとしている。政治家たちは人々の裕福なためとうそぶくが、俺は知っている。安い賃金で外国人の奴隷として家畜のように働かされるのさ。


 その為の会議が来月開かれる」



「その会議を奇襲するのか?」


「いや、それではテロリストだ。

 人々に訴えかけるのです、我々の正義を!


 我々の言葉を聞けば、人々は失わずに済んだ故郷の美しさを思い出し、正しい道を歩む筈です。

 ……もし、それでも彼らが考えを変えず、兵士達を拒むのであれば、その時は攻撃作戦を実施します」


「どうやって、人々に声を届けるというのだ」



「……作戦コード8492。

 かつて、連邦が優勢に戦況を進めていたころ、立案されていた作戦です。

 戦闘機の電子戦ポッドでラジオアンテナをジャックし、連邦のプロパカンダ放送を流し、戦意を削ぐ。


 戦況の悪化で、この作戦はキャンセルされたが、今、この時復活するのです。


 人々の眠りを覚ます、雷光の轟作戦フルミネ・デル・トゥーノを!」





 

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